《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》88.雷獣の輝き

「やれ!!」

普段とは違う唸り聲のような主人の指示。

ルクスの聲で巨人はその剛腕をかした。

手に裝備されている雷の剣は空気を裂き、百足の怪の頭部へと振り下ろされる。

そんな剛腕に瞬時に飛びつく大百足。

しなやかなが巨人の腕を縛るように纏わりつく。

巨人の振るった雷の剣は山へと叩きつけられ、轟音と塵を巻き起こす。

「う……ぐ……!」

「下がりすぎるなよヴァレノ。いざとなれば転移での離も視野にれておけ」

「は!」

びりびりと震える大地に踏ん張るヴァレノ。

そんなヴァレノと離れすぎないようにヤコウもし下がる。

目の前の怪同士の爭いに介できるほどの力をヴァレノは持っていない。

ヴァレノが出來るのはただ戦いの折りを見て馬車の中のマキビとナナを転移させることだけ。

しかし、その馬車は巨人の背後にある。

転移魔法には転移魔法のルールがあり、見えているからとその馬車を転移させることはできない。

「儂だけでも釘付けにする気じゃな……?」

ヤコウは雷の巨人を見上げる。

腕に絡みついた大百足は巨人から流れる雷屬の魔力を浴びながらもそのきを止めない。

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節にある一対の足はそのものが刃のように鋭く、側に閉じるだけで生命を処刑する斷頭臺となる。

きながら、無數の足をしがみつくように甲冑の腕に突き刺していく。

その足は甲冑の形をした雷をいとも簡単に貫いていった。

引きはがすように巨人はもう片方の手で大百足を引っ摑む。

それを拒むように大百足は頭部をその摑んだ腕に走らせる。

大百足と雷の巨人。

同士の攻防。

二種の怪は暴れながら、山を削っていく。

く度に塵を巻き起こす二種の怪

その塵の中――二種の怪薄する影をヤコウの瞳は捉える。

「あああああっ!」

大百足の頭部に雷の爪を舞させる。

甲殻に阻まれてその爪は通らない。

しかし、膂力は充分。

雷の巨人の腕に噛みつこうといていた頭部は雷を纏ったルクス本の介で弾かれる。

それをけ、自の頭部よりも小さいルクスに向けて大百足は角を鞭のようにしならせて振り回す。

その隙に巨人は大百足を引きはがした。

すでに右腕は大百足の足によって半分破壊されているようなものだが、剣にはいまだ傷もない。

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大百足は改めて半を起こして威嚇するように頭部をかす。

「"鳴神"……その歳で使えるのは大したものじゃが……」

ルクスのが跳ねる。

主人のきに合わせるように雷の巨人もその剣を再び振るう。

「いつまでその姿でいられるかのう?」

ルクスとヤコウの視線が合う。

大百足を前にしてなおルクスは完全に意識を裂いていない。

魔法使いの戦いの勝利條件は魔法を制すること、そして使い手を殺すこと。

ルクスのが大百足にとりつく。

その甲殻は傷つけられそうにない。

だが、大百足にとりついたのは大百足に攻撃を加えようとしたわけではなく、

「があああっ!!」

ただ足場にしただけ。

咆哮とともにルクスは大百足の甲殻を蹴る。

大百足にとりついたのは【雷の巨人(アルビオン)】からでは遠いヤコウとの距離を詰める為の一手に過ぎない。

突進は大百足の反応より早い。

雷の輝きは流星のように。

跳んだルクスの後ろで大百足は巨人相手に暴れまわった。

その顎肢が巨人の首に食らいつき、巨人は雷の剣を大百足の節の一つに突き刺す。

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「『地神人柱(ちしんじんちゅう)』」

ヤコウが唱えると、ルクスの接近を阻むように地面から人の形が次々と現れる。

ヤコウもまたルクスのスピードに怯むことはない。

その人の形から聞こえる苦悩の聲がルクスの耳へと嫌でも屆く。

ヤコウの持つ鬼胎屬。その魔法はどんな形であれ人間の神に干渉する。

「グルらぁ!!」

だが、そんな人の形をルクスは躊躇いなく破壊していく。

爪で、牙で、そので、次々現れる人間の苦悩の聲など屆いていないかのように。

「『狂水面人踴(くるいみなもしびとおどり)』」

地面から現れる人の形の次は亡者。

ルクスの周囲が水面のようにき通り、その地面から皮と骨の腕が無數にびる。

「ジャアッ!!」

絡みついてきたその腕を雷は鬱陶しそうに振り払う。

死を予させる神攻撃は足止めにもならず、皮と骨だけの腕を爪すら使わずに引きちぎっていく。

「なるほど、魔力消費の多い"鳴神"を使ったのはこういう事か……」

ヤコウの持つ鬼胎屬は人間の神に干渉し、その恐怖を糧に現実への影響力を上げる魔法の呪詛。

なら、人間の神から一時的に外れることができれば?

