《【電子書籍化】神託のせいで修道やめて嫁ぐことになりました〜聡明なる王子様は実のところ超溺してくるお方です〜》第二十六話 この下らない醜い世界の出來事は知らせずに

カイルス宮殿の悲劇の第一報が、ステュクス王國王城のサナシスの執務室に屆けられたのは、三日と経たないうちだった。ほぼ同時に、カイルス王國の王侯貴族は皆殺しにされてしまい、國としての機能が完全に麻痺してしまったことも報告に上げられた。

報告に來たニキータは、眉間にしわを寄せたサナシスへ、簡潔に狀況を説明する。

「つまり、馬鹿な王侯貴族の癡気騒ぎへ、怒った民衆が大挙して押し寄せて皆殺しにした。そういうことだね」

ニキータはどこか嬉しそうだ。

「ご安心を、我が君。へメラポリスとアンフィトリテのま(・)だ(・)話(・)を(・)聞(・)く(・)貴族たちは逃してある。ソフォクレス將軍の仕事は殘っているさ。今回の反、予想よりも拡大が速く、制は葉わなかったが、我々にとって被(・)害(・)は(・)最(・)小(・)限(・)だ。國境沿いにいる兵団を派遣し、反軍を監視、渉を始めよう」

ニキータは喜びを隠しもしない。この男は、自分たちに益のある他人の不幸を、思う存分に喜べるたちだ。それが國王の不興を買って、ステュクス王國の王族だというのに聖職から追放されたほどだというのに、改める気はないらしい。

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そんなニキータをサナシスは有用だからとずっと使ってきた。ニキータもまた、盡くすに値する主君だとサナシスを認めている。それなりに長く付き合ってきて、君臣の間柄ながら、気の置けない仲ではある。

だから、サナシスは思いっきり深いため息を吐く姿を見せた。

「どうかしたかい?」

「いや……」

「ああ、気分が優れないようなら」

「それは大丈夫だ。そうじゃない、何というか」

言い繕っても仕方がない。サナシスは執務室に自分とニキータだけしかいないことを確認して、執務機を手のひらで何度も叩いた。

「どいつもこいつも、馬鹿だろう! 民を殺すほどに稅を搾り取り、贅沢に贅沢を重ねた貴族など殺されて當然だ! なのに安穏と舞踏會? 前兆はいくらでもあっただろう、遠くこの國にいるお前が把握できていたほどなのだから! こんなことのために、あらゆる國、あらゆる人々にどれほどの悪影響が出ると思っている!」

そう、あまりにも馬鹿馬鹿しい。民衆に反を起こさせるような統治の仕方をしている王侯貴族など、もはや支配者として許しがたい。暴の革命を発するほどに度を過ぎた行いを看過してきたなど、言い訳さえ許されない。とうの昔に、いわゆる貴族層がいなくなっている大國ステュクス王國からしてみれば、いつまで舊態依然の支配制を続けているのか、だから戦爭が終わらないのだろうと愚癡も言いたくなってくる。

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ニキータはうんうん、と大いに頷く。

「確かに。だがね、神聖なるステュクス王國の誇る聡明なる王子よ。世界は醜いのだ」

その言葉に、ほんのし、サナシスは機嫌を悪くした。王子様には分かるまい、そんなことをニキータは言わないと分かっていても、だ。

「その醜悪さは、毎日毎日、毎年毎年、年のように積み重ねられてきた。削っても削っても、父祖の恨みや過ちが盡きることはなく、今を生きる誰もが修正すること葉わなかったのだ。だから、この反の萌芽からは誰もが目を逸らしてきていた。その結果、あまりにも衝撃的な出來事となってしまったがね」

ニキータの言葉は、空々しい。ニキータにとっては衝撃的な出來事ではなく、淡々と処理する出來事の一つでしかない。この男は世界がひっくり返っても、サナシスの変わらぬ日常のほうが重要だと言いそうだった。そんな男の言葉に逐一反応してもしょうがない、サナシスは話を進める。

