《【電子書籍化へき中】辺境の魔城に嫁いだげられ令嬢が、冷徹と噂の暗黒騎士に溺されて幸せになるまで。》第十話 國王との出會い
重々しい空気だった。ヴァルが、第三王子だなんて知らなかったし、話してもくれなかった。ただ、どこに実家があるのだろうか、とかそういうことは考えたことがあるけれど。ヴァルは何も答えてくれない。
背後からは刺さるような視線がじられる。おそらく姉のものだろう。なんでこうも恨まれなければならないのか、なぜ、生きているのかと問われなくてはならなかったのか。
わからないことが多すぎる。私の頭の中は混していて、まとめる暇もなかった。ただヴァルについて行って、國王の寢室に向かうだけだった。レイは一緒にることができなかったので、相談することすらもできない。
「失禮いたします。イウヴァルト、ただいま戻りました」
ヴァルが寢室のほうに聲を掛ける。すると、扉が開かれた。寢室なのだから、そんなに広くはないのだけれど、それでも他の部屋に比べて簡素に見える。天蓋のある寢臺だけが目立って見える。そこには顔が悪い老人がしだけを起き上がらせ、こちらを見つめていた。
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これが國王……。あの肖像畫よりもずいぶん弱弱しく見えるけれど、何か病気なのだろうか。時折せき込む様子も見られるが、笑みを浮かべ、こちらに來るよう視線で促してきた。
「……私の父の、ジェームズ國王陛下だ」
ヴァルはそれだけ言って、ジェームズ國王のもとへと歩み寄る。そして寢臺からし距離を置いて膝をついた。私もあわててヴァルの後ろにつき、膝をつく。に手を當て、敬意を示した。
「お加減はいかがでしょうか、陛下」
「イウヴァルトよ。ここでは遠慮は無用、と言っただろうが。庶子とはいえ、お前は私の子供だ」
「しかし……」
「しかしもあるか。こうして弱っている姿を見せているのだ。せめて子供らしく接してくれ」
「……わかりました、父上。だいぶ、細くなりましたね」
イウヴァルトは小さくため息をついた後、そうつぶやいた。ジェームズ國王は満足したのか、咳込んだ後に笑みを浮かべ、頷いて見せる。優しい人なんだ。私はそんな風にじ取れた。
「それでよい。お前がガーランド城へ行って……もう五年も経つか。ずっと會えずにいて寂しかったぞ」
「過分なお言葉、痛みります」
「まったく、変わっておらんな。だが、幾分からかくなったようにも見える……。そこの娘のおかげかな?」
茫然と二人の様子を見ていた私は突然ジェームズ國王に視線を送られ、慌てて頭を下げた。ハッハッハ、と笑い聲が聞こえてくる。そして國王は言った。
「そんなに恐れずともよい。お前はイウヴァルトの嫁だな。良い娘を娶ったものだ」
「いえ、私のような世間知らずで禮知らずなものを、ヴァル、いえイウヴァルト様によくしてもらっているだけで……」
何を話しているのだろう、よくわからなくなってきたが、とにかく取り繕うとした。
「名を何という」
「あ……アリエスです、陛下」
「アリエス……。姓はなんだ? 平民を娶ったのか?」
「いえ、あの聖の妹ですよ、父上」
ジェームズ國王が不思議そうに尋ねてきたのを、ヴァルが代わりに答えた。私はただ怖れを多くて、ただ頭を下げ続けていた。
「そうか……あの娘の。ということは、お前もカラディア公爵の娘だな。二人娘がいるとは聞いてはいなかったが……。はは、先ほども治療をけていたが、よくならなくてな。慌てた表をしておった。聖の力というのも、病には負けるらしい」
と、あの姉が聞いたらどんなに憤慨するだろう言葉を平然と笑いながら言ってのける。
「私はその、を癒す魔法しか使えませんので……」
「を癒す……か。それならば、私に使ってみてくれぬか? し、苦しいのでな。話をする前にしでもが楽になればうれしい」
その言葉に驚いて、思わず顔を上げてしまった。私は使ってもいいのか、困り果ててしまった。が楽になるならそれでもいいのだけれど、私のようなものが王様にれてもいいのだろうか。
「いえ、でもしかし……」
「父上、あまり苦しいのであれば私たちは退出いたしますが」
「いや、私から頼んでいるのだ。よろしく頼む」
私はヴァルの方へと視線を送る。ヴァルはしこめかみを押さえた後、うなずいた。やれ、ということなのだろう。私はゆっくりと立ち上がり、恐る恐ると近づいてみる。張が嫌でもを震わせてくる。
相手が國王だから? ヴァルの父親だから? 私の魔法が役に立たないから?
