《【書籍化】白の平民魔法使い【第十部前編更新開始】》89.四日前
かぬでルクスは未だ殘る自分の魔法を見つめる。
視線の先には大百足を抑える雷の巨人。
頭に食らいつかれていてもなおその剛腕は大百足を離さない。
「よ……し……」
安堵するルクスに足音が近づく。
魔法の衝突により、道と言える場所はもう無い。
土を踏む音だった。
「呆気なかったのう?」
足音の持ち主はヤコウ。
魔力切れでけないルクスを見下ろしている。
一歩引いた場所にヴァレノもいた。
「とはいえ、不完全な"鳴神"を獣化にアレンジして利用する魔法の造詣の深さは見事。
だが、覚えておくとよい。"鳴神"は獣の姿をしているだけで獣ではない(・・・・・)」
その言葉の意味も今のルクスには理解できなかった。
い頃に母から伝え聞いた魔法。
その真髄は別にあるのか。
ヤコウの聲にルクスは睨む事しかできない。
「どうされますか?」
後ろのヴァレノがヤコウに尋ねると、ヤコウは首を傾げる。
「何がじゃ?」
「今から追えば逃げた馬に間に合いそうですが」
「それは無理じゃ、見よ」
ヤコウは大百足のほうに目をやる。
ヴァレノも言われてそちらに視線を向けた。
ルクスの統魔法【雷の巨人(アルビオン)】は未だ大百足を抑え続けている。
「こやつは限界が早いことはわかっていた。だから自分がけなくなる前にあの巨人で先に抑え込む事を選んだんじゃ。
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あれはこやつの切り札じゃろう。普通の魔法ならともかく、あれはこいつの命が盡きても數分はあのままじゃろうて。なくとも儂はけん」
そう、萬一に備えてルクスはあの大百足だけは抑える算段でいていた。
ヤコウを殺す為、そしてそれは同時にエルミラを追わせない為に打った巨人への命令だった。
ルクスは今ヤコウに生殺與奪を握られながらも一矢だけは報いている。
「人の足で先に逃げた馬に追いつくのは難しいじゃろ。あの子(おなご)を追えば次のトラブルに対応できない可能が高い。
儂の目的もそなたの目的もこやつらを殺すことではない。そうであろう?」
「申し訳ありません。仰る通りです、あと數日というところでリスクを冒す理由はありませんね」
數日。
數日のうちにこいつらは何かを起こそうというのか。
けないでってくる報が歯い。
しでも誰かに伝えなければいけないというのにここから逃げる手段が無い。
魔力の枯渇と魔法の反でルクスは今やそこらの子供にも劣る。
魔法など使われなくても、その手で首を絞められるだけでも抵抗できずに絶命するだろう。
「まぁ、だからといって、こやつを殺さない理由はないがな」
降ってくる聲はさながら処刑人の宣告。
リスクを冒してエルミラを追う理由は無いが、ここでルクスを見逃す理由もまた無い。
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かない敵の魔法使いを放置するなどという奇跡が起こるはずも無い。
「魔法の解釈を現実にする魔法の技、巨人を支える歴史への敬意、儂を前に揺れぬ神力……數年もすれば間違いなくこの國の歴史に殘ったであろう。
