《【電子書籍化】神託のせいで修道やめて嫁ぐことになりました〜聡明なる王子様は実のところ超溺してくるお方です〜》第二十五話 反、そして処刑※殘酷描寫含みます
カイルス宮殿。
大陸北東部にあるカイルス王國が誇る豪奢な宮殿であり、數百年前に一度だけ國際舞臺で華やかな円卓として使われて以降、大陸の王侯貴族たちにとって憧れの場所となっていた。カイルス王國の貴族に名を連ねれば、かのカイルス宮殿を借りて結婚式を挙げられる、と各國の夢見がちな淑たちは虎視眈々と狙っているし、ただ國土が広いだけで大して特筆すべき産業もないカイルス王國にとっては王侯貴族の評判こそが命綱だった。貴族の系譜をカイルス王國に置いている、それだけでステータスになり、憧れの地に見合いやバカンスでやってくる貴族たちを集めて金を落とさせることができるのだから。
年に一度の舞踏會が開かれて、ウラノス公國公ポリーナが小國の公子や中級貴族たちにご機嫌で話しかけていたころ。
カイルス王國の東、エラアーという土地で、エラアー公爵一家が慘殺された。
それは反の嚆矢だった。カイルス王國の兵士、農民、農奴、市民、それらすべてが、王侯貴族に対し牙を剝いた。
「いつまでも貴族だからとふんぞり返ることができると思うな。今が好機だ。カイルス宮殿に大陸中の貴族たちが集まってきている今、まとめて始末できれば、貴族の支配する世界は終わる!」
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「仲間を増やせ。聲をかけろ。武を取れ。貴族は皆殺しにしろ、俺たちの先祖がやられたように、広場に曬して火炙りだ!」
「やつらを捕まえて並べて、飢えて死んだ子供へ詫びさせろ。お前たちの首飾りの石やドレスのために、何人の子供が死んだかを教えてやる!」
反を起こした民衆たちは、カイルス宮殿を目指す。その數は一気に膨れ上がり、一萬を超える東の本隊に呼応して、速やかにカイルス宮殿周辺の都市や村落にも波及した。
それはあまりにも早すぎた。ただの民衆たちだけでは、到底計畫も実行もできないほどの規模の反が、たった一日でり立とうとしている。
だからこそ、貴族たちは反応が遅れた。社界であり雑事から切り離されたカイルス宮殿にいたことも不幸だった。まさか、そこに農や武を持った民衆が襲撃してくるなど、誰も想像できていなかっただろう。この大陸中でも、それを予測できた者は——彼らの反の手助けをした者たちだけだ。たとえば、ステュクス王國のニキータあたりはすでに対策を講じている。反の規模は予想外ではあったものの、利のある有能な貴族たちに報を流し、速やかにカイルス宮殿からの避難や不出席を勧めている。
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だが、まだカイルス宮殿には、何も知らない大勢の王侯貴族たちが、踴り明かしていた。
カイルス宮殿が誇る大広間群には、大陸中から集まった何百人もの王侯貴族が詰めかけている。曲調の違う六つのダンスホールがそれぞれ繋がり、人々は行きって舞踏會を楽しんでいた。そこには男爵家の令嬢からさる國の王太子まで、王侯貴族であれば誰もが語らい、踴り、月を図る。あわよくば將來の伴を、今後の商取引相手を、謀の的を見定めんと、老若男が走り回っていた。
アメジストと絹で著飾ったポリーナもその一人だ。カイルス宮殿に來られる資格を持つ年頃の娘とあっては、誰もが放っておかない。
「まあ、伯爵閣下はお一人でいらしたの?」
「ははは、この舞踏會に來るのは二度目でして、去年は親の決めた婚約者と來たのですが、やはりここで各國の人々を目の當たりにし、自分の目で選んだと結婚したいと思った次第です」
