《【電子書籍化へき中】辺境の魔城に嫁いだげられ令嬢が、冷徹と噂の暗黒騎士に溺されて幸せになるまで。》第四話 私にできる事

喧騒な音に釣られて、私は起き上がる。

夢のような一日だったけれど、今まで監されていた部屋ではない、ここにいるという事は夢ではなかったのだと私は思いなおした。夢じゃなくてよかった、本當に。私は寢臺から起き上がりううんとばす。そして息を吐いた後、窓を開けて空気をれ替える。すると、ちょうど下に見える門のところにイウヴァルト伯が兵士を率いて城の外に出ようとしているようだった。

また戦をしにいくのだろう。誰と戦っているのだろう? 魔だろうか、それともここは國境沿いで他の國との戦爭をしているとか……いろいろと考えてみたけれど、私にはわからないことが多すぎると改めて思った。だから知る必要があるし、私にできる事があるならば、今はこれしかない。

「イウヴァルト様、いってらっしゃいませ!」

大きな聲で、イウヴァルト伯に聞こえるようんで見せる。ちょっと大きな聲すぎたのか、一部の兵士たちも驚いているようだった。イウヴァルトは一瞬こちらに視線を送ったが、すぐにそっぽを向いて行ってしまう。代わりに兵士たちがこちらに手を振ってきた。

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私はそれに応えるように、またイウヴァルト伯の無事を祈るように手を振った。軍列はすぐに見えなくなっていって、再びガーランド城に靜けさが戻った。

「行ってしまわれた……」

さて、私はどうしようか。何をするということも言われていない。「勝手にしろ」という一言だけだった。それならば、勝手にしてみることにしよう。私にできる事をする。できることを増やす。それで箱り娘と呼ばれなくなるだろう。

さっそく私は部屋の外に出て、あたりを見渡す。城の中はし埃っぽい。掃除が行き屆いていないのか、人手が足りていないのか。それはわからないけれど。天井なんかもし朽ちている。古いお城なんだろうなぁ。なぜ魔城なんて呼ばれているのだろう、と思いながらも、カーペットの上を歩いていく。

しばらく歩きまわっていると、兵士の一人が城の掃除をしているのに気が付いた。昨日イウヴァルト伯が言っていた新兵の人だろうか。

私は聲を掛けようか一瞬迷ったけれど、ここで迷っていては何もできない。思い切って口を開いた。

「あの!」

「うわ、びっくりした!」

思った以上に聲が大きかったようだ。「ごめんなさい」と私は思わず頭を下げて謝った後、兵士の元へと歩み寄った。

「何をなさっているのですか?」

「あ、はい。新兵の役目でもある城の掃除であります」

「あなた一人で?」

「いえ、複數人で行っていますが……手が回らない狀況ではございまして」

話によると、この城の掃除を數人で行っているらしく、いくら掃除をしても足りないらしい。もともと戦で汚れた兵士たちが使っているから、綺麗にしても意味がないのだとか。

「あの……失禮ながら、あなた様はイウヴァルト閣下に嫁いでいたという……?」

「あ、はい。そうです。アリエスとお呼びください」

「アリエス様。その……イウヴァルト閣下はおっかないでしょう?」

と、恐る恐る兵士は言う。おっかない、とは。どういうことなのだろうか。厳しいのだろうか、それともあの呪いのことなのだろうか。私は首をかしげて見せると、兵士は首を橫に振った。

「あ、今のは聞かなかったことにしてください! 失禮いたしました!」

「ふふ、大丈夫ですよ。あの方は確かにおっかないかもしれないけれど、優しいところもあるんですよ」

「そ、そうなのですか?」

「そうなんです。それよりもお願いがあるんですけれど……」

兵士にお願いを伝えると、困した様子でどうしたものかと悩み始めた。私はさらにお願いをして、押し通すことにする。結局兵士も負けして私を案してくれた。

それから數時間が経って、イウヴァルト伯とわずかな兵士が戻ってきた。どうやらなにか用事があって戻ってきたみたいだ。私は階段の上から聲を掛ける。

「おかえりなさいませ!」

今度は私の聲を無視できなかったか、イウヴァルト伯は私の方を見上げてくる。そして腕を組んで訝しげな聲で訊ねてきた。

「何をしている?」

「お掃除です。ここの兵士さんだけじゃ人手が足りないから、私も手伝うことにしたんですよ!」

イウヴァルトは兜の向こうの瞳のを変えないまま、今度は一階の掃除をしている新兵を見る。どうやらにらみつけているらしく、兵士が震えあがっていた。私はそんなつもりで掃除したわけじゃないのに、これだから怖がられているんだわ。

「私が言い出したことです! あなたでしょう、勝手にしろ、って仰ったのは!」

そう言うと、イウヴァルト伯は何も言えなくなって、そのまま歩き出してしまった。先ほどにらみつけられた兵士がこちらを見る。私は手を振って大丈夫だと伝えた。

そうして、掃除を終えた私は、兵たちが食べる料理の用意も手伝う事にして、調理を始めた。こういう時、元の家で使用人のふりをしていた経験が生かされると思った。はじめはおっかなびっくりにやっていたけれど、だんだんとコツをつかんでいく。こういう仕事も戦場にいる夫のための妻の仕事なんだと思っていたけれど、やっていたらすぐに楽しくなってきた。

夜になって、兵士たちが戻ってきた。幾分朝の時より兵士の數がない気がするけれど、あまり考えないことにした。戦場のことはわからない。だから口出しはしないでおこうと思った。

「あれ、なんか今日のメシ、いつもより味が濃くて味いな?」

「本當だな、いつもの薄味スープじゃねぇや」

食堂にこっそり忍び込んでみると、兵士たちの喜びの聲が聞こえてくる。どうやら満足してもらえたようだ。イウヴァルト伯はどうだろう? ここにはいないようだけれど……。とりあえず訊ねてみよう。

「あの、イウヴァルト様は?」

「あの方はいつも自室で食べておられるよ」

なるほど、兵とは一線を置いている、ということなのだろうか。私はさっそく彼の部屋へと向かい、ノックをしてみる。

「誰だ」

返事が聞こえてきた。ぶっきら棒な、ちょっと冷たい聲だ。

「私です」

そう言うと、部屋の扉が開く。片腕で扉を支え、イウヴァルト伯が私を睨みつけていた。全鎧は外され、がっしりとしたが服の中からでもわかる。

「……また勝手なことをしたな?」

「ええ、勝手にしろと言われましたから」

私は笑みを浮かべながら言い返す。だって、本當のことだもの。

「兵士たちが甘える。お前は何もしなくてもいい」

「あら、束縛するつもりで?」

「そうじゃないが」

「そうでしょう?」

イウヴァルト伯は私から顔をそらした。そして部屋の扉を閉めようとする。

「……味が濃すぎる。次はもっと薄めろ」

そう言って、扉が閉じられた。私はし呆然としていたけれど、すぐに笑みを浮かべて、お辭儀をした後、部屋に戻っていった。

自由にしていい、そう言う事なのだろう。

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