英傑のといっていい、まさか奴(・)以外に傷つけられるとは思っていなかったが……そのもこうなってはな」
褒めながらもその聲は見下すように冷たい。
生きられなければ無価値だと突き付けているような鋭さが聲にはあった。
ヤコウは懐から短刀を取り出す。
それはダブラマの刺客が持っていた黒塗りの短刀。
それで止めを刺されば、エルミラの証言があってもダブラマの刺客に殺されたと報が錯綜する可能が高い。
最後の最後でルクスの顔が歪む。
「こういうのは持っておくものじゃな」
「く……!」
その時、一陣の風が吹く。
「む」
「ぶへ……!」
ヤコウはその風に反応し、ヴァレノを蹴る。
ヴァレノがいた地面、そしてヤコウに突風が襲った。
ごうっ、と勢いよく音を立て、意思を持つかのように吹き荒れる。
「誰じゃ?」
ヴァレノがいた場所の地面は風によってえぐれるが、ヤコウは小さな傷が出來るくらいびくともしない。
やがてその突風が過ぎ去ると、
「ほう」
ヤコウの足下からルクスの姿が消えていた。
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心するように笑うと、ヤコウは先程のルクスとの戦いの衝撃で橫転し、転がっている馬車のほうに視線を向けた。
「これはこれは……とんだ大と出くわしたものだ」
「……うちの生徒に何をしてる?」
ヤコウの視線にいたのは、ルクスを抱え、馬車の上に立つヴァンだった。
ヴァンはベラルタ魔法學院に急の伝令が屆いた後、學院を他の教師に引継いでアルム達を追う為にベラルタを飛び出した。
自の魔法で移していたところ、山で輝く雷の巨人と大百足の戦いを発見したのだった。
「ヤコウ様、あれがヴァン・アルベールです!」
「わかっておる。……なるほど、有象無象とは違うの」
蹴とばされたヴァレノは起き上がるとヤコウの近くに駆け寄る。
だが、ヴァンの視線はきを見せるヴァレノではなく、ヤコウに釘付けだった。
「ヴァン先生……馬車に敵の魔法使いが……」
「何だと?」
「やつらは……その二人を狙ってます……」
ヴァンはその短い説明で大方の事を把握する。
普段気怠そうな表も今は無い。
貫くような視線でヤコウに集中しているが、そのヤコウはヴァンの視線に怯むことなく、むしろ面白がっている様子に見えた。
「今度は貴様が相手するのか? その"風の鎧"ならば楽しめそうじゃな」
「――っ!」
言われて、臓がくすぐられたように鼓が跳ねる。
ばれている。
ヴァンの魔法である不可視の鎧。
人間の飛行すらも可能とする風屬魔法にしてヴァン・アルベールの統魔法。
先程の突風による攻撃もこの鎧によるものだ。
たった一度の攻撃で看破したヤコウの目にヴァンの額に冷や汗が流れた。
「いや、悪いが、あんたみたいな気味の悪い魔法使いを相手する気は無い」
「そちらにその気は無くても儂は違う。若い男児(だんじ)の闘を前に疼いておるでな」
その言葉にルクスはし引っ掛かる。
だが、今重要なのはヤコウはこちらを見逃す気がないという事だった。
そんなヤコウに対し、
「そうか、ならこの中にいる二人を俺は殺そう」
「む」
淡々とヴァンは言い放つ。
聞いたヤコウは表を変えた。
ヴァンの聲は脅しなどではない。
「まさか、この狀況で正々堂々一騎打ちをさせてもらえるとでも思ったのか?
