《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》87.惜しくない

「魔法には、人々の言い伝えやによって現実への影響力が積み重なっていくものがある。

人々の恐怖の蓄積、あるいは伝承の確立。例えその最後が敗北であったとしても、生きの心に傷を殘すというのは存在を殘すということ。

それは永久に殘る正しい魔法の在り方だ」

指先がすうっと冷たくなった。

黒い甲殻は鋼のような印象を與えつつも生の質を殘し、赤黒い足は鋭く地に突き立てられているにも関わらず生のしなやかさも持ち合わせている。

ヤコウが唱えたそれは憎らしいほどに生としての形を象って目の前に現れた。

に元から刻まれていたような忌避と胃の底から湧きあがる不快が疎ましくも同居している。

吐瀉をまき散らしてでも逃げたい衝にエルミラは駆られた。

「そなたらの國でも同じようなアプローチでこのような切り札を作っているであろう?

継承された歴史の積み重ねが現実への影響力を強固にする……確か……統魔法と呼ぶらしいな?」

Advertisement

百足の足がく。

ぞろぞろぞろぞろぞろ。

木々を薙ぎ払い、きの止まっているエルミラにその頭部が向く。

鞭のような角と牙のような顎肢。

その奧に見える口がエルミラを捕食せんと突っ込んでくる。

「……っ!」

逃げたい。

逃げ出したい。

だが、そんな衝に反してかない。

諦めと恐怖に支配されたは足掻こうとすらさせてくれない。

その巨大な怪が現れた瞬間から、エルミラの神は完全に呑まれていた。

「おおおおお!」

そんなエルミラを助ける為にと一人の男が咆哮する。

かないエルミラを抱え、突進する頭部をかわす。

「る、ルクス……!」

子(おなご)を庇うか、男児(だんじ)よのう」

小さく震えるエルミラを自分のに抱きよせ、ルクスは百足のきを注視する。

その巨にあるまじきスピードで頭部がぐるりとこちらを向く。

ルクスとて恐怖が無いわけではない。

事実、百足がき出すまでエルミラと同じように逃げたい衝に駆られていた。

Advertisement

百足はただ存在するだけで呪詛を振りまいているようで、自きもしぎこちない。

恐怖によって強張る筋で足がもつれそうだ。

それでも――それでも、けないなど言っていられない。

大切な友人が震えている。

一瞬見えた不安な瞳が離れない。

馬車の中で明るさを振りまいてくれた友人の表に、影が落ちている。

そんなことあってはならない。

が震えているのなら、自分がやるべきことがただ立ち盡くすことなはずがない。

ルクスは自い立たせ、手を掲げる。

その手には雫のような黃の魔力。

今自分がやるべきは恐怖という邪魔者に刃を突き立て、冷靜に努めること。

そして、友人の為に戦う事だと確信して――!

「【雷の巨人(アルビオン)】!!」

山にしい旋律が響く。

それは夕に照らされる歴史の合唱。

天に捧げた黃の魔力は渦となる。

「ほう……」

渦から現れたるは、相対する百足に負けず劣らずの巨大さを誇る雷の巨人。

そのには雷の甲冑、手には雷の剣。

その巨軀に雷というを流し、呪いの怪に立ち塞がるように地に降りる。

"ゴオオオオオオオオオオオ!!"

巨人の咆哮とともに雷の魔力が放たれる。

雷撃をけた百足はしなやかに、そして力強くを起こした。

巨人は雷の剣を、百足は刃の如き無數の足を敵へと向ける。

の巨人と神殺しの百足。

二種の怪は一つの山に顕現した――!

