《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》85.逢魔が時

時間は遡る。

アルム達と別れたルクスとエルミラがマキビとナナを馬車に乗せ、ベラルタへと向かっている途中の事。

者はドレン。馬車を引く馬は三頭。ルクスとエルミラは乗客席の前の方に座っていた。

捕縛したマキビとナナは簀巻きのように巻かれた上に乗客席の後部に縛りつけられていて、口元は勿論だが、さらに目隠しに耳栓もされていて隙を窺わせることすらさせないような狀態だ。

普通の捕虜ならばありえない仕打ちだが、魔法使いという存在相手ならば警戒は當然。

魔法使いはその神力と聲だけで幻(まりょく)を現実(まほう)へと変える。

魔法の力の恐ろしさは"現実への影響力"。

彼らは常に現実という世界に対して干渉が出來る。

こうして覚をしでも斷ち、疑似的に世界から隔離するのは有効な手段である。

聲を上げられぬ者に現実は変えられない。

「山を抜けるまであとどのくらいですか?」

「乗る人間が減ってスピードは出せてるんですが、あと一時間はかかりますね。これ以上は馬に負擔がかかります」

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ルクスは者席と乗客席を繋ぐ窓からドレンと話している。

シラツユがいた場では他國の魔法使いからの不要な報の取得を避けて一切會話に関わる事も無かったが、今は狀況が変わった。

マキビとナナをマナリルへ屆ける為にある程度の報を共有している。

「夜までに山を下りられれば後は平坦な道ですよね」

「ええ、こいつらは夜でも走れますが……山を抜けたら一旦休憩が必要ですわ。悪路に慣れてて丈夫な一頭はまだ大丈夫そうなんですが、スピード出してくれてた他二頭が下りで辛くなってます」

「そうですか……わかりました。ドレンさんは大丈夫ですか?」

「わたしはるだけですから大丈夫でさあ! 一日中だって引き続けられます!」

ドレンはをどんと叩く。

その様子から、こちらの事など心配するなというベラルタの住人の気遣いが見える。

「ではしばらくお願いします。何かあったら聲をかけてください」

「お任せください!」

ルクスは改めて窓から外を見る。

時刻は夕暮れ。

群がる雲は茜

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山々は橙を帯びて火事のように染まる。

強いを浴びて影は濃い。

刻一刻と近付く夜の気配。

がらがらと山道を走る馬車の音が響いている。

「エルミラ」

やがて思案するのを一旦やめたルクスはエルミラに聲をかける。

「なに?」

「疲れてないかい?」

「大丈夫」

大丈夫、と言いながらエルミラの目は常に後部のマキビとナナを捉えている。

肩の力がっているのが丸わかりだ。

そんな視線を遮るように、エルミラの隣にルクスはわざと座った。

「……ちょっと?」

「ん?」

抗議の目を向けるエルミラと白々しく応えるルクス。

「見えないんだけど?」

「そんな張り詰めてると疲れるよ。トラブルが起きるまではリラックスしよう」

「トラブルが起きてからじゃ遅いでしょうよ」

「まぁ、そうかもしれないけどね。気を張ってると凝り固まって対応しにくくなるから何も起きてないは肩の力を抜いておこうって話さ。油斷しろっていうんじゃなくてね」

どの口で言ってるんだとエルミラは言いたくなる。

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話しかけてくる前の外を見ていた鋭い目。

ドレンと現狀の確認をしている時の迫した雰囲気。

しかし、そんな自分を棚に上げてこちらを気遣っているのはルクスの優しさゆえだ。

反抗せずにエルミラは大人しくけ取る事にした。

「わかったわよ……でもルクスもね」

「僕は最初から抜いてるさ」

「はいはい」

「気を抜いてって言った側から相談があるんだけど……」

「何?」

「山を下りたら二手に分かれようか考えたんだけど、どう思う?」

「あの二人を片方ずつベラルタに運ぶってこと?」

「うん」

突然の提案にエルミラはし思案する。

「無し」

「だよね」

エルミラが短く結論を伝えると、ルクス本人もそう思っていたようで即座に同意する。

本當に一応の提案だったらしい。

「奪還を想定するにしてもリスク高いよ」

「やっぱりそう思うかい?」

「敵が來たとして……運んでるあの二人のどちらかに近付けないように一人で戦わないといけないわけだし、もし拘束外されて二対一になったら逆に私達が捕虜になっちゃうわよ」