勘違いするな、俺はあんた以外の魔法使いを見逃してやってもいいって言ってやってるんだ」
ヴァンに視線が後ろのヴァレノに向けられる。
これは明確な予告。
戦いを始める気なら、ヴァンはヤコウ以外の三人をまず殺すと宣言している。
「お前が見逃すのは俺とルクスの二人。俺が見逃すのはお前以外の三人。數が合わないってのに譲歩してやってるんだ、何ならこっちは謝してほしいくらいだ」
やけくそ気味にヴァンはにやりと笑う。
ヤコウはきょとんとした顔でそんなヴァンの顔を見ていると、
「ふふ……くくく……」
「あ?」
「あはははははははははは!!」
大聲を上げて笑いだした。
聲が夜の闇にこだまする。
心底楽しそうで、それでいて聞いた者の恐怖を煽るような。妙に明るい聲質が不気味さを加速させる。
生きた心地をじさせない砂のようなざらつきがヤコウが笑っている間心をでた。
「はー……なるほどなるほど。儂以外の命が勘定にっておるわけか、これは失禮した。
そう言われては儂は引くしかあるまいな」
「だろ?」
こっちの話に乗ってくれた事にヴァンは一先ず心で安堵する。
経験からか、ヴァンにはヤコウが仲間を大事に、というタイプには見えない。
それでも言葉通り捕虜の命の為に引くのなら利用価値があるという事だろう。
敵國の魔法使いの有能さにヴァンは初めて謝した。
このまま戦っても、自分だけなら逃げ切れるかもしれない。
だが、抱えているルクスは殺される。
自分の魔法を信頼してなおヴァンにはそんな不本意な確信があった。
「気にった。そなたも見逃すのは二人にするがよい」
「……どういう意味だ?」
「馬車をあそこまで飛ばせ」
ヤコウは當然のようにヴァンに命令する。
そうすることが當たり前であり、自然の摂理であるかのように。
ヤコウが飛ばせと命令した際の視線の先は、未だ組み付き合う雷の巨人と大百足の方向だった。
「……」
「安心せい、罠ではない」
ヴァンは言葉通り、自分のに纏う風で馬車を吹き飛ばす。
突如起きた突風は馬車を蹴られた小石のようにいとも簡単に吹き飛ばし、削れた山をって二種の怪の下まで転がっていった。
「むしろそなたの希を葉えようというだけじゃ」
そう言って雷の巨人の頭を喰べていた大百足がく。
ヴァンは構えるが、命を探す角はヴァンのほうを向いていない。
その角が向かう先は近くまで転がっていった馬車だった。
百足の頭部が馬車に向くと、用に倒れた馬車の上部だけをばきばきと剝ぎ取る。
中には簀巻きにされたまま馬車でシェイクされた二人の魔法使いがいた。
「こちらも一人減らせば公平じゃろう?」
そのまま百足の頭部は馬車の一人に噛り付いた。
潰れたような音と共に大百足の頭部がゆっくりと持ち上がる。馬車から出てきたその頭部には下半だけがぶら下がっていた。
ダブラマの魔法使いであるナナだった。
上半は言うまでもなく百足の口の中。
見える下半はしばらく暴れていたが、折れるような音が大百足のほうから聞こえたかと思うとそのきは止まり、下半は大百足の頭部を離れて地に落ちた。
「……!」
その景を見てヴァンはベラルタ魔法學院に來た急の伝令の容を思い出す。
"三ののどれもが半を欠損していた狀況から――"
「國境近くでガザスの魔法使いをやったのはお前か……!」
「む? どれじゃ……?」
思い出そうと天を仰ぐヤコウに後ろに立つヴァレノが補足する。
「マナリルにる前に食された三人です」
「ああ、あの時のか……あのくらいで怒るな怒るな、食べ殘しがはしたなかったか? まぁ、か弱いの食事だと思って見逃すがよい」
ヴァレノに言われてようやく思い出したのかヤコウはわざとらしく手をぽんと叩く。
思い出しはしたが、思い出してもなお興味は無さそうで、さらに言えばその視點は加害者のものではない事にヴァンはし寒気がする。
冗談のようなその言葉は殺されたガザスの魔法使いを弱いと侮辱するように言った様子でも無い。
まるで本気で食べ殘した事に対してを弁解しているかのような。
「待ってください……じゃあ……」
ガザスの研究員が殺されたのならシラツユは?
