アレクの視線がいつまでもラネに向けられているものだから、恥ずかしくなって俯いた。

「をいつまでも不躾に眺めてはなりませんよ」

サリーに注意されて、彼はようやくラネから視線を外した。

「すまない」

「い、いえ」

ぎこちなく言葉をわすふたりを、サリーはにこやかに見つめている。

「でも、安心しました。私がここで働き始めてから隨分経ちますが、の影など欠片もありませんでしたからね。てっきり、興味を持てないのかと」

「興味がないわけではないが」

ばさりと言ったサリーに困ったように笑いながら、アレクは視線を窓の外に向ける。

「俺には使命があったから、大切な人など作れなかった。生きて戻る予定ではなかったから」

その言葉に、ラネは思わず息を呑んだ。

この世界では、魔王の封印のために百年に一度、勇者が生まれていた。

そして魔王を封印するために、勇者は命を賭す必要がある。

それが何百年も繰り返され、今まで何人もの勇者が命を落としている。つまり彼らは世界を救う英雄ではなく、平和のための尊い犠牲であった。

アレクは魔王を倒した初めての勇者だ。もし倒せていなかったら、彼もまた他の勇者と同じ運命を辿ったに違いない。

魔王が討伐されたと聞いたとき、これでエイダ―が帰ってくるとしか思わなかった自分を、ラネは恥じた。

アレクは命を賭けて、この世界を救ってくれたというのに。

「無事で、よかったです」

自分のことしか考えていなかった謝罪。そしてありったけの謝を、そのひとことに込めて答えると、アレクは驚いた様子だったが、それでもありがとうと微笑んでくれた。

魔王は倒され、なくとも千年の平和が約束されている。使命を果たしたアレクは、これからは自由に生きることができるのだ。

サリーに見送られ、ラネはアレクとともに馬車で王城に向かう。貴族の邸宅が並ぶ區域に差し掛かると、同じく王城に向かう馬車で道が混み合うようになった。

けれど他の馬車は、こちらに道を譲ってくれる。

彼らもまた、世界を救ってくれたアレクに敬意を示しているのだ。

こうしてラネを乗せた馬車は、誰よりも先に王城に辿り著いた。

城を守る騎士も、すれ違う侍たちも、皆、アレクとともに歩くラネにまで、丁重に頭を下げてくれる。見覚えのある王立魔導師団の団員とも遭遇したが、彼らもまた、村に來たときとはまったく違う態度だ。

これは単に彼らが村の人たちを田舎者だと侮ったのではなく、エイダ―とアレクの差なのだろう。

控室に案され、アレクはラネのために椅子を引いてくれた。そこにゆっくりと腰を下ろすと、王城の侍が紅茶を淹れてくれる。

(ええと……)

こんなときの作法など、何も知らない。戸っていると、アレクが侍に聲を掛け、退出させてくれたようだ。

「すみません。わたし、何も知らなくて」

恥ずかしくなって俯いたが、アレクは気にすることないと言ってくれた。

「今まで覚える必要のなかったことだから、仕方がない。俺もリィネも、最初は苦労したよ」

そのときの失敗談などを語ってくれて、ラネの張を解してくれる。

「こんなに良い香りの紅茶、初めてだわ」

「気にった？」

「はい、とても」

テーブルの上にはチョコレートも置いてあって、祝賀會が開催されるまでの時間を、ゆったりと過ごすことができた。

もうそろそろ始まるだろう。

そう思っていたとき、ふいに部屋の扉が叩かれた。

「すまない、アレク。し聞きたいことが……」

返答も待たずに扉は開かれ、ふたりの青年が中にってきた。

「……きゃっ」

ラネは驚いて、思わず聲を上げてしまった。

「えっ」

彼らもまた、ラネがいたことに驚いたようだ。ふたりとも足を止め、狼狽えたように部屋の中を見渡す。

どちらも見目麗しい、華やかな容姿をしていた。

先にってきた青年は、眩いほどの金髪に、緑の瞳。もうひとりは、輝く銀髪に紫の瞳をしていた。どことなく似ているので、縁かもしれない。

「アレク？」

「俺はここだ。パートナーを連れて行くと話したはずだが？」

ラネのために紅茶のおかわりを淹れてくれていたアレクが、茶を片手に呆れるような聲で言う。

アレクは酒よりもお茶を好むようで、淹れるのも好きらしい。それで下がらせた侍の代わりに、紅茶を淹れてくれていたのだ。

村の男たちは大抵が大酒飲みで、酔ってに絡んでくる者もいる。だから酒にはあまり良い印象がなかったから、それを聞いて何となく嬉しかった。

「……たしかに言っていたが、てっきりを近づけないための噓だと……」

金の髪の青年は、まだ呆然としたままそう呟き、それから我に返ったようにラネに謝罪した。

「がいると知っていれば、こんな暴な訪問はしなかった。失禮を許してほしい」

丁寧にそう言われて、慌ててラネは首を振る。

「い、いえ。そのような。わたしも聲を上げたりして、申し訳ございませんでした」

「謝罪をけ取っていただけると？」

「はい、もちろんです」

そう答えると、彼らはようやく安堵したように表を緩めた。

「名前をお伺いしてもよろしいでしょうか？」

銀髪の青年に尋ねられ、ラネは名前を告げた。

「ラネと申します。平民ですので、姓はありません」

そう告げたが、彼らは驚いた様子は見せなかった。貴族のではないと、最初から気付いていたのかもしれない。

「ラネか」

金髪の青年はラネの名を呟くと、華やかな笑みを浮かべた。

「こんなに清楚でしい人は久しぶりだ。最近は派手ならば良いと思っているが多くてね。辟易している」

アレクのパートナーなのか殘念だと囁かれ、困しているところで、アレクに庇われた。

「ラネに手を出すのはやめていただきたい。王太子殿下」