「あらあら! ご立派なことですわ! どんな方が好みでいらっしゃるの? あの方とか?」
「いやいや、あなたを前にそんなことを言える男はいませんよ。どうですか? 一曲、踴って確かめてみても?」
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「よろしくってよ! でも先約がありますの、一曲だけですけれど」
「かまいませんとも。では、お手を」
あの手この手で、男たちは「どうせ狙うなら上級貴族の娘がいいが、高みして玉砕しても格好が悪い、とりあえず保険にこの程度の娘に唾をつけておこう」という思を持って、ポリーナに接してくる。だが、浮かれたポリーナは自分だけが持つとしての魅力が男たちを惹きつけているのだ、と信じてやまない。まるで最盛期の舞臺優のように、を張って大手を振って、ダンスホールを橫斷していく。
一曲、二曲、代わる代わるダンスのお相手の顔は変わり、ようやく休憩を取ろうとポリーナはいを一旦斷って、給仕にグラスを持ってこさせる。
「ちょっと、水をちょうだいな。冷たいワインでもいいわ、早く!」
「かしこまりました」
躾けられた給仕は速やかに、ポリーナの前に冷たい白ワインを差し出す。
「度數の低いワインです。を潤すにはちょうどいいかと」
「ふぅん、いただくわ」
ポリーナはグラスを一口呷る。すると、越しよく、一気に飲み切ってしまった。
「味しいわ! これは何? まだある?」
「ええ、もちろん。お持ちいたします。あちらのソファに座ってお待ちください」
上機嫌になって、ポリーナは指示されたとおりソファに著く。そろそろ舞踏會も中盤、序盤に踴り疲れた人々が、壁際のソファに座ってくつろいでいる姿が見けられる。ホールに流れる管弦楽団の曲調も緩やかになってきた。人の度だけは変わらないから、騒がしく全を見渡すことは困難だが、ポリーナは「今は休憩中だから皆が気遣っている、どうせ私が一人で歩いていれば誰もが放ってはおかなくなる」と信じているため、何が起ころうとどうでもいい。
生まれてこの方、ポリーナは大抵のわがままを父であるウラノス公にけれてもらってきた。葉わなかったのは自分でも無茶だと分かっているようなことだけで、父の護衛である騎士を何人も捕まえて王様ごっこをさせようとしたり、ウラノス公國では手にりづらい最新のオートクチュールと仕立て職人の招聘だったり、おおよそ今までの人生は楽しく、上手く行っている。これからだってそうだ、ここでどこかの素敵な若い公爵様に見初められて、大の末に結婚を申し込まれるのだ。ポリーナは本気でそう信じている。
自信満々、萬事順風、ワインも味しい。三杯目は足がもつれるからさすがにやめておこうかしら、などとようやく自制心が働きはじめる。グラスを給仕に返し、ソファから立ちあがろうとしたとき、真っ先に一人の青年貴族がポリーナの前にやってきた。
「よろしければ、おしゃべりをしても?」
ポリーナは満面の笑みだ。
「ええ、よろしくてよ。こちらにどうぞ」
「ありがとう。私はスピロ侯爵家の」
來た、とポリーナは心の中でガッツポーズだ。侯爵家のご子息、それも顔は悪くない。背も高く、茶の髪はありがちだけど及第點だ。
ポリーナが自分の隣の席を勧めて、そこにスピロ侯爵家の何某という青年貴族が腰を下ろした。ほぼ同時に、管弦楽団の奏でる音が止まる。
そろそろ舞踏會も中盤を過ぎたから、踴る曲よりも聞くための曲に変わるのだろう。ポリーナを含めた貴族たちはそう考えた。ソファや椅子に深く腰を下ろし、今か今かと余興を待つ。
カン、カン。
窓のそばにいた者の耳にだけ、その音は屆いた。窓の外から、石が投げられたのだ。宮殿でそんなことが起こるだろうか。鳥でもぶつかったのではないか、そんなふうに皆は音を無視した。
