《【電子書籍化決定】わたしの婚約者の瞳に映るのはわたしではないということ》うしムスメ、逃げ出す
「……ルリユル……大聖堂の見習い司祭からあなたに會いたいと連絡が來ているんだけど……」
ある日の午後、
同期で推し友の醫療魔師オレリーが診斷書を纏めているわたしに言って來た。
「教會の見習い司祭?そんな人、知り合いにはいないんだけど何故わたしに?」
「さあ?でも大の見當はつくかな。今教會からの使いの下男(フットマン)が來ていて、今日の終業後に會う事は可能かの返事を持ち帰りたいと言ってるんだけど」
「先れって事よね?何か大切なお話なのかしら……見習い司祭……何というお名前の方?」
「サバラン司祭と言っていたけどエラのお兄さん、って言った方がわかるわね」
「エラの?なんだろう。わかったわ、とにかくお會いすると伝えてくれる?ゴメンねオレリー、使いっ走りみたいな事をさせて」
「いいのよ。たまたま通りかかった私に向こうも言って來ただけだし。可いルリルリのためならこれくらい♪」
「ルリルリ……じゃあよろしくねオレオレ」
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「なんか詐欺っぽい名前ね」
なんて軽口を言い合えるオレリーの事が、わたしは本當に好きだ。
オレリーはすぐに下男に返事を伝えてくれて、約束通りその日の終業後に王宮近くの教會で會う事になった。
今日、エラが突然休んだ事に関係があるのだろうか。
わたし一人では行かせられないと、オレリーも一緒について來てくれる。
教會の懺悔用の個室で、
わたし達とサバラン司祭(見習い)は面會した。
サバラン司祭は中中背の穏やかそうな男で、なるほどエラのお兄さんというだけの事はあって顔がよく似ていた。
部屋にはエラを伴って室し、先に來ていたわたしの姿を確認するなり、頭を下げられた。
「ルリユル=ホワイト嬢ですね。この度は妹が大変ご迷をおかけした上に、この様に突然の面會にも応じて下さりありがとうございます」
わたしは何故頭を下げられるのか訳がわからず、
とりあえずは頭を上げて貰って部屋に置いてある椅子に座りましょうと提案した。
サバラン司祭は椅子に座ったが、妹のエラには著座を許さなかった。
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「お前はそこに立っていなさい。許しがあるまで決して口を挾んではいけませんよ」
妹に、というよりは厳しい聖職者としての毅然とした口調だった。
エラは「え~……」と小さく言いながらも、叱られるのが怖いのか渋々頷いていた。
一何をしでかしたのよエラ。
いつも飄々として自分の我を通し、他人の言う事なんて知りませーんというじのエラがえらく萎して凹んでいる。
何事が起きたのかと思っていたら、直ぐにその理由を兄であるサバラン司祭から知らされる事となった。
話を聞き終えた後、わたしは呆れてものが言えなかった……。
この半年間、嘆き悩み苦しんだ日々はなんだったんだと靜かな怒りが湧き上がってくる。
サバラン司祭から告白された容はこうだ。
サバラン司祭は実家からいつも付き従う下男と共に教會へ勤めに出ているという。
半年以上前、その下男にエラはこう告げたという。
「私に無禮を働いたと言ってクビにされたくなかったらぁ、マタイトコのシューター様が正騎士の誓いに來られたらすぐ私に知らせるのよぉ?わかったぁ?」
と、脅されたという。
家に病弱な母がいる下男は仕事を失うわけにはいかないと、それに従う他なかったらしい。
そして半年前にシューターが誓いを立てたと知ったエラが誓いの容は知らされないのをいい事に、わたしに噓の容を吹き込んだのだという。
シューターが義姉をし、彼に生涯のを誓ったと……
しかしこの半年間、シューターが誓いを立てに來たと教えただけなのにも関わらず、その下男は罪の意識に悩み続けたのだそうだ。
もともと敬虔な信徒であった下男はとうとう耐えられなくなり、サバラン司祭に懺悔を兼ねての告発をしたらしいのだ。
その事を知るや直ぐにサバラン司祭は妹のエラを問い詰め、白狀させてその告発が事実であった事を確認したという。
そしてこうして噓を吹き込まれたわたしに、直接謝罪に來られたという事なのだ。
わたしは何故エラがこんな事をしたのか理解出來なかった。
努めて冷靜に、エラに訊いた。
「どうしてわざわざそんな噓を私に?」
エラは不貞腐れながら黙ってそっぽを向いたが、サバラン司祭の地を這うような「エラ、ちゃんと答えなさい」という低い聲にビクッとして話出した。
「……だってぇ、シューターお兄さまのお嫁さんになりたかったんだもん」
「シューの?シューが好きなのに、彼が他に好きな人がいると噓をついたの?」
「そう言ったらぁ、単純でのないルリユル先輩なら諦めて婚約解消すると思ったのにぃ……先輩ってばしつこいんだから……」
「あ、あなたね……」
軽く頭痛をじたわたしがこめかみを押さえると、エラはムキになって言い募ってきた。
「私の方がぁぜーったい、シューターお兄さまの事を好きなんだからぁ!それなのにぃ、先輩を婚約者にしたいってお兄さま自がんだって聞いてぇ、焦ったしぃ腹が立ったんだもんっ」
ん?え?ちょっと待って?
んだ?婚約を?誰が?シューが?