獣化魔法は貴族の間で忌避されている魔法である。

四つ足になり、涎を垂らしながら戦う姿はあまりに野的で不気味という者もなくない。

何故自の魔法でそんな狀態になるのか。

それは使い手の神が獣の姿に引っ張られてしまう事にある。

普通の補助魔法より現実への影響力を強めた結果、代償として獣化を纏っている間、本人が獣へと近付いてしまうのだ。

"現実への影響力"とは魔法を強力なものにする重要な要素である。

だが、威力やその効果を底上げするだけの要素では決してない。

その本質は幻(まりょく)を緻に変換し、放出の際に限りなく現実に近付けることにある。

その結果、獣化魔法はデメリットともいえる現実への影響力を持っている。

今ルクスの使った獣化魔法はルクスの神を急速に侵食(・・)していた。

だが、それこそがルクスの狙い。

に沸き上がる不快

エルミラの過度に怯えた表

數手の魔法でルクスは可能に辿り著いた。

ヤコウの魔法は相手の揺や恐怖を煽る事でその力を増幅させているかもしれない。

その自の推測が正しいと決斷し、ルクスは獣化魔法を唱えた。

の持つ唯一の、そして最高クラスの獣化魔法。

常世ノ國(とこよ)の獣化魔法でも頂點の一つに位置づけられる上位魔法。

そのを雷の化に変え、獣化魔法によって自分の神が獣に変わる事を見越して――。

「ジャアああ!」

普段のルクスからはあり得ない聲。

飢えた獣のようにその口から涎をまき散らし、ヤコウへと突進する。

人間をいとも簡単に引き裂くであろう雷獣の爪と牙がヤコウへと向けられる。

し遅かったのう」

しかし、ぞろぞろぞろと回り込んだ大百足の節がその爪と牙を阻む。

雷の閃が甲殻を照らす。

とともにその雷は大百足に流れるが、その黒い甲殻はびくともしない。

「ぢいっ!」

ルクスはすぐさま離する。

すぐに首がとれるとは思っていない。

離れたのは次の一手があるゆえ。

ヤコウとヴァレノを守る為に離れた大百足に、自由となった巨人が雷の剣を振り下ろす!

「やるのう」

雷の剣は大百足の甲殻を突破することはできない。

だが、その節から生える剣のような足を一本両斷した。

毒々しいにも似た魔力がその傷から流れ出る。

「ヤコウ様……!」

「この狀態とはいえ奴(・)以外に傷をつけられるとは……」

大百足が暴れる。

しなるは再び巨人にとりつく。

顎肢は巨人の腕に強く食い込み、そのまま

地形を変えながら二種の怪は再び組み付く。

大百足のきは先程よりも激しい。

二種の怪に巻き込まれないよう、ヤコウとルクスは後方へ跳ぶ。

「本當に惜しい」

などではなく、ヤコウの本心からの無念だった。

「ここでその命を絶たねばならんとはな」

その聲はルクスには屆いていない。

その橫目に見えるのは自統魔法【雷の巨人(アルビオン)】とそれにとりつく大百足。

「おざエろ!!」

獣に引っ張られ、しばかり単純になった思考の中、ルクスは巨人へ指示を出す。

思考がしにくい。

戦いというよりはただの襲撃。

だが、その甲斐あってヤコウの魔法がもたらす不快はほとんど消えている。

苦悩の聲も大百足の気持ち悪さも今は無い。

だが、自の家の統魔法の力は理解している。

抑えられる。

自分はまだ【雷の巨人(アルビオン)】を最大限扱えない。

それでも、先祖の重ねた歴史の膂力があの怪を抑えられると確信している。

"ゴオオオオオオ!!"

主人の期待に応えるように雷の巨人は咆哮する。

雷の剣を捨て、自分に纏わりつく大百足を逃がさないようにその剛腕で抑え込む。

大百足はもがく、雷の巨人は雷を流し続ける。

大百足の頭部が雷の巨人に食らいついてもその腕がここからくことはない。

雷の巨人は頭を喰われ、魔力のを流してもその拘束を緩めない。

主の命令を完遂する為に。

「ガアアアアア!!」

の唱えた魔法に浸食される。

思考は狹まり、ただ敵の殲滅に注がれる。

大百足の邪魔はらない。きっと【雷の巨人(アルビオン)】が抑える。

獣に引っ張られたその神により、ヤコウの魔法が不意に増幅される事もない。

ルクスは力の限り大地を蹴る。

この狀態で出せる最高速度の跳躍。

雷を纏ったは閃となり、闇夜を切り開きながらヤコウへと向かう。

その人間を超えた速度は対応できたとして、唱えられるのは魔法一つくらいだろう。

その魔法によるカウンターごとヤコウのを引き裂く。

単純な一手だが、ルクスの纏う魔法はそれほど強力なもの。

その爪と牙は生半可な魔法を無にするほどの力を持っている。

「さて……」

ルクスの視界のヤコウは避けようとすらしていない。

魔法を唱える気配もない。

反応できていないのか、それとも大百足に何か指示を出しているのか。

どちらでもいい。

今更大百足がいた所で間に合わない。

どちらであってもこの爪はヤコウのを両斷する――!

「時間切れじゃ」

その爪がヤコウに屆かんという時。

ヤコウの聲とともに、ルクスが纏っていた雷が崩壊する。

割れるような音。

突如鮮明になった思考がその事実をけ止める。

「あ……か……!」

崩壊が意味するのは當然魔力切れ。

崩壊の衝撃で獣化による跳躍のスピードのまま、ルクスは地面へと叩きつけられる。

殘っているのは【雷の巨人(アルビオン)】の維持に注いだ魔力のみ。

ルクスが纏っていた獣の形は崩壊し、魔力となって完全に霧散した。

「一分ほどか……持ったほうじゃな」

あまりに短い好機の時間。

かぬでルクスは敗北を悟る。

輝きは消え……他の場所よりし遅れて、この場にも闇夜が訪れた。

今日は夜に更新できないのでこの時間に更新です。

ヤコウ戦が思ったより長くなってしまいましたね……

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