《【書籍化】婚約者が明日、結婚するそうです。》18

「アレク、ラネ嬢。先程は失禮をした」

にこやかな笑みを浮かべてそう言うクラレンスと、無言で頭を下げるノア。

この國の王太子とその側近候補である公爵令息が合流したことで、ラネの周囲にはますます人が集まっていた。

アレクのパートナーだからか、令嬢たちも平民にすぎないラネに好意的に接してくれる。

「そのドレス、とても綺麗ですね」

裝いを褒められて、ありがとうございます、と控えめに答える。

「ドレスやアクセサリーだけを見ればシンプルすぎるほどなのに、あなたが著ると清楚でしいわ」

「ラネ嬢、ぜひそのスタイルを流行らせてほしい。我が國のたちはとてもしいが、々眩すぎる」

クラレンスの言葉に、令嬢たちはそれぞれ、自分のドレスとラネを見比べている。

どうやら王太子は、シンプルな裝いの方が好ましいと思っているようだ。

これで次以降の夜會では、清楚なドレスが流行るかもしれない。

だが、ラネがそれを見ることはないだろう。

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こんなに綺麗なドレスを著るのも今回限りだ。

「あら、あの方々は?」

そのの中にいたひとりの貴族令嬢が、會場の隅を見てそう尋ねる。

ラネも視線を向けると、そこにいたのは一緒に王都に來た馴染たちだった。

(どうして祝賀會に?)

結婚式には大勢の人たちが招かれていた。聖アキが滯在していた大聖堂の関係者や、エイダ―の冒険者仲間。そして、故郷の村人たちだ。

彼らは結婚式に參列するだけで、王城には招かれていないはずだ。

それなのに、どうしてここにいるのか。

不思議に思うラネの耳に、別の令嬢の聲が屆く。

「それが、聖様が招いたそうですよ。ぜひ參加してほしいと」

(聖様が?)

エイダ―の妻となった聖は、彼の故郷の人たちを大切にしてくれたのかもしれない。だが王城のホールで開催される祝賀會には、結婚式とは違い、貴族階級の者しかいないのだ。

正裝もしておらず、王都に暮らす平民よりも質素な服裝をしている彼らは、とても居心地が悪そうだ。會場の隅に集まり、どうしたらいいかわからないような顔で俯いている。

アレクと出會わなければ、ラネもあの中にいたのかもしれない。

「そうでしたの。聖様が。ですが、むしろお気の毒のような。せめて、裝いくらいは整えて差し上げたほうが……」

最初に尋ねた令嬢が同してそう言うと、また別の令嬢がし聲を潛めて言った。

「それが、聖様はわざとそう指示されたご様子よ。結婚式のあと、彼の故郷の人たちが馴れ馴れしい。もう住む世界が違うのだから、きちんと立場をわきまえてしいと」

「まぁ……」

「聖様がおっしゃるには、貧しい村だからお金を要求されても困る。それに、エイダ―様に一方的に好意を持って、勝手に婚約者を名乗るもいるそうですわ」

「そんなことが……」

令嬢たちは眉をひそめていたが、ラネはその言葉を聞いてを噛みしめる。

(聖様が、そんなことを?)

よく見れば、質素な恰好をしているのは馴染たちだけで、エイダ―の両親はふたりともきちんと正裝している。

キキト村はたしかに山奧にある鄙びた村だが、名産である刺繍の絨毯が高値で売れるので、それほど貧しくはない。いくらエイダ―が出世したからとはいえ、お金を要求される者などいるはずがない。

それに勝手に婚約者を名乗るとは、もしかして自分のことだろうか。

(エイダ―。わたしのことを、聖様にそんなふうに話していたの? あなたにとって、そんなに厄介な存在だったの?)

は村の人たちや、ラネのことを何も知らない。だからエイダ―がそう説明したのだろう。

かつての婚約者の悪意に、が痛んで泣き出しそうになる。

そのとき。

ふと、エスコートのために回されていたアレクの腕に、力がっていることに気が付いて顔を上げた。

「アレクさん?」

彼は厳しい顔をして、エイダ―と聖のいる方向を見ていた。

アレクは聖の仕打ちに、そんなことを話したエイダ―に憤っている。さらに令嬢たちが話していたエイダ―の自稱婚約者が、ラネのことだと気が付いたのだろう。

「あの、待ってください」

今にもエイダ―に詰め寄りそうなアレクの腕に手を添えて、ラネは必死に彼を止めた。

「わたしの話を信じてくださるのですね」

そう続けたラネに、アレクは表を緩める。

「ラネ?」

「パーティの仲間である聖様とエイダ―よりも、會ったばかりのわたしの話を信じてくださってありがとうございます」

ラネがエイダ―に付きまとっているだけで、被害者はエイダ―の方であると、そう思われても仕方がない狀況だった。

ラネはただの村娘で、エイダ―は魔王討伐の偉業をともに達した仲間である。

けれどアレクはラネの言葉を信じてくれた。

そしてエイダ―の仕打ちに怒りをじ、何も言えない村人たちやラネの代わりにエイダ―に詰め寄ろうとしてくれたのだ。

「君の言葉に噓はない。それくらいわかる」

らかい響きの心地良い聲に、思わず涙が出そうになる。

「ありがとう、ございます」

どうしてこの人は、こんなにも強く手優しいのだろう。

涙を堪えて俯いたとき、ふたりの背後から拗ねたような聲がした。

「ねえ。本日の主役を無視して、こんなところで集まっているなんてひどいわ」

い、甘えるような聲。

顔を上げると、そこには豪奢な純白のウェディングドレスを纏った聖アキと、彼をエスコートしているエイダ―の姿があった。

(……エイダ―)

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