呪師イダはヴァルの話を興味深そうに聞いた後、ただ首を橫に振った。

「殘念ながら、ワシにはその呪いを解くがないね」

私は愕然として、それでもなお食い下がろうとする。しかしイダが私を杖で制してきてくことすらできなかった。話を聞け、という風に見えるようにも思える。私は仕方なく引き下がり、ただ俯いた。

「がないというのは、方法がないということなのでしょうか。それとも……」

「ふむ……呪のことについてし話そうじゃないか」

イダは杖で地面をたたく。するとイダの近くに炎の玉が浮かび上がった。イダはもう一度杖を叩くと、その炎は消え去ってしまう。

「古い時代、聖が使える魔法と、ワシらが使える呪は同じものじゃった。『まじない』という言葉があるのを知っておるかね？」

「まじない？　なんかこう……子供がする幸せになるおまじないとか……？」

「子供が使う言葉だが、本質は外れていないのさ。何かをもたらすために、何かを代償とする。『まじない』はそういう風に使われていたのさ。誰かの傷を癒したければ、霊にお願いするとか、自分のに移す、とかね。それが系的になっていったのが魔法さ」

「なる、ほど？」

なんとなくわかるような、しかし何かつかみきれない。私が首をかしげて見せると、イダはヒェヒェヒェと意地の悪い笑い聲を出した。

「その小さい頭でよぉく理解しな」

「むっ……」

私は顔をしかめるが、イダは構わず言葉をつづけた。今度はヴァルの方を向く。

「さて続けるよ。魔法に対して、呪は『まじない』の本質をけ継いだのさ。何かを失って、何かを得る。何かをにして、何かを呼び出す。それは呪を使う本人にしか願う事ができないことさ」

「つまり……ヴァルの呪いは、ヴァル自がんだからかかった、ってこと？」

「そうさね。この男が強いをしたから、その結果として呪いに蝕まれることになった」

「でも……っ！」

「娘、話は最後まで聞きな。せっかちはを亡ぼすよ」

また咎められてしまった。私は恥ずかしそうにうつむく。ヴァルは靜かに戸いも見せずに聞いているのに、私だけが慌ててしまってなんだか恥ずかしかった。

「しかしここでおかしなことがある。何かわかるかい？」

「……ヴァルはわかる？」

「……結果として呪いに蝕まれるのはわかった。しかしそれは結果であって、何かを代償にしたわけではない……？」

「そちらの男は頭が回るようだね、その通りだよ。呪にも何かをとしなければ起こりえない。呪を使うには強い思いとが必要なのさ」

「……先ほどお使いになった呪は何をにしたのですか？」

「簡単さね。ここにいる霊にお願いしたのさ、『炎をつけておくれ』とね。その代わりに餌を與えたというわけだね」

「ええっと……」

私は頭が混しそうになった。しかし、混の中、気になることが浮かび上がってきた。結果としてが蝕まれたとしたら、代償はなんだのだろう？　それを昔のヴァルが知る由もなかったはず。なのに、なぜ自分が自分に呪いをかけたと思ったのだろう。

「ヴァル、呪いはどうしてついたの？」

「確か、本を読んで、だ」

「それだけ？」

「何が言いたい？」

「いや……頑丈ながしい、力がしい、っていう強い思いがあるのはわかるよ？　でも、本を読んだときにそう思うのかなって」

「……確かにその通り……だ」

ヴァルは何かを思い出したかのように目を見開く。まさか、とつぶやき、顔を橫に振る。それを察したイダはにやりと笑いながら口を開く。

「大方、その本が呪いの元だろうねぇ。最初から仕組まれていたのさ。本を読んだとき、もしくは特定のページをめくった時、呪いがお前さんに移るように、ね」

「馬鹿な！　そんな、エドガー兄さんがそんなことを……」

そうだ、エドガーに本を読ませてもらった、とヴァルはいつか言っていた。推測にすぎないけれど、エドガーは呪のことを知っていたのでは？　そうなると、すべての辻褄が合う。