マキビとナナは貴重な報源ではあるが、どの程度報を持っているかわからない。

それに比べてルクスとエルミラはガザスの魔法使いがシラツユであるという事やガザスとの契約容まで明確な報を持ってしまっている事を自分でわかっている。

もし敵がダブラマだと想定した場合、マキビのような魔法使いを雇っていることを考えれば低い可能だが、その報でガザスとの関係悪化の方向にダブラマがく可能も無くはない。

「わかってはいたけど、見返りに合わないね。忘れて」

「珍しいわね、ちょっと焦ってる?」

「んー……そうかもしれない」

「やっぱりルクスのが肩の力ってるじゃない」

「そうみたいだ、恥ずかしいね。あんな事言っておいて」

「恥ずかしくないわよ」

頭をかくルクスにエルミラは微笑みかける。

「頑張ろうとしてるって事でしょ、それって」

「そう……なのかな?」

「私が言うんだからそうよ」

八重歯を見せてエルミラはにっと笑う。

それを見てルクスも応えるように笑った。

ようやく、自分の肩の力も抜けた気がした。

「そうだね、エルミラが言うならそうだ」

「そうそう。それでいいのよ」

満足そうにエルミラは頷く。

心配で聲をかけたのは自分のはずなのに。

けないと思いつつも、エルミラの明るさに謝した。

「下り坂なんでし揺れるかもしれません!」

「わかりました!」

者臺のほうから聞こえるドレンの聲。

ルクスが応えると、ルクスとエルミラは念の為近くのものに摑まる。

「よいしょ……ん?」

あと數十分もすれば山道を抜けられる下り道。

者臺に座るドレンの目は影を捉えた。

夕焼けに照らされる一つの影。

魔獣でもない。木でも無い。

山道の先に、中央に立つ一人の人間の影を。

そして、その瞳が靜かに見つめる先は明らかにこの馬車だった。

遭難者?

近隣の村人?

「――!」

ドレンの顔が険しいものに変わる。

違う。

それは長年ベラルタに住む直

魔法使いの卵に関わり続けたベラルタの男の勘。

ドレンは一瞬訪れた思考の直を振り払い、手綱を使って三頭の馬に指示を出す。

速度を上げろ。

手綱から伝わる者の指示に三頭の馬も応える。

下りにって一度は速度を抑えたにも関わらず下されたこの指示には何か意味があると。

「お二人さん! 摑まっててください! 魔法使いです!!」

「何!?」

「!!」

突如上がった速度に、乗客席で驚いていたルクスとエルミラにドレンの聲が屆く。

敵國の魔法使いを輸送中に現れた人影。

これは間違いなく偶然ではない。

止まって反転しようとすれば乗客席に魔法を向けられる。

そうなれば中の二人を危険に曬す可能が高い。

そんなリスクを冒すくらいなら……轢き殺す――!

