《【書籍化】婚約者が明日、結婚するそうです。》3

エイダ―の父親はにこやかな顔のまま、広場に集まった村人たちを見渡してこう言った。

「この結婚は、國王陛下に正式に認められている。異議を唱えたりしたら、不敬罪になるかもしれない。くれぐれも、余計なことは言わないようにしてくれ」

こんな田舎の村で話したことが、國王陛下の耳にるとは思えない。

誰かが、國王陛下とも會えるような人に告げ口をしない限り。

(余計なことは喋るなって言う、脅しね)

ラネは気付かれないように溜息をついた。

もしエイダ―に婚約者がいたなんて知ったら、聖は気を悪くするかもしれない。ひょっとしたら、結婚自がなくなってしまう可能もある。

それを懸念して、エイダ―の父は村人たちを脅した。

余計なことは言うな。

もし喋ったら、罰せられるぞ。

そんなことを言われて、逆らう者はいない。

エイダ―は剣聖で、結婚相手は聖。しかも國王陛下が認めているのだ。

「おめでとうございます。さすが、エイダ―様」

「村の誇りだな」

皆、口々に祝いの言葉を述べている。

そしていつの間にか、ラネと両親の周りには誰もいなくなっていた。

ふと視線をじて顔を上げると、いつも優しく接してくれたエイダ―の母が、冷たい目でラネを見つめている。

「ラネちゃんは將來娘になるんだから、おばさんじゃなくて母さんと呼んでもいいのよ」

五年前はそう言ってくれたのに、もうそんなことなど覚えていないのだろう。

エイダ―が自分以外のと結婚することよりも、エイダ―の両親、そして村の人たちの豹変が悲しかった。

そのまま何も言わずに広場から立ち去る。

父も泣き出しそうな母の肩を抱いて、ラネの後に続いた。

自分の家までの道を歩きながら、五年も會っていない婚約者の顔を思い浮かべる。

漆黒の髪に、すらりとした長。黒い瞳。

昔、泣き蟲だったことが信じられないくらい、逞しく長した馴染。

ラネは、記憶の中の彼に問いかける。

(エイダ―、どうして? あなたの立場が変わったことくらい、わたしだって理解している。せめて直接、婚約を解消しようと言ってくれたら、ちゃんと応じたのに)

好きだった。

彼との將來を、ずっと夢見ていた。

けれどエイダ―が魔王討伐パーティのメンバーに選ばれたときから、住む世界が変わってしまったことをじていた。もしかしたら魔王を討伐しても、彼は村には戻らず、王都で暮らすのかもしれない。

もし彼が別れを切り出してきたら、未練がましく縋ったりせずに、笑顔でれよう。そう考えていたのに。

エイダ―は異世界から召喚されたという、浄化の力を持つ聖を選んだだけではなく、両親を通してラネに余計なことは言うなと脅しをかけてきた。

疎ましく思われているのは明白だ。

エイダ―にとって、ラネはもう婚約者ではなく、自分と聖の結婚の邪魔になる障害でしかないのだろう。

泣き崩れる母とは反対に、もう涙も出ない。

家に戻ってからは、じっとしていたら余計なことを考えてしまいそうで、忙しく立ち働いていた。

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