「ドレンさん!!」

「はいぃ!!」

百足の意識が顕現した巨人へと向けられた隙に、ルクスは後ろに下がっていたドレンの名を呼ぶ。

「なんじゃと……?」

馬は嘶き、手綱は握られ、蹄は地を蹴った。

ヴァレノの魔法によって足をとられなかった最後の一頭がドレンを乗せて走る。

隠れながらドレンはチャンスを窺っていた。

殘った最後の足である馬を宥め、馬車と繋がる紐を外し、百足に恐怖しながらも殘り続けたのだ。

【雷の巨人(アルビオン)】によって百足が隠れるこの瞬間こそが今相手が見せるであろう最大の隙。

エルミラを抱えるルクスの下に馬は走り、ルクスは半ば放り投げる形でエルミラをドレンに託す。

「エルミラと一緒に下山を!!」

「馬車の二人は!」

「諦めます! 早く逃げてベラルタへ!!」

「わかりましたぁ!」

自分しか頼れぬ中ルクスは決斷する。

マキビとナナの報源としての価値。

百足の怪を出現させたヤコウへの危険度。

二つを天秤にかけた時、間違いなく後者の伝達のほうが重要だという事は間違いない。

今恐れるべきは報源の二人を奪還される事ではない。

もっとも恐れるべきはこの場で自分を含めた全員が殺され、ヤコウの存在を知る者がここで途切れる事。

だからこそ、ヤコウの魔法を目の當たりにしたどちらかが生還しなければいけない。

この百足は現れるだけで周囲を呪う異形。

その使い手を野放しにするのは危険すぎる。

「ルクス! 待って! ルクス!!」

「駄目です! 走るんです今は!!」

馬の嘶きと駆ける音は遠くなっていく。

ヤコウの魔法を目の當たりにしたドレンとエルミラはこのまま逃げられるだろう。

可能があるとすればヴァレノが追った場合のみ。

だが、その可能は無い。

「追いますか?」

「いや、追えぬよ。さっき言ったじゃろう、そなたではあの子(おなご)も辛いと。

この男に庇われてからあの子(おなご)は平靜を取り戻していた。追いかけてもしそなたが敗北すればこちらは損しかない。

今の儂では流石にこの巨人を一でというわけにもいくまい。追えるようになったとして……追いつく頃にはベラルタの警戒網にるじゃろうて」

そう、追えない。

この場でのヴァレノの価値は高いがゆえに、ヤコウはそんなリスクを冒さないとルクスは確信していた。

「これはやられたな。まさかあの隠れてる者がここでくとは思わんかったのう」

「ヤコウ様の魔法を見てあんなに迅速にける平民は珍しいですね」

「たまにああいうのがいるな。自の誇りだけでける大馬鹿者じゃが……儂は嫌いではない。追い詰めるとまた違う鳴き方をするからのう」

まぁ、逃げられたんじゃがな、と付け足してヤコウは笑う。

ヤコウは自の魔法である百足と同じくらいのサイズである【雷の巨人(アルビオン)】の出現にも全く揺はない。

今自分が出し抜かれた事にすら楽しみを見出しているようで、戦況が変わるなどとは微塵も思っていない。

一頻り笑って、ヤコウは再びルクスの方に目を向けた。

「さて、見事な手際と言えるが……そなたの命が考慮されとらんな?」

「そうだね」

そんな事は言われなくてもよくわかってる。

百足と巨人が睨み合う中、夕が山に落ちていく。

訪れる夜の時間。

だが、夜になってもなおこの場に闇は訪れない。

巨大な百足と相対する【雷の巨人(アルビオン)】の雷が辺りを照らす。

「そなたらの立場で後々の事を考えるのなら……子(おなご)を犠牲にそなたが逃げたほうがよいと思うが?」

「いや、斷言するけど……それだけはない」

「何故?」

ヤコウは首を傾げ、心底わからないと言いたげに尋ねた。

ルクスは當然のようにこう答える。

「僕は、"魔法使い"になるからだ……!」

その様相に普段の穏健な姿はない。

覚悟を決めた、人の姿がそこにはある。

ヤコウはそんなルクスに興味を無くしたように、

「……つまらんな」

鼻を鳴らして吐き捨てた。さっき笑っていた者と同一人とは思えないほど冷めた顔で。

決してこいつとわることはない。

互いに互いを決定づけた瞬間だった。

「いいや、つまらなくなんて無いさ」

後やる事は一つだけ。

全力の足止めだ。この大百足相手ではどこまで保つかわからない。

「『鳴神ノ爪(なるかみのつめ)』」

……違う。

足止めではまるで死ぬ前提で殘ったような言い方だ。

そんな生易しい覚悟でここに殘ったんじゃない。

「"疑似獣化"」

助ける。生きる。

そして、その為にここで倒す。

最初から負けると考え戦う者に勝利など訪れるはずもない――!

「『招來(しょうらい)・雷獣(らいじゅう)鳴神(なるかみ)』!」

先に唱えた雷獣の爪にあたかも雷が落ちたかのような轟音とが迸る。

爪だけだった雷の魔力はルクスのを侵食していく。

腕、、足、そして顔までも。

ルクスのを魔力が包み、雷獣はここに完する。

手は前足に、足は後ろ足に、四足からびる鋭い爪は地面を削った。

顔に現れた顎と牙は敵の元を狙うべく唸り、そのが纏っている魔力の形はまさに獣だった。

獣化魔法。

今のルクスの姿は四つ足の雷。

その輝きは見た者に黃金の並みを彷彿とさせる。

瞳は獲とすべき相手を捉えて離さない。

闇夜に輝くその姿は警告のように辺りに雷の魔力を撒く。

「惜しいな……摘み取るのが本當に惜しい……」

「僕は惜しくない」

二回更新無理でした……

    人が読んでいる<【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください