《【電子書籍化へき中】辺境の魔城に嫁いだげられ令嬢が、冷徹と噂の暗黒騎士に溺されて幸せになるまで。》第三十話 戦いの後
私は不思議な覚に陥っていた。浮いているような、沈むような。私が私ではないようなそんな覚だった。私はどうなったのだろう? 消えてしまったのかな。それすらもわからない。でも……この辺りに広がっていた悪意は消えた。それだけはわかる。
終わったんだ。すべて、終わった。それだけでいい。みんなが、救われたんだ。
ならば、私も消えていいのかもしれない。役目は終わった。だからこそ……。
『お……聞こえ……』
が見える。まぶしいが、先に見える。私は思わず目がくらみそうで、腕をかしてを遮る。でも、それでもまぶしさは変わらなかった。
『ア……様……』
聞き覚えのある聲だ。誰の聲だっけ。その記憶すらも薄れていく気がする。もう、私は消えていくのね。
『あきら……な……! もう……獨りには……』
聲が近づいてくる気がする。私は、私は、誰だっけ……? 私は……。
『アリエスッ!』
そうだ、私はアリエス。
アリエスだ!
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「ヴァル、皆!」
もう一度會いたい。何度だって會いたい。私は、行きたい。みんなのところに。私は、生きたい。もう一度みんなと!
まだお別れなんて、したくない! まだ私は消えたくないの!
ヴァルと、また會いたい!
から、數々の手がびてくる。私はその中の一つを握り、の中へと向かった。
「ヴァル!」
私の聲に呼応して、握ったその手は引っ張り出す。他の腕も私のを支え、に引き込んでいった。私は、必死につかみ、私を流そうとするものからあらがっていた。
が包み込んだ。私は何も見えなくなって目をつぶった。
気が付けば、朝日が地平線から登ってきている。ヴァルが私を抱きかかえ、それを囲むようにみんながいた。ヴァルの近くには大きなタワーシールドが捨てられていた。が開いている。あれで私を守ってくれたのだろうか。
「気が付いたか?」
ヴァルが微笑んで私のを床にゆっくり下す。私は辺りを見渡すが、急に頭が痛くなって、思わず押さえる。けれど、頭痛はすぐにやみ、私のは元に戻った。
「本當によかった……アリエス様、本當にご無事で」
レイとリリンが涙を流している。私は笑顔を見せ、安心させようとするが、それでも涙が止まらないみたいで、ずっと泣いていた。
「まったく、もうしで引っ張られるところじゃったぞ」
イダがそう言って、杖で私の頭をこつく。私は苦笑しながら言った。
「イダも心配してくれたの?」
「そりゃそうさ。あんたがいなくなったら、誰が聖を継ぐんだい。……まったく、無事でよかったよ、本當に」
「ありがとう、イダおばあちゃん」
私はゆっくりと起き上がり、イダに抱き著く。イダは驚いた様子で顔を赤く染めていたが、ゆっくりと微笑み、私を包み返してくれた。
「お前におばあちゃんなんて言われる筋合いはないよ」
「……ふふ、そうかな」
私はイダを放すと、ヴァルの方を向く。ヴァルはただ微笑んでいるだけだった。
「こやつ、お前に悪魔が腕をばそうとしたのをそこの盾で抑え込みおった。もうし力が強ければ貫かれていたぞ」
「……面目ない」
「あれはやっぱり、ヴァルが持ってきたものだったのね。守ってくれてありがとう、私の暗黒騎士様」
「……どういたしまして、お姫様」
ヴァルはそう言って、大きくため息をついた。見渡す限りに広がっていた赤く禍々しい空は晴れ渡り、朝日は私たちを照らしていた。まるでそれは、これからが始まりとも思えるような神々しいものだった。
「綺麗……朝日をこんな風に見たのは初めて」
「……ああ、そうだな。悪魔も靄となって消滅し、王都に平和が戻った。が、始まりはこれからだ」
ヴァルがそう言って眼下に広がる街並みを見つめる。私も起き上がり、見渡してみる。町は破壊しつくされていた。家もなにもかも、壊されている。
元の生活に戻るには時間がかかるだろう。けれど、すべてが終わった。
終わったからにはまた新たに始まる。語ってそういうものだ。だから。
「また、ここから始めましょう。私たちの手で」
私はそう言って拳を掲げた。みんなも拳を掲げる。下にも伝わってきたのか、歓聲があがった。
みんなが解散し、私とヴァルは二人だけで展臺に立っている。しい朝日を眺めながら、私はヴァルのに寄り添った。
「本當は駄目なんじゃないかと思った」
「何が?」
「いなくなっちゃうと思った。ヴァルや皆が手をばしてくれなければ、私は今頃……昔の聖と同じように消え去っていたのだと思う」
「それだけ、お前のことが大事だと言う事さ」
「うん。嬉しいよ」
今はただ、この朝日をヴァルと一緒に眺めていたい。生きていることを実したい。
結界が張られて、この國は救われた。家々の立て直し、避難民の補償。いろんなことが待っていたけれど、本當に良かったと思う。
もちろん、すべてがすべて救われたわけではない。失われたものもたくさんある。私たちはそれを忘れてはいけない。だからこそ、私は今日この日を記す。遠い遠い過去になったとしても、私たちがいなくなっても、大丈夫なように。
そして再び日々が過ぎ、三年が経った――。
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