《【電子書籍化】神託のせいで修道やめて嫁ぐことになりました〜聡明なる王子様は実のところ超溺してくるお方です〜》第四十二話 私のを乗っ取っているのは
早速私とサナシスは王城に戻り、支度をしてステュクス神殿のある神域アルケ・ト・アペイロンへと足を運ぶ。サナシスはずっと、し張した私の手を引いてくれた。おかげで迷わず、私はそうすべきなのだと、これが間違っていないのだと信じられる。
不思議な球の神域アルケ・ト・アペイロンは、以前と何も変わらず、白いの太が中心に浮かんでいた。神や巫といった人々が、のんびりと仕事をしながら過ごしている。平和な風景だ、ここだけは地上で何が起ころうとも平穏がされることはないだろう。
神域アルケ・ト・アペイロンへ足を踏みれた私とサナシスのもとへ、來客の応対として見覚えのある神長パナギオティスがやってきた。
「ご機嫌麗しゅう、両殿下。本日はどのようなご用件でしょうか?」
若干、その聲は固い。サナシスが何かステュクス神殿側へ要求しにきたのではないか、と思っているのだろう。
サナシスは平然とこう言った。
「急ぎ、主神ステュクスの神託を得たいのだ。筆頭巫であるエレーニを介すれば、それも可能だろうと思ってな」
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神長パナギオティスは明らかに驚いていた。それもそのはずだ、神託は神より適宜降される。人間が請い願って得られることはごくない。王子が無理を言っている、そう一蹴されてもやむなしだ。
しかし、神長パナギオティスは腕を組み、考え込んだ。
「神託を得る……それは……どうなのでしょうか。文獻を読み解けば、巫がめば得られることもあったかと思われます。しかし、ここにいる巫はそのようなことはできません。エレーニ様であれば違うのでしょうか」
神長パナギオティスは否定からることもなく、サナシスの無茶な言い分を真剣に捉えてくれているようだった。なくとも拒絶はされていないのだから、やってみることはできるはずだ。
「とりあえず、試したい。神殿にエレーニをれてくれ」
「かしこまりました。では、エレーニ様。こちらの水を汲んで、祭壇へ捧げてください」
私は言われたとおり、神域アルケ・ト・アペイロンの中空を流れる水の筋へ近づき、渡された小さな壺を浸す。主神ステュクスは大河の神でもある、神域アルケ・ト・アペイロンにいくつもある小川は主神ステュクスの支配する世界を覆う大河を模しているのだとか。その小川の水を捧げて、祈る。そういう手筈だ。
私はささやかな神殿へ、一人でる。中にある簡素な大理石の祭壇へ壺を置き、両膝を織を敷いた床に突く。両手の指を絡ませ、握りしめ、目を閉じた。
そういえば、私は神へ祈るということをあまりしたことがない。信心深くもなく、祈る母を助けなかった神への怒りもあり、無意味なものだと思っている。今でもそうだ。主神ステュクスや忘卻の神レテの存在を確かにじていても、やはりそう思う。祈ったところで、神は願いを葉えてくれるわけではない。気まぐれな神に何かを要求したってしょうがない。だから——正直、期待はしていなかった。
主神ステュクスよ。私はあなたに何かを要求できるような分ではなく、あなたの気まぐれに縋るようなちっぽけな人間です。答えてくださらなければ、私やサナシスはがっかりするでしょうけど、それも致し方ありません。人間が神に何かを期待するほうが、間違っているのですから。
私は心の底から、そう思っていた。
なのに、あっさりと主神ステュクスは私へ神託を降した。
「我が加護をけし巫、エレーニ・アタナシア・シプニモ。これは皆にも伝える」
耳に、頭に響く澄んだの聲。驚く間もなく、言葉は続く。
「ステュクスの印を持て。レテのメダルを持て。さすれば汝の願うところを答えよう」
言うべきことは言った、とばかりに聲は止んだ。
私は、いつもに下げているレテのメダルを見て、それからステュクスの印はどこにあるのか、と一瞬考えた。
あるではないか。あそこに。
そう、サナシスが持っている。黃金のステュクスの印、ステュクス王國の聖職者が持つそれを、借りけよう。
私は神殿を飛び出し、外で待っていたサナシスへ向けて思わずぶ。
「サナシス様!」
「ああ、聞こえていた! これを使え!」
サナシスは首から下げている黃金のステュクスの印を外し、私へ押しつけた。
け取った瞬間——私は意識が遠のきかけた。ぐらりと地面が揺れた気がした。だが、すぐに誰(・)か(・)が力のらない私のを支え、まるで、そう、私(・)の(・)(・)を(・)乗(・)っ(・)取(・)っ(・)た(・)。
私の口が、勝手にく。
「いやこれ、ちょっと波長合わせるの大変よね。もっとちゃんとできそうな気がしたんだけど」
え?