「さて、そこからはお前さんの家族の話だ、ワシには関係ないね。しかし、この通りであるならば、呪いを解けるのはただ一人」

「エドガーのみ……」

「そう、呪をかけた當人が解くか、死ぬか……ああ、もう一つあるね。『まじない』をするのさ。『この呪いを解いてください』とね」

「でも『まじない』は」

「誰にも使うことができない、失われた力さ」

私はへたりと、の力を失くしてしまう。ヴァルもまた無表だけれど、その奧にあるのは失だ。様々な事実が一瞬で暴かれ、そして戸っているのだろう。私だって、同じ立場だったらそう思うはず。

「……エドガーを問い詰めるしかない。そうだよ、呪いが解けないわけじゃない、呪った本人がいるのだから、それを……」

「あの兄が認めると思うか？　証拠もない、俺たちの推測だ。味方は増えたとはいえ、兄の力はまだまだ大きい。……それに俺自がんだことでもあったんだ。それを……ぐっ……！」

突如、ヴァルのが震えだした。何かを抑え込むようにその場にしゃがみこむ。

「ヴァル！」

「小娘、離れていな！」

私がとっさに近づこうとしたのをイダが止める。ヴァルのから黒い靄が噴き出し、槍を形し始めた。私たちを刺そうとしている。

「なるほど、こいつは相當上等なものみたいだね。しかし……」

イダが杖を差し向ける。すると黒い靄がきを止め、しずつだけれど霧散していこうとしている。だけれど、抵抗するように靄が増えようとしていた。

「言う事を聞きな！」

イダがその一言を言った瞬間、黒い靄がヴァルのに戻っていった。私はすぐさま回復魔法を使って彼を癒す。

「……すまない」

「大丈夫だよ。それよりも、ヴァルのの方が……」

「ああ……気を緩めてしまったらしい。申し訳ない、イダ殿……助かった」

「いいよ。久々に上等の呪いという者をみた。こいつは相當の恨みを抱えている。そんな臭いがしたよ」

まったくと言っていいほどじていない。イダはヒェヒェヒェと笑い聲をあげた。

「それに……なるほど？　これはしわしのほうでも調べてみる必要があるねぇ」

「……？」

「こちらの話さね。さて、そろそろ帰ってもらおうか。わしの修行の邪魔なんでね」

そう言ってイダはを消し、窟の奧へと向かおうとする。私たちも納得しきれないままだったけれど、仕方なく引き返そうとした。

その背中に、イダの聲が聞こえてきた。

「さっきの呪いの臭いだけれどねぇ、似たような臭いが最近臭くて仕方がないのさ。そう、王宮の方から臭いが漂ってくるんだよ」

「……それは俺の呪いではなく？」

「同じものではないねぇ」

「……っ！」

ヴァルは突然走り出した。私はすぐに追いかける。あの老人の笑い聲が聞こえるようで、なんだか嫌だったけれど、それよりもヴァルの様子がおかしいのが気になる。何をじとったのだろうか。すぐさま男爵のもとへと戻り、彼はんだ。

「リール男爵！　俺たちが戻るまでに王宮へ出立する準備をしろ！　アリエス、急げ！」

「い、急げって言われても……」

「では私が擔いでいきましょう！　失禮！」

「わわわわ！」

リール男爵は私を擔いで、山道を駆け下りていった。ちょちょ、怖い怖い！　なんかすごい速度で駆け下りている！　ヴァルも後ろを走っているけれど、追いつけない。どんだけ早いんだ。

あっという間にリール男爵の屋敷に戻ると、私はベンチに座らされて、慌ただしく男爵は中にって準備を始めた。ヴァルもしばらくして息を切らしながら追いついてきた。

「ヴァル、大丈夫？」

「ああ、俺よりも無事じゃない人がいるからな。すぐに戻らなければならないだろう」

「それって……」

私にもなんとなく察することができた。この人をこんなにもかせる人は、一人しかいない。

「父上のおが危ない！　すぐさま王宮に乗り込むぞ！」