《【電子書籍化】神託のせいで修道やめて嫁ぐことになりました〜聡明なる王子様は実のところ超溺してくるお方です〜》第四十八話 サナシスに類が及ばぬよう

私は、レテ神殿騎士団の騎士を溫室庭園の扉を突破するために連れてきていいか、とサナシスに尋ねたけど、首を縦には振ってもらえなかったため、斷念した。その代わり、サナシスの権限で扉は開けてもらえることになったので、一安心だ。

「エレーニ、兄上はどうだった?」

「強な方です。でも、サナシス様のことは大変褒めておられました」

「……そうか」

「もっとも、その表現は分かりづらかったのですけど」

「ははっ、そうだろうな。兄上はそういう方だ」

そんな會話もあり、私はサナシスがヘリオスを嫌っていないことを確信した。ならば、サナシスのためにも、ヘリオスのあの強さを溶かすことが、まず私のすべきことだろう。

とはいえ、簡単には行きそうもない。何をすればいいだろう、私がそう考え、辿り著いた答えは——。

サナシスのおかげで何の障害もなく私は溫室庭園に侵し、またしても鬱陶しそうなヘリオスの前にやってきて——やはり私の椅子は用意されていなかった——足置き用の小さな椅子に座り、空いているカップにお茶を注いでこう要求した。

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「何か話をしてください」

私のあまりの強引さにヘリオスは抵抗さえできていない。ただただ嫌そうな顔をしている。

「押しかけてきておいて、私にせがむのか。何様のつもりだ」

「でもお暇でしょう?」

「暇ではない」

「そういえばお伝えし忘れていましたけど、私の名前はエレーニです」

「聞いていない」

「私は忘卻の神レテに修道として仕えていました。今も信奉はしております」

「馬鹿かお前は。神などいるものか」

ヘリオスの言葉は何とも、ステュクス王族にあるまじき発言だ。神を信じ、神託を得て國を運営するステュクス王國の幹を揺るがしかねない。

、どうしたものか。何を言うべきか。私が困していると、ヘリオスはため息を吐いてこう言った。

「神がいるのであれば、私をこれほどまでに慘めにする悪魔のようなやつだ。一方でサナシスは寵け、神託でも名指しをされる……ステュクス神殿が機嫌取りのためそのように噓偽りを述べているのだろうが、不愉快だ」

私は、ヘリオスの言わんとするところがよく分かった。

神に寵される人間が一人いても、神に見捨てられる人間はごまんといる。サナシスは前者で、私もヘリオスも後者だ。特別なサナシスを敬う人間もいれば、疎む人間、妬む人間もいて、不公平だと不満に思う人間もいる。特にヘリオスは、サナシスが弟とあってはよりその思いが強かっただろう。なぜ弟にだけ、と。

特別扱いをしてほしかったわけではない。ただ、自分の他に特別扱いされる人間を見たくはなかった。そういう思いは、別にヘリオスに限らず普遍的だろう。神という人知の及ばぬ力の持ち主が、依怙贔屓をして自分を蔑ろにしたと思えば、慘めにもなる。

私は合點がった。なるほど、だから母は絶したのだ。祈りは屆かず、最悪の結果となり神に見捨てられたと知った母は、を投げた。

「亡くなった私の母は、いつも祈っていました」

思い出を振り払うように、私の気持ちは、そのまま私の口を突いて出た。

「そんなことは無意味だ、と私はずっと思っていました。今でも思います。神に気にられていない人間が祈ったところで、願ったところで、何も変わらないのです。神の慈悲に縋るなんて、それこそ馬鹿馬鹿しいと思います」

復讐の願いだってそうだ。あれは、私が願ったから葉うのではない。

「私だって、本音を言えば信仰心なんかこれっぽっちもありません。修道にさせられたから最低限の義務として信奉していただけ、だって忘卻の神レテは何もしてくれなかったから。押し込まれた修道院のつらい生活から抜け出す道さえ示してくれなかった」

信じたところで報われないのであれば、何の意味があるのだろう。無意味なことを続ける意味は、どこにあるのだろう。

神の前に、人間の思いは無意味だ。

「不敬だな」

「でしょうね。忘卻の神レテはそんな私だからこそ救わなかったのかもしれません。だからと言って、今更恨むつもりはありません。そ(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)も(・)の(・)な(・)の(・)だ(・)、と分かっていますから。もし私が幸運だとすれば、それはサナシス様のおこぼれに與っているにすぎません。サナシス様は主神ステュクスにされたお方、サナシス様にだけは神は微笑む。私ではありません、決して」

私の願いは、ただのついでだ。サナシスのためになるならと、私の願いも利用されたにすぎない。主神ステュクスに不満があるわけではないが、一歩引いた付き合い方をしなければならないことは間違いない。

互いにカップに口をつけ、しばしを潤してから、ヘリオスは初めて私の言い分を肯定した。

「そうだな。サナシスにだけは、主神ステュクスは微笑む。それは正しい、そのとおりだ」

同意されたからと言って、嬉しいことではない。いや、サナシスが幸せになるのならそれは喜ばしいことなのだけど、信仰心の薄い一個人としては——あまりいいことのようには思わない。

きっと、それはヘリオスも同じはずだ。

だから答えあぐねて、考えて、し時間を置いてから、ヘリオスは私へ真剣な眼差しを向けてきた。

「エレーニ、今の話は黙っていてやる。だから、もう來るな。これ以上、サナシスを悲しませるようなことをするな」

それは何を意味するのだろう。サナシスのために、妻である私はきちんとした信仰心を持つべきだという諌めだろうか。

私は、主神ステュクスと忘卻の神レテの姿を見て、神託をけてもなお、彼たちを信じきっていない。実在は知っていても、必ずしも私の味方になるわけではないと、知っているからだ。

この國では、この大陸では、大変に不敬で、異端の考え方だろう。ヘリオスはその考えをサナシスに類が及ばぬようひけらかすな、と言っている。

その時點で、ヘリオスはサナシスを大事に思っているということが分かる。口で何と言おうと、兄は弟を心配している。

何だか、面白くない話になってしまった。

私は、ヘリオスと大して言葉もわさず、そのまま辭去した。

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