私の聲ではない。先ほど聞いた、澄んだの聲。それが私のから出ている。
驚愕の表を浮かべるサナシス、神長パナギオティス、他の神や巫たち。私はどうしていいのか、目を泳がせる。しかし、の主導権はその——いや、もう疑うことはあるまい。主神ステュクスだ。私のを乗っ取っているのは、あの白銀の長い髪を持つ神。その方が、地上に舞い降りた。
「エレーニ?」
サナシスの呼びかけに、私のは勝手に反応した。
あろうことか、私のはサナシスへ抱きついたのだ。その上、とってもはしゃぐ。
「アサナシオスー! きゃー、かっこかわいいー! もーあなたのことは生まれたときから知ってる!」
「は? はい?」
「あなたがニキータの賭場でボロ儲けしたときとか、私すっごく応援してたのよ! 伝わってなくて、加護だけノリに乗っちゃって賭け自が立しなくて臺無しになったけど」
一瞬、サナシスがまずい、という顔をした。それは他の人に知られたくなかったのかもしれない。ちょっと焦っている。
それを私のを乗っ取った主神ステュクスもじ取ったのか、わざとらしく咳払いをして、場を改めさせる。
「こほん。ステュクス王國においてもっとも聡明な青年、王子アサナシオス・シプニマス。このステュクスが、神託を降します」
打って変わって真面目な態度になった主神ステュクス。張が漂う。サナシスだけではなく、神や巫たちも息を呑んでいる。目の前で主神ステュクスから神託が降ることなどあり得ない、と戸っている雰囲気すらある。
そんな空気もどこ吹く風、主神ステュクスはこう言った。
「神罰が久しぶりだったからちょっとやりすぎていくつか國が滅んじゃいました」
ごめんね! と主神ステュクスは私の口を使って可く謝る。とんでもないことを私の口を使って言わないでいただけませんか、主神ステュクスよ。
「あっ、でもこの國にとっては悪いようにはならないから! あと何が聞きたいんだっけ?」
「そうだ! 主神ステュクス、エレーニの復讐はまだ終わらないのですか!?」
サナシスはこんな狀況でも、本題を忘れていなかった。さすが主神ステュクスの寵する聡明な王子。私の代わりにちゃんと目的を果たしてくれる。
主神ステュクスは——割と他人事だった。
「それねー、王侯貴族がエレーニに悪いことをしたのだから、王侯貴族をなくしちゃえばいいのよ。だから、貴族制度の終焉とともに終わるでしょう。だから貴族制度を改めるよう、働きかけたり戦爭したり、まあやっちゃってちょうだいな」
お待ちください主神ステュクス。それはものすごく壯大なお話ではないでしょうか。
私は自分の口をかせなくて、とてももどかしい。それを問いかける暇も自由もなく、主神ステュクスは勝手に話を終える。
「じゃ、そろそろ接続が切れるから、神託終了! またね!」
ぷつん、と糸が切れるように、私は自分のから力が抜けた。そのまま地面にへたり込む。ぱくぱくと、口はく。手を握ったり放したり、が自分の思ったとおりにくことを確認した。
そんな私を、サナシスが見下ろす。私は、恐ろしくて直視できない。
主神ステュクスがやったこととはいえ、サナシスに抱きつき、馴れ馴れしく話したのは、私だ。私のだ。
「……サナシス様」
私はダンゴムシのように丸まった。
自分でも分かるほど、火が出そうなほどに赤面していたからだ。
「恥ずかしいので見ないでください……」
「あ、ああ……」
そしてこのことは、しっかりと公式文書に主神ステュクスの神託として記されることとなる。
私はこのあと、自分の癡態が後世まで殘ることに愕然として、絶した。
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