「分かっている。問題は、ステュクス王國がこの場でどうするか、だ。もちろん、反軍を鎮圧する。ただし、できるかぎり平和的な方法で、民を敵とせずに、カイルス王國跡地に民による新たな國を作って與える」

「それでいい。実にいい、それでこそ主神ステュクスの神意に沿う。というよりも、それ以外の解決方法は、武力による徹底的な民衆殺以外にない。そんな方法は野蠻に過ぎる」

「ステュクス王國は、新しい國作りを支援する。折り合いをつけられるよう人選には最大限配慮する。ニキータ、しでも報がしい。共有が何よりも肝心だ。各部署に連絡要員を置き、惜しみなく必要な報を與えつづけろ」

「承知した。速やかに取り掛かろう」

サナシスの決定を、ニキータは恭しく頭を下げてれる。

他にもまだやることは山積みだ。派兵するなら一刻も早く準備を整えなければならないし、カイルス王國以外の國に救援を求められることもあるだろう。ステュクス王國は大陸を主導しなくてはならない、そのためには誰よりも迅速かつ的確にかなければならないのだ。差し當たって、サナシスには人材を適宜配置する、という仕事がある。その第一歩としてニキータに指示を出した、あとはいつもどおりにやっていくだけだ。

そんな中、ニキータは悪辣な笑みを浮かべていた。サナシスは何となく、その意味が分かってしまって自己嫌悪した。

「一つだけ助言を。このまま反軍をし放置しておく、というのも手だ」

「分かっている、今それを付け足そうとしていた」

「おや、失敬」

に、反軍の上層部と連絡をつけろ。一ヶ月の猶予を與える。そして、反軍の過激派を潰し、國作りに関心がある者たちにだけ餌を見せつける」

これでいい。反軍となった民衆のうち、ただ王侯貴族を殺したいだけの狂人たちは、これからの國作りに必要ない。それらを排除して、十年二十年後の未來を描くことのできる意を持った人間と手を取り合うべきなのだ。

しかしだ、狂人を止めるのは並大抵の努力では済まない。できるなら自滅していってくれるか、勢力をできるかぎり削ってから叩く必要がある。カイルス王國近隣の國々に狂人たちが襲いかかり、王侯貴族たちと潰し合っていくだけの絶妙な時間を與えるのだ。ただ、あまり遅きに失しては救援の意味がない、放置もほどほどにしておかなくてはならない。

そういう考えは、サナシスもニキータも當たり前のように頭に浮かぶ。サナシスの命令に納得したニキータは、きわめて上機嫌だ。

「では、そのように。一ヶ月でいくつの國が地図から消えるか、楽しみにしておこう」

靴音でさえも、ニキータの機嫌に沿うように楽しげだ。執務室からニキータが去り、サナシスはやっと椅子の背もたれに背中を預けて、頭の中に地図を思い描く。

カイルス王國の近隣には、ハイペリオン帝國、ミナーヴァ王國、そしてウラノス公國がある。

それらもまた、滅ぶだろうか。確率としては、八割以上といったところか。頭を失ったを叩くなど、大して工夫はいらない。

ああ、そういえば、ウラノス公國は——エレーニの復讐がされるのだった。なるほど。では、ウラノス公國は、ウラノス公とともに滅ぶだろう。救援は間に合わなかった、そういうことにしておく。

「ウラノス公國とは……連絡を絶っておくか」

サナシスはイオエルを呼び、ウラノス公からの連絡はすべて後回しにするよう、命令を出した。

それよりもだ、舊ウラノス公國騎士団の処遇を決めなければならない。今帰すことはできなくなったから、やはりステュクス王國に留め置こう。そうと決まれば、エレーニにもいくつか相談しておきたいことができた。

サナシスは、今ごろベッドの中でぐっすり晝寢をしている妻エレーニを思い浮かべる。いかにエレーニを喜ばせられるように、話を持っていくか。いかにエレーニに、この下らない醜い世界の出來事を知らせずにいられるか。サナシスはコーヒーを一杯飲みながら、考えをまとめていく。

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