《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》83.家族の形

「驚きましたね……」

シラツユがワインを買った後、アルム達は旅の疲れを癒すために宿へと向かった。

地だけあって宿には余裕があるようで、丘上の宿に二部屋取ることができた。

ベットに機、ランプ、ベットサイドテーブルまである過ごすのに何ら不便の無い部屋だ。

途中で立ち寄った村では宿が無く、小さな教會で寢泊まりしていた。

まともな部屋がある事の嬉しさはアルムはともかく他の三人にとって飛び跳ねたいほどである。

何せニヴァレからミレルまでは三日かかる。つまりまともな部屋とベットも三日ぶりなのであった。

「話には聞いていましたが、あれだけ平民に好かれている家は珍しいですね……」

「ねー、トラペル家やるなー」

「ミスティのとこは違うのか?」

窓を開けながら制服の上著をぎながら尋ねるアルム。

眼下の町では、町の人々が忙しなくき回っている。

これも祭りが近いからだろうか。

「信用は得ていると思いますが、慕われるとなるとわかりません……こちらは稅を徴収する立場ですから、好かれはしませんね」

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「同じくー、ボクんとこはお父様がちょっと偉そうなのもあってむしろ嫌われ気味」

それは問題ですね、とベネッタを見つめながら靜かに呟くミスティ。

ベネッタのニードロス家はミスティのカエシウス家の補佐貴族。

領民との関係が過度に悪化するのは大きな問題だ。

「一回視察する必要がありそうですね……」

「ミスティ?」

「いえ、何でもありません」

知らず知らずミスティに目をつけられる北の地に住むベネッタの父親。

彼の明日は果たしてどっちだ。

「ともあれ、家族のように領民からされるなんて、よほど領主との距離が近いんでしょう」

「やっぱ一緒に魔獣を討伐ってなるとそうなるもんかねー? 一みたいな?」

「ガザスでもそのような貴族は珍しいと思います」

「やっぱ普通なわけじゃないんだな……」

アルムは店主の様子を思い出す。

あの時、店主は領主の息子が帰ってこないのを本當にがっかりしていた様子だった。

領主の家族に向けるにしてはあまりに親に寄っている。

もしかすれば、領主と共に土地を広げたこの地の平民は領主の家に生まれた子息は本當の息子のように思っているのかもしれない。

「家族か……」

ぽつりと、アルムは呟いた。

窓を除けば、親と子らしき二人が歩いていたり、ワイン樽を運ぶ姿が見けられる。

「ここの領主の家はいい家族なんだろうな」

「家族……そういえばベネッタさんご家族は?」

「え、ボクー?」

「ただの興味本位ですわ。あなたのお父様は全然家族の話をしてくださらなかったものですから」

「えっと、うちは両親とボクと弟だね、弟とは仲いいよ」

し驚きながらも答えてくれるベネッタ。

弟がいるのはアルムも初耳だった。

「ミスティは姉がいるって言ってたな」

「ええ、両親と姉が一人に弟が一人。それにラナや他の使用人の方々も私にとっては家族同然ですわ」

「使用人も?」

聞き返すと、ミスティは頷く。

「はい、一緒に住んで互いを想い合うのならそこに立場の差やの繋がりがなくとも家族同然でしょう。

もっとも、ラナ以外の使用人の方々の心持ちは計りかねますが……」

そういう形も家族というのか、とアルムは気付くとほっとしていた。

アルムにの繋がった家族はいない。

育ててくれたのは村に住むシスターだ。

命を奪う意味、そして命を頂くことの大切さまでを教えてくれた恩人。

家族とは想い合うもの。

だとすれば、自分とシスターは確かに家族だったのだろう。

ミスティの言葉は意図せずアルムの生きた時間をも肯定していた。

そして、知らず知らずにもう一人の時間も。

「想い、合うのが……」

一人言葉を繰り返すシラツユ。

その瞳は何かを見ている。目の前にないどこかの記憶を。

「シラツユは?」

「え? あ……何がですか?」

「家族は? もちろん言えないなら言わなくていい。シラツユは事が違うからもしかすれば口に出來ないかもしれない」

「いえ、その……」

シラツユは手をもじもじさせながらし俯いて、

「兄が……兄がいます」

そう小さくもしっかりとした聲で呟いた。

そして続ける。

「一緒に暮らしていたわけではありません。數年前に別れて以來會ってもいません。

言葉も數度かわしただけなので人から見れば他人のような関係でしょう」

「お兄さんとあんまり會えなかったの……?」

躊躇いがちにベネッタが聞くと、シラツユは頷く。

「はい……し事があってたまにしか會えませんでした。ですが……兄から頂いたものがあります」

シラツユは自分の髪に巻いていた白い布をほどく。

それは髪飾りなわけでも無い。

本當に何の特徴も無い、端がしほつれているただの細い布だった。何か特別な素材が使われているわけでもない、魔力があるわけでもない、特徴といえばし長くて年季がっている割には丈夫そうという事くらいだろうか。

そんなただの細い布をシラツユは大切そうに手の平に乗せていた。

「鉢巻と、そう呼ぶらしいです」

「鉢巻?」

「はい、気合いをれたり、元気になる為のきっかけを作ったりする布らしいです。

辛い時はこれを巻け、巻いて同じ空の下にわしがいるのを思い出せ、と頂いた時に仰っていました」

本當はこうやって額に巻くらしいです、などとやってみせながら説明するシラツユの表は幸せに溢れていた。

例えば、帰路に見る夕焼け。

例えば、冬の夜の子守歌。

そんな穏やかな溫かさが今のシラツユにはある。

「遠い、遠い記憶です。兄との唯一の思い出の品です」

「今お兄様は?」

「もう長い事會っていません。その……実はというと、今回マナリルに來たのも兄がマナリルにいるかもしれないという報を摑んだからなんです」

「そ、そうなのですか?」

緒ですよ?」

驚くミスティにシラツユはに人差し指を縦に當て、緒のジェスチャーをとる。

「それでしたらお名前は? これでもマナリル隨一の貴族ですから、ある程度の魔法使いの名前は把握しております。お力になれるかもしれません」

「多分わからないと思います。"ヤコウ"……兄は"ヤコウ・ヨシノ"といいます」

珍しい名前、というのがミスティの素直な想だった。

一度聞けば忘れそうにない名前だ。そしてミスティに心當たりは無い。

「……ごめんなさい、あんな事言ってけないですわ」

「いいんです。自分で見つけますから。それに……」

シラツユは外した鉢巻を再び髪飾りのように髪に巻く。

本來そう著けるべきではない付け方を手慣れた手つきでほどく前の狀態に戻していった。

強く、ほどけないように結んでいく。

「それに、多分もうすぐ會えます」

「……?」

聲がし、冷たくなった気がした。

「わかるのー?」

「そうだといいな、と」

「會えるといいですね、お兄様に」

「はい、もう一度兄に會えるのなら……私は何でもすると思います。私の唯一の家族ですから」

そんな決意の込められた言葉を口にするシラツユをアルムはじっと見つめている。

に訪れた衝じながら。

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