朝になってからは、昨日とは比べにならないくらい忙しかった。

結婚式は晝頃から。そして、祝賀會は夜に開かれるらしい。

ラネがアレクのパートナーとして必要となるのは夜の祝賀會だから、晝に執り行われる結婚式には參列しないことにした。

もともと、行くつもりなどなかった結婚式だ。

それに、結婚式には馴染たちも參列する。

彼らに見つかってしまえば、いきなり荷を引き払っていなくなった理由を問い詰められるだろう。それに、アレクと一緒にいるところを見られてしまうのも、々と都合が悪い。

だからエイダ―には、その後の祝賀會で會うつもりだ。

さすがにアレクは不參加というわけにはいかないらしく、ラネに挨拶をすると、すぐに屋敷を出ていた。勇者用に仕立てられた華やかな禮服は彼によく似合っていて、思わず見惚れてしまったくらいだ。

ラネの出番は夜なので、しはゆっくりとできると思っていたが、どうやらそうではないらしい。

起きてから軽く朝食を食べたかと思うと、またお風呂にれられ、念りに髪も洗われた。手れの仕方もよくわからないラネのためにサリーが手伝ってくれたが、さすがにし恥ずかしかった。

(貴族のご令嬢にとっては普通のことで、恥ずかしいと思うことはないのかもしれないけど)

彼たちは、著替えさえもひとりではしないらしい。

だが平民であるラネにとっては、相手が母親ほどのサリーでなければ、何とかして辭退していたかもしれない。

その後は手直しをしてもらったドレスを試著して、細かい箇所を修正していく。

一晩でドレスは驚くほど著やすくなっていた。

「すごい……」

貴族の令嬢たちのドレスを手掛けるお針子たちの腕に、普段は刺繍の仕事をしているラネも素直に嘆した。

最後の調整のためにドレスをいで、サリーにお茶を淹れてもらってようやくひと息つく。

ドレスが仕上がるまでの間、サリーはアレクについて々と話してくれた。

彼もまたエイダ―と同じように、勇者に選ばれるまでは冒険者として魔退治をしていたようだ。しかも世界に數人しかいないＳランクだというから、彼の強さがわかる。

この屋敷もエイダ―たちのように國が用意してくれたものではなく、アレクが冒険者時代に購したものらしい。

「この區域に家を購されたのは、一緒に暮らしていたリィネ様のためです。王都はあまり、治安の良い場所ではありませんから」

「そうだったんですね」

ラネは頷く。

たしかに、あんなに人の多い大通りからし離れただけで、危険が多かった。

依頼で家を空けがちなアレクにとって、妹を安心して置いていける場所が、この高級住宅街だったというわけだ。

アレクの両親はふたりがまだい頃にすでに亡くなっていて、妹を育てるために冒険者になったようだ。彼の実力が評価されるにつれ、王都からの依頼が多くなってこちらに移り住んだようだが、リィネは海の見えない王都は嫌だと、何度も故郷の町に帰っていたらしい。そして昨日もまた、大聖堂で聖と口論になったようで、故郷の町に帰ってしまったということだ。

「ひとりで、大丈夫なのですか？」

聖と口論したことよりも、ひとりで移して大丈夫なのか気になって尋ねる。すると彼には護衛として、の魔導師が常に傍にいるらしい。

話し終えたサリーは、今度はラネの番だとも言いたげに、アレクとどうやって出會ったのか聞きたがった。

「実は……」

すっかり彼と打ち解けたラネは、アレクが信用している人ならば問題ないだろうと、王都に來た経緯、そしてアレクとの出會いをすべて打ち明けた。

「そうだったの……」

エイダ―との関係を聞き、眉を顰めたサリーは、こう言ってくれた。

「そんな不実な人と結婚しなくて正解ですよ。今日はその男が後悔するくらい、綺麗になって會いに行きましょうね」

「ありがとうございます」

ラネは微笑んだ。

不思議と、昨日までの不安が消えていた。

きっとあの綺麗なドレスのお蔭だ。しく著飾ることは、にとっては武裝と同じなのかもしれない。

完璧に仕上がったドレスを著て、髪を整えてもらう。が白くて綺麗だからと、軽く薄化粧をしてもらって、完である。

ラネはサリーに手を取られて、鏡の前に立った。

目にも鮮やかな、コバルトブルーのしいドレス。

ラネが豪奢な金髪で派手な顔立ちだったら、し目立ちすぎていたかもしれない。

けれど落ち著いた麥わらの髪と薄化粧が、上品にしく見せている。

「とてもお綺麗ですよ」

サリーの言葉はお世辭などではなく、心からそう言ってくれていた。

「々と、ありがとうございました」

禮を言って頭を下げると、本番はこれからですよと優しく宥められた。

彼の言うように、これからエイダ―に會いに行くのだ。

祝賀會は夜からだが、夕方頃には王城に行かなくてはならないらしい。

支度を整えてアレクの迎えを待っていると、が傾きかけた頃に、アレクが帰ってきた。彼はドレスの姿のラネを見ると驚いたように目を瞠り、その場で立ち止まってしまった。

し顔が赤いように見えるのは、夕のせいだろうか。

「アレク様」

サリーがし呆れたように、彼の名前を呼ぶ。

「見惚れる前に、言うことがありますでしょう？」

そう言われて、彼は我に返ったようにラネを見つめ、そしてらかく微笑む。

「似合っている。とても綺麗だ」

そう言われてラネも、まるでのように頬を染めた。

「ありがとう、ございます」