《【電子書籍化へき中】辺境の魔城に嫁いだげられ令嬢が、冷徹と噂の暗黒騎士に溺されて幸せになるまで。》第三話 呪われし暗黒騎士
その時のイウヴァルト伯の顔はいつまでも忘れられないだろう。顔、と言っても眼しか見えないのだけれど、その眼が大きく開いていたのが見て取れた。
イウヴァルト伯は大きくため息をつき、首を橫に振る。
「俺は妻を娶らないし、俺の妻になどなるな」
明らかな拒絶。
でもその言葉の後ろ側に、何か事があるかのような覚になった。何かを隠しているかのような、それが彼の本音を隠しているかのような。いや、本音で拒絶しているのかもしれないのだけれども。
私はあえて笑みを浮かべ、はっきりとした言葉で言う。
「好きに生きろとおっしゃったのはイウヴァルト様ですよ?」
ぐっ、という聲がはっきりと聞こえてきた。意外とこの人、わかりやすいのかもしれない。そう思うと、余計に笑いが込み上げてきた。笑っちゃいけないのだけど、笑ってしまいそうになる。こんなを抱いたのはいつぶりだろうか。
駄目だ、抑えきれない。私は思わず吹き出して、アハハと笑い出してしまった。イウヴァルトは片手で頭を押さえながら、執務機の方に戻っていく。ドカッと小気味の良い音とともに彼は座った。
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「わかった。では、この城にいることは認めよう。しかし、妻になることは認めない」
「どうして?」
「どうしてもだ」
「恥ずかしいんですか?」
「そんなわけがないだろう!」
執務機をたたいた。さすがに怒気を含ませてきたので、私は反省して「ごめんなさい。調子に乗りすぎました」と頭を下げる。何度目かのイウヴァルト伯の大きなため息が聞こえてきた。もはやあきれ返っているようだ。
「まったく、今日は調子が狂う。お前の様なやつははじめてだ」
「アリエスです」
「ん?」
「私の名前はアリエスです。妻になるの名ですから、憶えてくれると嬉しいです」
いい加減名前で呼んでもらいたかったし、私は自分の名をもう一度告げてみる。イウヴァルト伯は黙りながら、指でトン、トンと執務機を叩く。そしてトン、と四度目をたたいた後、不意に兜に手を置き、そのままいだ。
肩ぐらいで整えられている漆黒の髪に鋭い赤い瞳。私は男をあまり見たことがないけれど、それでも中的な整った顔立ち。思わず見とれてしまいそうになったけれど、その左目から耳にかけて何かの紋章が描かれていた。
「それは……?」
「ああ、やはり見せても判らないか。これを見せれば大抵のものは俺に近づかなくなるんだがな」
「そうなんですか?」
「本當にものを知らないな。その脇に抱えている本にも書いていないか」
「はい……」
さすがにここまで言われると自分の無知が恥ずかしくなってきた。でも仕方ないじゃない、本當に部屋から出されなかったのだから。わずかにあった本だって、図鑑とかそういうものだったから。
「これは呪いだ。俺のは呪いに蝕まれている」
「呪い……誰かに魔法をかけられたのですか?」
「俺自だ」
にやりと口端をゆがませるイウヴァルト伯。私はただ茫然としているしかできなかった。
なぜそんなことをしたのだろうか。イウヴァルト伯はその先を何も話さない。ただ、また立ち上がり、私のもとへと歩み寄る。そして、顔を近づけ、意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「どうだ、怖いだろう? れればどうなるかもわからない」
この人は……。私はこの僅かなやり取りでしずつわかってきた。だからこそ、私は構わず呪いと言われている紋章にれようとする。そして、自分の回復魔法を使った。淡い緑のがイウヴァルト伯の頬を照らす。
しかし、それをイウヴァルト伯が払いのけた。魔法は中斷され、伯はしだけ息を荒くしている。
「なにをする!」
「だって、怖くないですから。私は」
「呪いが遷るかもしれないのだぞ! 世間知らずにもほどがある!」
「近づけたのはイウヴァルト様ですよ?」
そう反論すると、イウヴァルト伯はぐっと言葉を失って、執務機に下がっていった。そして兜をかぶると、部屋を出ていこうと私とすれ違っていく。
「……ともかく、好きにしろ。だが、俺に近づくことだけは許可しない。れる事もだ」
「わかりました。今はそうします」
「ずっとだ。……部屋は好きな場所を使え。兵に城を案させる」
そう言って、部屋を出ていった。私は突然力し始めてその場に座り込んでしまった。
し、失禮なことをしてしまったぁぁ。何を自分は言ったのだろう。もう覚えていない。ただ、ただあの人の一緒に居たいというのは本當のことで、それだけで私の頭は一杯だった。
「失禮します……大丈夫ですか?」
兵士がってきた。私は大丈夫、と笑みを浮かべてみるも無理がある笑みだなぁと自分でも思った。兵士は私に手を貸してくれて立ち上がらせてくれた。それでもしふらつくがもうこれは疲れなのだろう。そう考える事にする。
「ええと、では案しますね」
兵士は困った様子で歩き出す。私もそのあとを付いて行った。城の中にあるものは最低限なものらしいと教えられて、空いている部屋を案された。
「と言ってもご令嬢が使うには質素で簡素な部屋ですよ。寢臺だっていですし……」
「大丈夫、今まで床で寢ていたから。寢臺があるだけで嬉しいわ」
私は正直に話した。だって、今まで監されていた部屋よりずっと広いし、本棚もある。機もあるし、布団もある。寢臺もある。素晴らしい!
「そ、そうですか。じゃあ自由に使ってくださいね。俺は仕事があるので」
「あの、ありがとうございました。戦いで疲れているのに」
「いえ、そんなことないです! では!」
そういう兵士が振り返ろうとする。その背中に、こっそり回復魔法をかけてあげる。私ができるせめてものお禮だから。魔法はすぐに溶け込み、兵士は「あれ、なんかが軽いな?」と首をかしげながらつぶやきつつ、その場を後にしていった。
私は自分に當てられた部屋の中にり、窓を開けてみる。窓からは訪れた時にあった門が見えた。門番たちが今も仕事に就いている。
私はベッドに座り、そのままを布団に預けた。すると眠気がすぐに訪れる。
明日から一生懸命働いてみよう。自分のできることを……そんなことを考えていて、私の意識はゆっくりと薄れていったのだった。
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