次に、どおん、と遠くで地響きのような音がした。天井からぱらぱらと埃が落ちた。
ここまで來て、一部の貴族たちは異変を察知した。おかしい、と直的に捉えられたのは、元軍人や勘のいい若者たちだ。ダンスホールを出ようと扉に數人が詰めかけ、使用人たちに扉を開けさせようとした。
しかし、開かない。六つのダンスホールすべての扉が、閉ざされていた。
だが、まだ大半の王侯貴族たちは異変に気付いていない。そのため、混は起きていなかった。曲が止み休憩できる時間だ、くらいにしか思っていない。
それから、數分後。
ダンスホールのうちの一つの扉が開いた。やれやれ、と外の空気を吸いに出ようとする貴族たち。
そこへ、容赦なく鋭い無數の木の杭が、突き刺さった。先頭にいた青年貴族のは半分ほどなくなった。ダンスホールの中の人々が何の狀況も飲み込めていないうちに、木の杭は何度も突きれられ、扉の付近にいた人間をだらけにしていく。
悲鳴が上がった。ようやく、ダンスホールに張が走る。もう遅い、槍に見立てた木の杭、剣に見立てたスコップを持った、怒聲を上げる民衆たちが殺到してきていた。
なだれ込んでくる民衆たちは、目に映る著飾った王侯貴族たちを殺すことしか頭にない。自分たちへ死に瀕するような重稅を課し、逆らえば簡単に命を奪い、蟲を弄ぶように待する、そんな輩を許すことなどできはしない。父を殺された娘が、母を犯された息子が、王侯貴族たちに復讐する。
父祖の恨みをも、今日この日に貴族たちを絶やしにすることによって晴らす。
惜しむらくは、王侯貴族たちは誰も、この時點では民衆が何者か、自分たちに復讐をしようとする者かどうかさえ認識していなかったことだろう。ただしてきた暴徒たちに害された、殺された、そうとしか思えなかったに違いない。
ただ、先頭を切ってダンスホールで殺を繰り広げている民衆たちとは別に、冷靜な一団もいた。
彼らは、が飛び散り、地獄の釜が開いたかのような狀況で、ソファに座ってけなくなっているポリーナとスピロ侯爵家の青年へ近づき、腕を摑んでダンスホールから連れ出した。ポリーナたちだけではない、まだ息のある王侯貴族たちを一人ずつ外へ連れていく。逆らう者は手足を折り、まるでこれから屠殺されるのように運んでいく。
一時間後、カイルス宮殿の城壁の上に並べられた王侯貴族たちは、処刑を開始された。一人ずつ名前と肩書きを言わされる。それに応じて、國王や王子王はスコップで首を落とし、公爵や侯爵は城壁から逆さまに落とし、伯爵以下の貴族は心臓に杭を打たれて死ぬ。使用人たちは當然見逃された、中には無理矢理攫われて奉仕を強制された者も多いからだ。
そして、ポリーナの番になるころには、夜も更けていた。だが、城壁は燈りを持った民衆たちが取り囲んでいる。晝間のように明るく染まった城壁の上で、ポリーナは——噓を吐いた。
「わ、私は違うわ! 貴族になりたくてここに來ただけだもの! お願いよ、見逃して! ねえ、誰か! 死にたくない、やめて!」
ポリーナの髪を、後ろからびてきた手が暴に摑む。
「貴族でもないのに、アメジストの首飾りと絹のドレスを著て、ダンスホールでソファに座って酔っ払っていたっていうのか? それはそれは。こいつは噓吐きの貴族だ。重罪だ、重罪。首を落としてやれ」
民衆は歓喜の聲を上げる。処刑を求め、興し、夜だというのに誰も眠りにつかない。
それはそのはずだ。今、目の前で、噓吐きの貴族のの首が落とされた。城壁から下へと落ちていく。民衆はそれを取り囲んで、蹴り飛ばす。そんなものが城壁の下には、いくらでも転がっていた。もはや、どれが誰の塊だかなど分かりはしない。
殘には殘を、復讐の祭りは三日三晩続いた。
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