魔法使いでないなら避けろと視線に強い決意を込めながらドレンは決して人影から目はそらさない。

「『黒の穿孔(バクホール)』」

「!!」

魔法を唱える聲。

やはり魔法使い。

聲は現実へと干渉する。

現れたのは、そう、黒いだった。

紙に真っ黒な水をいくつも落としたかのようにそのは現れる。

前方の道にはいくつかの水たまり程度の、そして男の周囲には人間大の黒いが現れた。

「くそっ!!」

そのは馬一頭を飲み込める大きさではない。

だが、下り坂の馬車はそのに突っ込むのを急に止めることはできなかった。

三頭の、二頭がそのにぬかるみにはまるかのように片側の足を取られ、バランスが崩れる。

急に傾いた先導する馬。

それに引っ張られるように乗客席も傾く。

傾いた乗客席はそのまま逆らうことなく、山道へ橫転した。

「ぐ……」

ドレンの者臺から放り出され、地面に叩きつけられる。

小刻みに震えるを起こそうとするドレンに足音が近づいてきた。

「流石ベラルタの者だ。止まっていれば飲み込まれたのは馬ではなくその乗客席だったというのに」

地面に叩きつけられたドレンを見下ろしながら歩いてくる一人の男。

それは地面にを作った魔法の使い手。

顔まで隠す黒いローブは夕焼けに照らされてもなお暗い。

フードから覗かせる瞳はドレンに向けられている。

「まぁ、こうなってしまえば終わりだが――」

その瞬間、橫転した乗客席から飛び出すルクスとエルミラ。

ドレンの聲もあり、そのにはすでに強化の魔法がかけられていた。

乗客席が橫転したにも関わらず、そのにはすり傷程度の怪我しかない。

「離れたまえ」

「ぐ……!」

雷屬を纏った蹴りがローブの男目掛けて放たれる。

男は蹴り自は回避はしたものの、ルクスが纏ってる雷屬をかすらせてしまう。

かすった瞬間、ばちばち、と男のに痛みを走らせた。

エルミラがその隙にドレンを立ち上がらせる。

「下がって!」

「すいません、お役に立てず……!」

ドレンは起き上がるとよろけながらも倒れた乗客席の影に急ぐ。

馬は二頭、謎の黒いに飲み込まれた反で倒れ、殘るは手綱に繋がれている一頭のみ。これでは馬車は諦めるしかない。

ドレンに今できるのは足手まといにならないように下がるだけだった。

「仲間か」

「でしょうね」

短いやり取りだが、それで十分。

このタイミングでこの馬車を襲う理由など一つしかない。

未だ乗客席にいる二人の魔法使いマキビとナナの奪還だ。

乗客席を飛び出す前に拘束が外れていないのは確認済み、口封じの布も外れていない。

つまり乗客席からの奇襲は無い。

ならば後は貴重な報源を渡さないように戦うだけ。

「……"転移"だな」

未だ殘るローブの男が作った黒いを見てルクスは斷言する。

「わかるの?」

「一度だけ見たことがある。希な魔法だが、生きを飛ばすにはかなり魔力がいる。

だから馬を引っ掛ける程度の大きさにしたんだろう。どこかに飛ばしてしまうと無駄に魔力を消費してしまうからね」

「なるほど……じゃあ無駄に私達を飛ばすのは難しいわけだ」

「多分ね。自分と仲間を移させる分がぎりぎり殘るくらいじゃないかな」

ルクスの予想は當たっていた。

男の魔力で移させられるのは使い手の男を含めてあと四人分。

ルクスとエルミラを二人とも飛ばせば誰か一人は置き去りにするしかない。

"転移魔法"は強力だが、その分現実への影響力をもたらすのにかなりの魔力を使う。

さらに膨大な魔力が必要という事は、ここで消耗させれば転移すらも難しくなるという事だ。

この男の魔法が転移なら、戦闘は二人にとっても有利でしかない

「待て"ヴァレノ"」

そう、この男だけなら。

「……その二人、そなたにはちと荷が重かろう。下がれ」

「は」

虛空から聲がする。

に音が響く。

に照らされてもなお黒く。

ヴァレノと呼ばれた男が最初に周囲に出していた人間大の黒いから、それは現れた。

「――っ!」

エルミラの背筋に悪寒が走る。

黒いから現れたのは中的な顔立ちをした男だった。

格はルクスと同じくらい。白い髪と黒い瞳で、服はマキビの白裝束から伝統を剝いだかのようなラフな服裝。

だが、そんなことはどうでもいい。

エルミラがじたのは魔力。

初めてじた、初めて抱いた、魔力そのものに吐き気がすると――

「……あなたは?」

ルクスは問う。

男はルクスとエルミラと向き合って。

「"ヤコウ・ヨシノ"。そなたらが運んでいる間抜けの……雇い主と言えばよいか?」

名乗りながら、そのを夕に曬す。

山に訪れる逢魔が時。

それは黎明から最も遠く。

じきに、夜の帳が落ちる。

誤字報告して下さる方々ありがとうございます……助かってます……!

ようやく話の流れが見えそうになる部分まで書けたでしょうか。

これからも是非お付き合いください

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