その事件が起きたのは、わたしとシューターが8歳の時だった。

故郷の小さな公民館で地域の子ども達が集まって、簡単な魔法ワークショップが催されていた時の事だ。

魔法ワークショップとは、魔法學校に通う前の子ども達を対象に大どこの國でも行われている験型の魔法講座なのだ。

講師の魔師が微小魔力の子どもにでも使えるような式を教えてくれて、それを唱えて実際に魔を使ってみる。

この日は魔を用いて粘土で造形を作るといったものだった。

そのワークショップに、父同士が遠縁にあたり近所付き合いもあって仲良くなったシューターと一緒に參加したのだ。

わたし達を含め、參加した子ども達が魔師に教えて貰った式で粘土から作りたいを形作ってゆく。

わたしは結構魔力量の多い方なのでこんな作業はお手のものだった。

施に沒頭しているわたしにシューターが訊いてきた。

「ルリ、何を作ってるんだ？」

「っ！Ｔボーンステーキよ！」

「……やっぱりな」

「そういうシューは何を作ってるのよ？」

「勇者の剣だ」

「やっぱりね」

そんな事を言い合いながら楽しく作業をしている時だった。

それはあまりにも唐突で、あまりにも卒爾的(そつじてき)な出來事だった。

講師を勤めていた魔師が、いきなりわたしの肩を羽締めにして拘束してきたのだ。

『………え……？』

當然そんな目に遭った事がないわたしは一瞬何が起こったのかわからず、わたしを捕らえている魔師を見た。

『魔師のおじさん……？どうしたの？』

お首と肩が苦しいんだけど……なんて呑気な事を考えていたわたしの耳に、シューターの悲鳴にも似た聲が飛び込んで來た。

「ルリユルっ！！」

今まで聞いた事もないような切羽詰まったシューターの聲に驚いたわたしが彼の方に目をやると、そこで初めて何やら不測の事態が起きている事を知る。

ワークショップに參加していた子ども達は一斉に避難させられ、公民館の職員に「行っちゃダメだよっ」と腕を捕まえられているシューターの姿がある。

そして周りには複數人の騎士がわたしと魔師を取り囲むように立っていた。

騎士達は皆、抜剣しておりこちらにポイント…切っ先を向けている。

わたしの直ぐ頭上で、魔師の金切り聲が聞こえた。

「っ來るなっ！近寄るなっ！このガキがどうなってもいいのかっ！？」

魔師はそう言うと、わたしの頬に指先を押し付けて來る。

その指先はどす黒い紫をしており、子どものわたしでも魔で毒が仕込まれている毒指(どくし)だとわかった。

騎士の一人が靜かな聲で魔師に向かって言う。

「諦めて投降しろ。貴様が違法に魔法薬の売買をしていた証拠は挙がっているんだ。無駄な抵抗はやめて、そのを解放しろ」

「っ煩いっ！！お前らこそソコを退けっ！このガキの顔面にこの指をブッ刺すぞっ！」

そう言った魔師の拘束がより一層強くなる。

わたしは苦しくて怖くて、思わず涙目になってしまう。

でもここで聲を上げて泣いてしまうのは良くないと思った。

だから泣かずに我慢した。

真っ青な顔でわたしの事を心配して見ているシューターの存在にも勇気付けられたから。

震えながらもを噛み締めてじっと耐えていると、

先ほどから魔師と対峙している騎士がわたしを見て優しく微笑んでくれた。

まるで「偉いぞ」「すぐに助けてやるからな」と言ってくれているような笑みだった。

わたしはその騎士の表に釘付けになる。

その時ふいにその騎士の目線が下に向いた。

顔はしっかりと魔師の方へと向けられている。

だけど一瞬、一瞬だけ騎士の目が下を見たのだ。

何故かわたしは理解した。

そしてゆっくりと小さく頷く。

その瞬間、魔師の右前方にいた別の騎士が自の足元の小石を蹴った。

極力小さな作で、魔師を刺激しない程度で。

それでも極度の張と膠著狀態に痺れを切らしていた魔師の気を削ぐのには充分効果的だった。

一瞬、ほんの一瞬の出來事だった。

魔師の隙を突いて、わたしに微笑んでくれた騎士が瞬時に飛び込んで來た。

魔師との距離は5メートルくらいはあったと思う。

だけどその騎士は一瞬で間合いを詰め、わたしと魔師の眼前に差し迫って來たのだ。

わたしは躊躇わず一気にを屈めた。

蹲って頭を押さえる。

それと同時につん裂くような耳障りな喚き聲が聞こえた。

「ぎゃあぁぁぁっ！！」

騎士は毒指が施されていた魔師の手首を一刀両斷で切り落とした。

そして魔師のから離れた手首が地面に落下するよりも早く、わたしの事を掬い上げる。

「え！？」と思った次の瞬間には、わたしは騎士の腕の中にいた。

手首を切り落とされた魔師は痛みと出でのたうち回っている。

「確保」

騎士が部下達であろう他の騎士に告げた。

魔師は瞬く間に捕縛され、そして連行されて行った。

あまりにも一瞬の出來事に呆然とするわたしに、

助けてくれた騎士が言う。

「偉かったな。よく泣かずに耐えた。そして私の合図を理解してくれて本當に助かった。キミが泣いて犯人を刺激せず、わたしの意図をわかっていてくれたおかげでスピード解決だ。將來は騎士団にスカウトしたいくらいだよ」

「そんな……あ、ありがとう、ございます」

わたしはなんだか力がらず、間の抜けた返事しか返せなかった。

そんなわたしの元へとシューターが駆け寄って來た。

「ルリ！ルリ大丈夫かっ！？」

「シュ…シューぅぅ……怖かったよぅ……」

シューターの顔を見た途端にホッとしてけなくも涙が出てきた。

騎士はわたしをシューターの側で下ろしてくれた。

そして頭をそっとでてくれる。

騎士はシューターに言った。

「年、キミはこの子の友達か？この子はとても疲れている。家まで送り屆けてあげてしい」

先ほどの凄いきを見せつけられたシューターは、そんな騎士に頼まれた事が誇らしかったのか、目を輝かせて大きく頷いた。

騎士は優しげな顔でふっと笑い、わたし達の頭を互にでた。

そして他の騎士達に指示をしにわたし達の側を離れて行く。

その背中を見送り、わたしは思わず呟いた。

「……騎士って……カッコいい……」

わたしのひとり言にシューターは反応した。

「え？」

「シュー、さっきの見た？凄かったわね……こ、怖かったけど、騎士様がカッコよくてポーっとなっちゃった……」

切り落とされた手首を、あの騎士や他の騎士達も決してわたしやシューターには見せないように配慮してくれたのにもガツンとやられた。

「わたし、將來は騎士になる……！」

わたしの決意をシューターは目を丸くしながら一蹴した。

「は？無理無理！超絶運音癡のルリが騎士？

前転も腹筋運も腕立て伏せも出來ないのに？

やめとけ、ケガするだけだぞ。下手したら死ぬかもな」

「な、なによぅ！確かに運はちょっと…かなり苦手だけど……」

「ほらな？」

ぐぬぬ……本當に壊滅的な運神経の持ち主である事は自負しているので言い返せないのがまた悔しかった。

が、このまま言い負かされて終わるのが悔しくて、

わたしはシューターに告げた。

「じゃあわたし、騎士のお嫁さんになる！

それなら、夫婦は一心同って言うからわたしも騎士になったと同じ事になるでしょ？」

「…………なるか？」

「なるわよ」

「…………そうか」

シューターはなんだか納得いかなさそうな顔をしつつも面倒くさくなったのかそれ以上何も言わなかった。

それにやっぱりあの場にいて、自分も騎士に憧れたのだろう。

その日を境にシューターは騎士を目指して鍛練を始めたのだ。

騎士養學校の下位スクールにあたる學校にも通い出し、本格的に騎士を志したのだから。

そして、これが奇縁というか因縁というか……

あのわたしを救ってくれた騎士様が隣國との小競り合いで殉職してしまった數年後に、彼の妻だったとシューターのお父さまが再婚したのだ。

あの騎士様の一人娘であったアレクシア様を連れての再婚。

シューターとアレクシア様が出會うのは運命だったのかもしれない。

當時シューターは13歳でアレクシア様は16歳。

アレクシア様は亡き父の志を継いで立派な騎士になると、準騎士になったばかりの頃だった。

奇しくも互いに正騎士を目指す者同士が家族となった。

毎日剣をえている間にいつしか好きになっていったのだろう。

アレクシア様は早々に婚約が結ばれてしまったので、シューターの気持ちは宙ぶらりんのまま行き場をなくして彷徨っている……。

そんな馴染であり初の相手でもあるシューターの心の機微などわたしは微塵もじず、そして知る事もなくあの時も大好きなにかぶり付いていた。

（當時はチキンにハマっていた）

あの頃に戻れるなら、

婚約を結ぶ前に戻れるなら、

わたしはわたしの頭を叩(はた)き、

「ばっか食ってる場合じゃねえ！」

と膝詰めで説教しただろう。

後悔しても時すでに遅し……

「はぁ……」

王宮の食堂でビフカツ定食を前にして、わたしは盛大にため息を吐く。

なんだかふいに昔の事を思い出して気分が落ち込んだ。

ゴメンねビフカツちゃん。

キミは悪くない。

キミはイコリス牛じゃなく、アブラス牛だけど味しく食べてあげるからね。

わたしは気を取り直して、目の前の尊き存在にナイフをれた。