ぎゃーぎゃーと子どもみたいに喚くエラに、サバラン司祭は靜かだが有無を言わさない口調で謝罪をしろと命じ、エラは半泣きになりながら嫌そうにわたしに謝罪してきた。
謝罪する前もその後の態度もあんまりだったのでわたしが謝罪をけれないと告げると、サバラン司祭は「當然ですね……」と言って、エラをどこか別室へと連れて行かせた。
「愚妹になり代わり、改めて貴に謝罪をさせていただきます。この度は本當に申し訳ありませんでした」
サバラン司祭は一字一句丁寧な口調で、再びわたしに頭を下げた。
「頭を上げてください。謝罪の容はわかりました。でも貴方に罪はないのに謝って頂く必要はありません、どうかもうお気になさらないで下さい」
謝罪に対しわたしがそう答えると、サバラン司祭は困ったようなそれでいて穏やかな表で微笑まれた。
そしてこう告げられる。
「愚妹はこれより數年間、戒律の厳しい修道院に奉仕に出します。きちんと反省し、父と母が甘やかすだけ甘やかして増長したあの自分勝手な格が矯正されるまで、そこから出さないつもりです」
「ではその辺りはサバラン司祭の判斷にお任せ致します。今後わたしへの報告等は必要ありません。あとはご家族として対応をお願いします」
「承知しました。あなたが公正な判斷が出來る方で良かった。本當にありがとうございます……」
と、そう言った後、サバラン司祭はしだけ思案してから再び話し出した。
「……実はブラック卿の誓いの立會人は私だったのです。誓いの容を告げる事は決して出來ませんが……あ(・)な(・)た(・)は(・)本當に彼にされているのですね」
「……え……?」
「では私はこれで失禮致します。今日はお時間を取って頂き誠に有難うございました」
その言葉を殘し、サバラン司祭は部屋を出て行った。
後には言い殘された言葉を理解しようと懸命に咀嚼しているわたしと、今まで口を挾まず側に付き添ってくれていたオレリーが殘された。
もぐもぐもぐ……
サバラン司祭が言い殘した言葉……アレはどういう意味だろう。
もぐもぐ……
ハッキリ誓いの容を聞かされたわけではないけれど、アレの言い方だとまるでシューターの誓いの相手はわたしみたいに捉えてしまいそうになる。
もぐもぐ……ごっくん。
ダメだ。よ~く噛み締めて嚥下してもさっぱりわからない。
わたしはオレリーに尋ねてみた。
「オレリー……さっきの話、どういう事だと思う?」
「簡単な事よ。わたしが言った通り、エラは噓つきだったって事。そしてシューター=ブラックは義姉に誓いを立てたのではなく、ア(・)ン(・)タ(・)に(・)誓いを立てたって事よ」
「でもサバラン司祭はハッキリそう言った訳ではないわよ?」
「あの言い方は言ったも同然よ。頭の固そうな男だと思ったけど、意外と粋な言い回しをしたわね♪」
「……待って、ちょっと待って、だってそれじゃあ房飾りのはどうなるの?あの淡い水はわたしの瞳のじゃないもの」
「房飾りのは誓いを立てた相手を象徴する、という事でしょ?瞳のにするのが一般的だけど、髪のや何か思い出深いのにする騎士もいると聞くわ」
「じゃあ……あの水はわたしの何を象徴するだって言うの?」
わたしが尚も問いかけると、オレリーは黙ってわたしの手を取った。
そして彼の両手がわたしの右手を挾んで包み込む。
「答え合わせは本人にしてしいんだけど、わたしの推測ではルリユルの魔力のなんじゃないかなと思う。ルリユルの魔力は淡い優しい合いの水だもの」
それを聞き、先日シューターがわたしに言った言葉が心に過ぎった。
『俺、好きなんだ。お前の治癒魔法の魔力のが』
その後何がどうなってオレリーと別れたのか、
わたしは全く覚えていない。
混の最中(さなか)、気がつけば寮の自室に帰っていて、ベッドに突っ伏している自分がいた。
………………………全ては勘違いだったって事?
シューターがアレクシア様ばかりを見ていたのは“隠し技”を會得したかったからで、
騎士の誓いを立てた相手はアレクシア様ではなくわたしで、
房飾りのもアレクシア様の瞳のではなく
わたしの魔力のだった……
つまり…………………………
つまり、
どういう事だってばよ。
わたしの頭は完全に魔道のオーバーホールのような狀態に陥っていた。
混し過ぎて正しい判斷が出來ない!
このままじゃ自分の都合のいいように解釈してしまう!
そして勘違いになって図に乗ってしまう!
シューター本人に聞けば済む話だけど、
心の準備が出來ていないっ!
だってこんなっ……いきなりこんなっ……
ど、ど、どうしようっ……
こんなに頭の中がぐちゃぐちゃでは
シューターに會っても正面(まとも)に話が出來るとは思えないっ!
落ち著こう。
とりあえずは心を落ち著かせて自分を取り戻そう。
神安定には。
がいいのだけれど、ここまでの神狀態、もはや一部位だけで鎮められるとは思えない。
これは聖地へ赴いて、本尊にお會いするしかないっ……!
既にわたしの頭は正常な判斷が出來ていなかったようだ。
わたしは直ぐさま醫務室長に休暇屆けを出し、王宮の人事局にて、有料の転移魔法道をレンタルした。
そして……現実逃避という名の聖地巡禮へと一人旅立った。
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