全部だろう。全部なのだろうけど、すべては私の卑屈の部分だ。
自信を持とう。私はヴァルの嫁なのだから。そして私は私なのだから。
覚悟を決めて、私はジェームズ國王のに手を當てた。意識を集中させ、さらに深層にまでたどり著くぐらいに深くまで屆くように。私は魔法を使う、ということだけに意識を向けた。
いつもの緑のが強く輝く。ジェームズ國王のに浸していくようには吸収されていった。私は意識を元に戻す。疲れがどっと押し寄せてきて、肩で息をした。
「アリエス、大丈夫か?」
ヴァルが近づいてくる。私は「大丈夫」と一言告げて、ジェームズ國王の方を向いた。
「いかがでしょうか……?」
「うむ……楽になった。が軽い。なにか、の芯から力が沸き上がるようだ」
「よかった……」
私は汗をぬぐう。すると、私の頭にポンと手が乗せられた。
「謝する。イウヴァルトの嫁アリエスよ。何もやれるものはないが、お主の獻にはいつか報いよう」
「そんな……」
私は顔を赤らめて、恥ずかしそうにうつむいた。ヴァルも安心したように息を吐く。
「イウヴァルトは私の庶子でな。側妾が産んだ子なのだ。……あやつはイウヴァルトを産んですぐに亡くなったが、どうか不自由のないようにと頼まれ、我が子のように育てていた」
「……父上、私の話は……」
「どうせ話しておらんのだろう? ならば、お互いのことを知っておいた方がいい。……続けるぞ。だが、正妻であるラーナがえらくイウヴァルトを嫌ってな……。仕方なく、別の家の養子として送ることになったのだ」
「……そうだったんですか」
私はただそう答えた。これ以上の言葉が出てこなかった。
「五年前、ラーナが死んで、第二王子レオナルドも若くして病死した。エドガーにまで何かあれば、と思い、私はイウヴァルトを王家に戻そうと思ったのだが、それを制したのがエドガーだった。イウヴァルトは養子先で呪いをけ、危険な人だから國から遠ざけたほうがよい。その時には私は病を患って、発言力もなくなりつつあった。……ふふふ、イウヴァルトと顔を合わせたのはその出兵の時以來だ」
「父上、もういいでしょう。……私たちはもう出ます」
「む……思い出話は盡きぬが、仕方あるまい。また魔城に戻るのか?」
「そのつもりです」
「ならば気をつけてな」
そう言って、ジェームズ國王は私の頭から手を放して、ゆっくりと呼吸をした。顔もよくなった気がする。それだけヴァルと話せたのが嬉しかったのかな。
私とヴァルは部屋を出て、エドガー第一王子との挨拶もそこそこに城を出る事になった。
私はヴァルに追いつき、小さな聲で訊ねる。
「王家の人、だったんだね」
「……ああ」
ヴァルは小さくうなずいた。表は冷たい。私はさらに言う。
「なんで隠していたの?」
「聞かれなかったからな」
「聞くことなんてできないわ。それに……」
「妻だから、何でも知っておきたい、か?」
「……そんなんじゃ」
「お前の言いたいのはそういうことだろう? さあ、馬車に乗れ、帰るぞ」
そう話を切り上げられ、ヴァルは先頭の馬車に一人で乗り込む。私はその背中を見つめた。
私たちの関係ってそんなものだったの?
そう考えてしまって、すぐに私は顔を橫に振って気を取り直した。何でも知りたがるのはよくないよね。
「奧様、お早めに」
「わかってる!」
レイに促され、私も自分の馬車に乗り込んだ。そしてし日が暮れ始めた王都を抜け、城壁を通り過ぎ、私たちは城へと戻っていこうとする。進路が薄暗い森のほうへと向けられた。
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