《【書籍化】婚約者が明日、結婚するそうです。》29
中止になるとばかり思っていた夜會だったが、どうやら予定通り開催されることになったらしい。
それを訪問してきたクラレンスから聞いたラネとリィネは、言葉を失った。
「どうして?」
ラネは、思わず疑問を口にしてしまっていた。
王太子殿下に対して、不敬な言葉だったかもしれない。
けれど、たしかに隣國のことだが多くの人が命を落とし、勇者であるアレクもドラゴン討伐のために向かっている。
そんな狀況なのに、この國では予定通りに王城で夜會を開くという。
それが信じられなかった。
「ふたりが不快に思うのも當然だ。申し訳ないと思っている」
以前と同じように、従者と護衛騎士、そしてリアを伴って訪れたクラレンスは、そう言ってを噛みしめた。
その言を見る限り、彼もこの時期の開催は不本意のようだ。
「だが世の中は魔王が倒され、これでようやく平和になったと安堵したばかり。この世界の平和は揺るがないと示す必要がある、という意見が大半だった」
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それはきっと、貴族だからこその意見なのだろう。
また平和がされるのかと思えば、もっと遠くの國に逃亡しようとする者や、食料品や薬草などを買い込む者が増えるかもしれない。
実際、魔王が倒されるまでは、王都から逃げ出す者が多かったらしい。人の多い大きな都市は、魔王の標的にされるからだ。
それがようやく逃げ出していた人々が戻ってきて、王都はかつての活気を取り戻したばかりである。
この國は今、魔王の脅威からようやく立ち直ろうとしているのだ。
だからこそ、この國の平穏は揺るがないと示すために、普段通りに過ごす必要がある。この國の貴族たちは、そう結論を出したのだろう。
「クラレンス様は、反対なのですね」
両手をぎゅっと握りしめていたリィナがそう言うと、彼は靜かに頷いた。
「ああ。ようやく得たこの平穏を、崩すわけにはいかないとわかっている。だが、隣國で大勢人が死んでいる。アレクが戦っている。それなのに、夜會など」
低く押し殺すような聲には、彼のが込められているようだ。
「そうですか」
リィナは一度だけ目を閉じると、真っ直ぐにクラレンスを見た。
「兄さんが必ずドラゴンを討伐すると、信じてくださるのですね」
隣國と、この王都は比較的近い距離にある。
もしドラゴン討伐に失敗すれば、被害は隣國だけに留まらないだろう。
それなのに普段通りに過ごすということは、貴族だけではなく、國王陛下も王都を離れないということだ。
「もちろんだ。もし本當に危険ならば、夜會など行わずに王都に住む人々の避難を優先させる」
「理由はわかりました。勇者アレクの妹である私が參加すれば、人々はもっと安心しますか?」
「リィナ?」
思いがけない言葉に、ラネは驚いて彼の名前を呼ぶ。
リィナは決意を込めた顔をしていた。
「兄さんたちが命がけで守った平和だもの。それに町の人たちが怯えて逃げうことを、兄さんだってんではいないわ」
人々の中には、アレクが隣國に向かったことを不安に思う人もいるかもしれない。
けれど彼のたったひとりの家族であるリィナがこの國に殘り、さらに王城で開催されている夜會に參加していたと聞けば、安心する者も多いだろう。
勇者は必ずこの國に帰ってくる。
そして勇者の妹が王都から出しないのであれば、きっとここも安全だろう。
リィネはそれを知っていて、參加すると告げたのだろう。
「……すまない。謝する」
クラレンスとノアは、そう言って頭を下げる。
「ラネ、一緒にいてくれる?」
リィネの懇願に、もちろんと深く頷いた。
こうしてアレクが不在の中、夜會は予定通りに開催されることになった。
リィネのエスコートは、約束通りにクラレンスが。
そしてアレクが務めるはずだったラネのエスコートは、ノアが代役として名乗りを上げてくれた。
でもラネは、それを斷った。
アレクがいないのならば、リィネの付き添いとして參加するだけだ。
本來ならば、こんな夜會に參加するはずのない平民である。ひとりで參加していたとしても、そこまで問題視されないだろう。
それに彼が贈ってくれたドレスを著て、他の男にエスコートしてもらうのは嫌だった。
そうして、とうとう夜會の當日になった。
サリーに手伝ってもらって、朝早くから支度を整える。
「以前と同じドレスを著たら、やっぱり変かしら」
著替える前にそう尋ねると、リィネは首を傾げる。
「私たちは平民だから、他の人たちもそんなにドレスを持っていないことはわかっていると思う。でも、せっかく新しい仕立ててもらったのに、どうして?」
「それは……」
自分でも、こだわりすぎていると思う。
他の男に、このドレスを著てエスコートをしてもらうのが嫌なだけではなく、アレクのいない夜會に著ていくのも嫌だなんて。
「アレクさんに贈ってもらったドレスなのに、まだ見てもらっていないから」
答えを求めるように見つめられ、ラネはし恥ずかしく思いながらも、それを伝える。
「兄さんに、最初に見せたいの?」
「……うん。ごめんね、変なこだわりで」
「そんなことはないわ。兄さんは嬉しいと思う。じゃあ、この間のドレスで參加する?」
「できれば、そうしたいわ」
急なことだったのにサリーが一杯頑張って、レースやリボンを他のに変えたりして、何とかまったく同じドレスにならないようにしてくれた。
「ありがとう。余計な手間を掛けさせてしまって、ごめんなさい」
そう謝罪したけれど、サリーは穏やかな顔で首を橫に振った。
「いいえ。アレク様はきっと、お喜びになりますよ」
改めてそう言われて、し恥ずかしくなる。
でもこのドレスだけは、彼に見てほしい。
出発前に抱きしめてくれた溫もりを思い出しながら、そっとしいドレスにれた。
今日のために間に合わせてくれたメアリーには申し訳なく思う。
けれどアレクには、試著などではなく、きちんと支度を整えて、このドレスを來た姿を見てしかった。
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