アルム達が今も護衛しているあれは一誰なのか。
抱えられながらルクスは戸う。
「ベラルタに來たあのもお前らの仲間だな」
ガザス研究者だと偽ってベラルタ魔法學院に來た謎のシラツユ。
これは王都とベラルタにだけ來た急の伝令でもたらされた報だ。
ヴァンは急の伝令が來た後、ガザスからの資料全て確認した。
急の伝令に書かれていた研究員の名前はアーレント・パクロカ。
だがどういうわけか、資料全てにははっきりとシラツユの名前が記されていたのだ。
ガザスの資料を改竄できる人間がいるとすれば可能が高いのはその資料を持っている研究員を殺害した者。たった今殺したと明言しているヤコウに違いない。
つまり、あのシラツユというはほぼ間違いなくこのヤコウという男の仲間であり、マナリルに対してよからぬ事を企んでいる。
ヴァンの中では今起きてる事態の點と點が不明瞭ながらも繋がった、はずだった。
「……? ヴァレノ、儂に隠れて何かしておるのか?」
「いえ、恐らくダブラマの魔法使いでしょう。ナナは自の祖國と常に連絡を取っておりました。マナリル側の報を本國に流しているのかと」
「だそうじゃ。儂は最近までダブラマと共同歩調をとっておったが……今となってはあんな有象無象の國は興味ない。ああ……二番目と三番目は中々見所があったがの」
しかし、ヤコウとヴァレノの反応は思ったものではない。
隠している様子もなく、本當に予測だけを喋っている様子だった。
ガザスの研究員を殺害した事ははっきり認めるにも関わらず、シラツユの話題ではヤコウもヴァレノも何故かピンと來ていない。
はぐらかしているのだとしたら、はぐらかすべきところがおかしい。
シラツユとの繋がりを隠すならガザスの研究員を殺したという事実こそ隠すべきだ。
"ガザスの研究員は殺したが、その研究員が持ってた資料なんて知らない。
あ、そうだ。つい最近まで組んでた國が何か勝手にやっているのかもしれません"
こんな不自然な言い訳をされて信じるものなどいないだろう。
だが、目の前の二人は本気でそう言っている。噓を吐いている様子は無い。
むしろ隠そうとすらしていない。
「どうなってる……?」
何故か線で繋がるべき事態が繋がらない。
ヴァンは心困する。
同じタイミングでマナリルに來た魔法使い達が仲間でないなら一何なのか。
一何を企んでいるのか。
「ほれ、もうよいじゃろう? 見逃すのじゃから早く逃げるとよい。いつまでもここにいるとあの巨人が消えれば襲い掛かるぞ?」
ヤコウはちらりと大百足のほうに視線を向けた。
こうして何もしないでいるのは面白がっているのもあるだろうが、【雷の巨人(アルビオン)】が大百足を抑えている間だけの暇潰しという意味でもあるのだろう。
「最後にお前ら……何をしようとしている?」
単刀直に最後の質問をヴァンは突きつける。
「數日経てばわかること……々逃げておれ餌共」
ヤコウは邪悪な笑みを最後に浮かべる。
餌共と、そこで初めてヤコウは自分に立ち塞がった敵に対する本音を吐した。
答えを聞いてヴァンはすぐさま離する。
これ以上は何も絞り出せない。
に纏う魔法で空へと上がる。
倒された木々と削れて土となった山が下に見える。
山を後にし、見上げるヤコウの纏わりつくような視線が無くなった頃、ヴァンは口を開く。
「エルミラと合流するぞ」
「あいつら……何をしようと……研究員が殺され、てたって……?」
空を飛ぶなど滅多に出來ない経験だが、今はそれどころではない。
かぬで下に広がる暗い世界を見つめながらルクスは尋ねた。
「ああ、そうだ。急の伝令が來た……あのシラツユってやつはガザスの研究員なんかじゃない!」
「そんな……じゃあ、あの人は一……?」
「わからん、だがルート通りならミレルに行くはずだな?」
「は、はい……」
「なら俺達でミレルへ向かう。今何が起きてるのかはわからん……だが、あのシラツユってが何か知ってるのは間違いない」
戦いが起きていたのは四日前。
ルクスとエルミラがアルム達と別れた日の夜の出來事だった。
メリークリスマスです。
私に今日予定はありません。
だからこうして普通に更新できてしまうのです……楽しいなあ!
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