《【電子書籍化】神託のせいで修道やめて嫁ぐことになりました〜聡明なる王子様は実のところ超溺してくるお方です〜》第三十二話 ギロピタ

完全に予想外の再會だった。

食堂(タベルナ)のカウンター席で、數週間前にウラノス公國で出會った騎士のコーリャ青年が、薄いパンに包まれた薄切りやごろごろ野菜に豪快にかぶりついていた。私を見て、皿に置く。味しそうなものを食べている、とちょっとだけ私は羨ましかった。

私とコーリャ青年が突然の再會にどうしていいか困っていると、ニキータが手を差しべてくれた。

「お知り合いですか、エレーニ姫」

「ええと、はい」

私は頷き、コーリャ青年はもっと頷いていた。

ステュクス王國の王子であるサナシスに嫁いできた私はともかく、どうしてウラノス公國にいるはずの騎士がステュクス王國の路地裏の食堂(タベルナ)で晝食を摂っているのか、その事は私にはさっぱり分からない。どういう巡り合わせなのだろう。

まあまあ、とニキータは私とコーリャ青年をなだめ、コーリャ青年の隣の椅子を引いて私を座らせた。さらにニキータも座り、さて、と話を聞く態勢を整えた。

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コーリャ青年は、何か私へ言いづらそうにしていた。何だろう、サナシスもそうだけど、私には言いづらいことがそんなにあるのだろうか。ならば、とニキータが間にり、コーリャ青年の分を聞き取る。

「なるほど、舊ウラノス公國騎士団の一人」

舊? と私は疑問を持ったが、口には出さない。話の腰を折るより、全部聞いてから問いかけたほうがいいと思ったからだ。

々、話がある。こちらへ」

「はあ」

そう言って、ニキータはコーリャ青年を食堂(タベルナ)の外へ連れ出していった。

一人、ぽつんと殘された私は——コーリャ青年が食べていた、薄いパンにや野菜を巻いたものを眺めていた。まだ溫かく、焦げ目のついたは食をそそる匂いを漂わせ、緑黃の角切り野菜も立派で食べ甲斐がありそうだ。こんなにもざっくりと作られた、手で持って食べる料理は初めて見た。ウラノス公國は食が盛んではなかったし、私は修道だったからは食べなかった。でも、目の前の料理を見ていると、ちょっとだけ齧りたいな、と思ってしまう。

しならいいのでは、と私がそろっと手をばし、はみ出ているに指がれる寸前。

「本當か!?」

外からコーリャ青年の大聲が聞こえ、私はびっくりして手を引っ込めた。

間もなくニキータとコーリャ青年が喋りながら戻ってくる。

「噓を吐いてもしょうがない。我らが聡明なる王子の決定だ、まだ々のことで通達は明日以降にはなるものの、必ず貴殿らを召し抱える。エレーニ姫のためにもね」

ニキータは穏やかに席に戻ったが、コーリャ青年は立ったまま、嬉しさと興を抑えきれていない。

「こうしてはいられない! エレーニ様、大至急仲間に知らせなければならないため、今日はこれにて失禮します!」

「あ、コーリャ、待って。この料理はどうするの?」

「あっ……よ、よろしければ、どうぞ!」

一瞬だけ迷ったものの、コーリャ青年は私に料理を押し付けて、店を飛び出していった。

置いていかれた私とニキータは、顔を見合わせ、そして料理が載ったままの皿に視線を移した。まだ半分ほど殘っている。

「これはギロピタです。くれると言うのですから、いただいて帰りましょう。おっと、カラマラキア・ティガニタを忘れるところでした」

ニキータは店員を呼ぶ。持ち帰り用のカラマラキア・ティガニタを頼み、私から店員へオボルス貨一つを渡すよう指示した。どうやら、料理一つごとに先にお金を払う仕組みらしい。

となれば、この食べかけのギロピタもお金は払っているから、大丈夫。私はそっと手をばし、ギロピタを持ち上げて、軽く齧ってみる。薄いパンと、お。何のだろう。牛かな。

舌の上に、が乗った。その瞬間、私の舌は食べたことのない旨味をじ取った。これが焼き上げられたから溢れると、たっぷりの塩胡椒とスパイスの混じったもので——私は今までそんなものを口にしたことがなかった。いころ、ひょっとすると私はを食べていたかもしれないけど、そんな記憶なんて殘っているはずがない。野菜では到底味わえない旨味に、私はニキータへんだ。

「これ、お味しい……!」

革命的だった。もはや、が求めている。それを食べよう、いっぱい食べたい、と胃がきはじめている。

ニキータは卓上の紙ナプキンを持ってきて、私の口を拭いた。が垂れていたようで、私はちょっと恥ずかしかった。

「それはよかった。王城にはない味ですから、どうぞ召し上がれ」

「はい!」

ニキータの注文したカラマラキア・ティガニタがやってくるまで、私はもぐもぐ、一生懸命顎をかしてを味わっていた。味しい。これは、甘いものとはまた違った強烈なの食べだ。

申し訳ございません、忘卻の神レテ。多分、私はやっぱり信仰を完全に捨てて、味しいものを取りたいです。

不敬ながら、私はしみじみそう思った。信仰を覆すこの味が悪いのだ、うん。

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