彼に會うのは、隨分と久しぶりだった。

婚約を一方的に解消されてから、昔のことばかり思い出しているせいだろうか。

目の前に立つ、背の高い青年がエイダ―であることがまだ信じられない。

しかも、五年前よりもさらに逞しくなったようだ。い頃、泣きながらラネの後をついてきた面影は、もうどこにもない。

離れていた年月をじる。

けれど漆黒の髪に黒い瞳は、たしかにエイダ―のものだ。

そんな彼の隣にいるのが、聖アキだろう。エイダ―と同じ黒髪に、焦げ茶の瞳をしている。

聖もまた、勇者と同じように百年に一度くらいの周期で誕生していた。けれど勇者と違い、魔王が復活しても聖が生まれないことが何度かあったようだ。

そんなときは、數百年前の大魔導師が殘した召喚魔法で、異世界から聖を召喚する。

聖アキは數年前、召喚魔法で異世界から召喚された聖であった。

人している年齢だと聞いたことがあったが、小柄でい顔立ちは、もっと年下に見える。エイダ―の逞しい腕に両腕を絡ませて、拗ねたような視線をこちらに向けていた。

さらに彼の著ているドレスは、変わった形をしていた。

肩は大きく開き、スカートはかなり短めである。足が見えてしまうことに、恥はじていないようだ。彼はこの世界の人間ではないので、きっと異世界では當たり前のことなのかもしれない。

「アキ。今日はたしかに君たちの結婚式だが、魔王討伐の祝賀會でもある。主役は君たちだけではないよ」

クラレンスが穏やかな聲で、諭すようにそう言う。

だが聖は、その言葉でますます拗ねてしまったようだ。

「だったらアレクシスも私と一緒にいればいいよ。そうすればみんな、私の元に集まるでしょう？」

無邪気な聲で、聖は彼をアレクシスと呼ぶ。

「我儘な妹がいなくなって、ひとりで寂しいでしょう？　私が一緒にいてあげる」

そう言ってアレクに手をばしたアキは、ラネの存在に気が付いて顔を顰めた。

「あなた、誰？」

低く、威嚇するような聲に戸ってアレクを見つめた。彼は、そっと背中に手を添えてくれる。

「大丈夫だ」

背中にじる溫もりと耳元で囁かれた言葉に勇気づけられて、ラネはまっすぐにエイダ―を見上げた。

「エイダ―、ひさしぶりね」

そう聲をかけると、隣にいる新妻ばかり見ていたエイダ―が、訝しそうにラネを見る。

それでもしく著飾ったラネがわからなかったようで、首を傾げている。

「君は？」

「何よ、エイダ―。知り合いなの？」

不機嫌そうな聖の聲に、彼は慌てて首を振る。

「いや、こんなは知らない。君、どこかで會ったかな？」

本當に自分がわからないのだと、ラネはほんのしだけ、泣きたくなる。

エイダ―にとっては自分の顔など、もう覚えてもいないのだ。

「五年ぶりだから、覚えていないのも仕方がないわね」

震える聲でそう言うと、アレクが庇うように肩を抱いてくれた。

「ラネ、大丈夫か？」

気遣ってくれたアレクの聲に、エイダ―の顔が一気に険しくなる。

「まさか、お前はラネか。こんなところまで乗り込んできて、どういうつもりだ？」

激高したエイダ―の聲に、周囲の視線がラネに集まる。

急に怒鳴られると思ってみなかったラネは、びくりとを震わせた。

「エイダ―、誰なの？」

聖が怯えたようにエイダ―にしがみつくと、彼はしい新妻を守るように腕の中に抱きしめる。

「以前、話しただろう？　俺の婚約者を名乗る、勘違いのことを」

「え、その人がここまで乗り込んできたの？　怖い……」

聖は本當に怯えた様子で、エイダ―に縋る。

「そんな人が、どうしてアレクシスと？」

「大方、噓をついて上手く騙したんだろう。結婚の約束をしていたのに、捨てられたとか。そういうだよ」

「……」

エイダ―の言葉に、今までにこやかに話しかけてくれた令嬢たちが、ひそひそと小聲で話しながらラネを見る。

「今の話は本當か？」

「いや、たしかに彼はエイダ―と同じ、キキト村出だと報告が……」

クラレンスとノアまで、そんなことを囁き合いながらラネを見つめた。

その視線は先ほどとは比べにならないほど冷たい。

「……っ」

周囲には、エイダ―の話を信じる者ばかり。

彼らにとってラネは、一方的にエイダ―に心を抱き、勝手に婚約者を名乗った上に、アレクを騙して結婚式の祝賀會にまで乗り込んできた悪なのだろう。

疑と悪意の視線に曬されて、足が竦む。

「ラネ」

震えるラネを救ってくれたのは、アレクだった。

「大丈夫だ。俺は君を信じている」

「アレクさん……」

堪えきれなかった涙が滲む。アレクはめるように、優しく背をでてくれた。

「アレクシス、そのに騙されるな」

「そうよ。何を企んでいるのかわからないわ」

エイダ―と聖がそう言ったが、アレクは鋭い視線をふたりに、そして周囲の人間に向けた。

「俺には、噓は通用しない。それを忘れたか？」

この言葉に、クラレンスとノアの顔が蒼白になる。それは周囲の貴族たちも、エイダ―も同様だった。ラネは知らなかったが、勇者であるアレクには真実を見抜く力があるのだろう。

「ラネ、もう帰ろう。こんなところに、いつまでも居る必要はない」

失を隠そうともせずにそう言うアレクに、ラネもこくりと頷いた。

エイダ―に言いたいことがあってここまで連れてきてもらったが、もう彼のことなどどうでもよかった。

「待ってくれ、アレク」

呼び止める聲がしたが、アレクは振り向きもしなかった。そんな彼に連れられて、ラネは會場を出た。