《【書籍化作品】離婚屆を出す朝に…》26、紫奈、那人さんに抱き締められる

「じゃあ行くわね、お父さん」

翌朝、私は由人と共に玄関で別れを告げた。

もしかしてこれが両親に會うのは最後かもしれない。

でも、玄関先にお母さんの姿はなかった。

「母さんと康介くんの事は父さんが何とかする。

どこまで出來るかは分からないが、父さんはいつも紫奈の味方だから」

「ありがとう、お父さん。

私……お父さんの娘で良かった……」

お父さんは目を丸くしてから、くしゃりと微笑んだ。

「今まで何も出來なかった私に、そんな風に言ってくれるのか……」

ほとんどを見せないお父さんの目にうっすら涙が浮かんだように見えた。

そして、傷に浸る私達に、突然バタンとドアを開いてお母さんがバタバタと駆けてきた。

そして大きな紙袋を私に押し付けた。

「こんなもの置いておいても、もういらないからっ!

持って帰って!!」

それだけ言って、また足早に自分の部屋に戻っていった。

「これは?」

私は荷を置いて、紙袋を開いてみた。

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そこには……。

私は膝を落として、泣き崩れた。

小さい頃から大好きだったチョコレート。

これ使いやすいと前に言っていた臺所のスポンジ。

これが一番履きやすいと言った事があるストッキング。

取り寄せないと手にらない洗顔石鹸。

私が會話の中でちょっと言ってみただけの數々の品で溢れていた。

きっと街で見かけるたび、ふと思い出すたび、今度會う時にと買い揃えていたのだ。

それから……。

私名義の通帳が一通。

開いてみると、私が結婚してから毎月1萬ずつお母さんが自分で金してきたらしい記帳がされていた。

ああ……。

お母さんは間違いなく私をしてくれていた。

たとえそれがし歪んでしまったとしても……。

間違いなくそこにはあった。

時には上手に人をせない人だっている。

歪んでいるから、下手なだから拾わないの?

ううん……。

そこにが落ちているなら……。

それに気付く事が出來たなら……。

私は大切に拾って、心から抱きしめよう……。

そして落ちているすべてのに気付ける私でありたい……。

「お母さん!! ずっとずっと、大好きだから!!」

私はお母さんの部屋に向かって一杯の聲でんだ。

◆ ◆

「おかえりなさい、那人さん」

今日は珍しく普通の時間に帰ってきた。

ずっと深夜に帰っていたから、今日も遅くなるのかと思っていた。

「ただいま。実家はどうだった?」

那人さんはネクタイを緩めてリビングにりながら尋ねた。

食卓では由人がちょうど夕食を食べている。

「うん。みんなと話が出來たわ。

お母さんとは……あまりたくさんは話せなかったけど……」

「康介くんには會った?」

那人さんは真っ先にその名を出した。

「康介?」

そういえば実家に帰る前にも、康介の事を心配していた。

もしかして……。

那人さんは康介の思に全部気付いていた?

じゃあもしかして、康介の思に私も乗っているのだと?

私が謝料を持って康介と再婚するつもりでいるのだと思ってる?

「僕がやっつけてやったよ!!」

突然、ハンバーグを頬張っていた由人が聲を上げた。

「やっつけた?」

那人さんは由人を見てから、すぐに確認するように私を見た。

「あ、あの……、康介はなんかいろいろ勘違いしてたみたいで……。

私がそんなつもりはないって言ったから……怒ってしまって……」

「怒って何をしたんだ?」

那人さんが珍しく険しい顔になっている。

「べ、別に腕を摑まれただけで、でも由人が助けてくれたから……」

私はあわてて弁解した。

那人さんがこんなに怒ると思わなかった。

「僕、ちゃんとお母さんを守ったよ!」

由人が鼻を膨らませて褒められるのを待っている。

「ひどい事をされなかったか?

大丈夫だったのか?」

しかし那人さんはそれにも気付かず、私の両腕を摑んで問い詰めた。

「だ、大丈夫よ。

ほら、どこも怪我してないでしょ?」

びっくりした。

こんな事で那人さんがこれほど揺するとは思わなかった。

でも今がチャンスなのかもしれない。

出來れば由人のいない所で聞きたかったけれど……。

那人さんが何を思って離婚を切り出したのか……。

「あの……那人さん……。

那人さんはどうして……えっ?!!!」

私が次の言葉を告げるよりも早く抱き締められていた。

あまりに突然の事で何が起こったのか分からなかった。

こんな風に抱き締められたのなんて、離婚の話が出てから……ううん、もっとずっと前から……もういつだか分からないぐらい前から無かった。

「く、くるし……」

手加減を忘れるほどに強い力で、骨が軋《きし》む音が聞こえそうなのに、そんな苦しさ以上に甘い幸福が膨れ上がる。

「お父さん!! お母さんが死んじゃう!!」

由人が飛んで來て、那人さんのおを拳でドンドン叩いた。

それでようやく我に返ったように、那人さんは腕を解いた。

「ご、ごめん。つい安心して……」

照れたように顔を背けて、私から離れた。

「もう! 何するんだよ! DV夫だよ!!」

由人は最近聞きかじった言葉で那人さんを責め立てた。

「ひどい言われ方だな」

那人さんは困ったように笑った。

「でも由人がお母さんを守ってくれたんだな。

ありがとう」

由人はようやく褒められて、すっかり機嫌を直した。

「僕は紳士だからね。の人に優しくするんだ」

「あれ? でも子高生が頭ぜたらるなって怒るって聞いたけど」

「そ、それは、僕を子供扱いするからだ!」

「ははっ。由人は子供じゃなかったのか?」

「紳士だよ!」

「おっ。うまそうなハンバーグだな。

ちょっともらってもいい?」

「ダメだよ! それは僕のだから!」

「ちょっとぐらいいいだろ? 紳士なんだから」

「ダメ!」

「ケチな紳士だなあ」

二人が楽しそうに言い合っているのを、私はまだドキドキしながら見つめていた。

が止まらない。

溫かな幸福の中に溺れてしまいたくなる。

どうしよう……。

失いたくない……。

このままずっとこうして……。

自分の立場も忘れて……。

那人さんと由人と一緒に生きていきたい……。

ああ、神様……。

どうかしだけこの幸福の中にいる時間を下さい……。

次話タイトルは「忍び寄る終わりの足音」です

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