《【書籍化】婚約者が明日、結婚するそうです。》22
それから、以前とはまったく違う日常が始まった。
リィネは、二階にある自分の部屋の隣にラネの部屋を用意してくれた。広く綺麗な部屋に最初は遠慮したが、この屋敷はすべて同じような部屋だからと言われて、それをけれるしかなかった。
次の日にはアレクを連れて、三人で買いに出た。
日用品の細々としたものは、多は村から持ってきていたが、足りないものは多い。
仕事を見つけたら、しずつ買い足していく予定であった。
けれどリィネは嬉しそうに、お揃いにしようと言って々なものをアレクに強請る。
妹のリィネならばともかく、自分の分まで買ってもらうわけにはいかないと、ラネは必死に辭退した。
「すまないが、妹の我儘を聞いてやってくれないだろうか」
けれどリィネが商品を選んでいる間に、アレクはそっとラネに囁いた。
「我儘だなんて。でも……」
「リィネは子どもの頃、拐されかけたことがある。だから心配で、治安の良い場所に住まわせた。だが、護衛の魔導師とサリーがいてくれるとはいえ、ひとりの時間が多くて、寂しい思いをさせてしまった」
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あれほどの貌なのだから、の頃はそれこそ人形のように可らしかったことだろう。アレクが心配するのもわかる。
そして、年の近いラネの存在に、はしゃいでしまうリィネの気持ちも。
「わかりました。いずれ、仕事をするようになったらお返ししたいと思っていますが、今は甘えさせていただきます」
「ありがとう。君には無理ばかり言って、すまない」
申し訳なさそうなアレクに、ラネは笑みを向ける。
「いいえ、無理など。わたしも、リィネさんのことが好きですから」
明るく朗らかで、ラネのために怒ってくれるような優しいリィネは、まるで太のようだ。出會ったばかりだが、もうすっかり打ち解けている。
「ラネさん、これならどっちのが好き?」
大きなクッションをふたつ掲げて、リィネがそう問いかける。
「どちらも綺麗ね。でもこれなら、こっちかしら」
「私もそう思っていたの。兄さん、これをふたつ。あとは……」
馴染はたくさんいたが、一緒に買いに行くような親しい友人はいなかった。
たっぷりと時間をかけて買いをして、疲れ切ってしまったが、ラネにとっても楽しい時間だった。
「うん、たくさん買ったわね」
リィネは満足そうに頷き、ラネを見る。
「ごめんなさい。ついはしゃいで連れ回してしまって。大丈夫?」
「もちろん。わたしも楽しかったわ」
でも歩き疲れたのも事実だ。この後、公園でし休むことにした。
「何か飲みを買ってこよう」
「うん、兄さん。お願いね」
アレクがそう言って公園の周囲に立ち並ぶ屋臺に向かい、リィネとラネは並んで公園のベンチに座る。
「ラネさんは、どんな仕事がしたいの?」
「そうね。今までは刺繍の仕事をしていたの。だから製関係だと助かるけれど、仕事が見つかれば何でもいいかな。お手伝いでも、給仕でも、ある程度はできると思う」
「そっかぁ。ラネさんは用なのね」
心したように頷いたリィネは、し寂しそうに呟いた。
「私も何かしてみたいな。兄さんは大聖堂か図書館にしか行かせてくれないのよ。でも、大聖堂にはあの聖がいるし」
窮屈になって故郷の町に行くこともあるが、護衛のがいつも一緒で、翌日には連れ戻されてしまうことが多いようだ。
アレクはリィネを心配しているのだろう。
これほどの貌に加えて、勇者の唯一の家族なのだ。今も、狙われることがあるのかもしれない。
けれど年頃のであるリィネには、し窮屈な生活のようだ。
「だったら刺繍をしてみない? 家でできるし、わたしも教えられるわ」
「本當に?」
ばっと顔を輝かせたリィネに、もちろんと頷く。
「手蕓店に行ってみましょう。刺繍糸と布が必要になるわ」
「ええ、行くわ。嬉しい。ラネさんありがとう!」
嬉しさを隠そうとせずに、リィネが立ち上がる。
だがその背後に、見知らぬ男が忍び寄っているのを見て、ラネはリィネの手を思い切り引いた。
「リィネさん!」
「きゃっ」
バランスを崩した彼が、ラネの腕の中に転がり込む。
い子どもを庇う母親のようにしっかりと抱きしめて、男を睨み據える。
見た目は儚げで清楚なラネの迫力に驚いたように、男はそそくさと逃げ出した。
「ラネさん……」
「大丈夫。村では狼だって追い払ったことがあるんだから」
もちろん本の狼だ。
男はただのナンパだったらしい。
すぐにアレクが駆け付けてくれたが、リィネはピンチを救ってくれたラネにますます懐いてしまった。
「私も教えてもらって頑張るから、ラネさんは家で刺繍の仕事をすればいいわ。だから、ずっと一緒に住もう?」
「それは……」
たしかに刺繍の仕事があれば有難いし、リィネもアレクも好ましいと思っている。
けれどそこまで世話になってしまって、本當に良いのか。
戸うラネとは裏腹に、アレクはあっさりと妹の意見を肯定した。
「そうだな。それがいい。さっそく道を買って帰ろう」
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