アルト領の中で最も栄えているのが商業都市リアである。目抜き通りは活気に溢れ、客引きの商人たちの聲が痛いほどに耳に屆く。

「素晴らしい街だろ？　私の自慢なのだ」

おしげにアルトは茫洋とした眼を向ける。領主は領民の幸せをむもの。顔のせいで心が歪んでしまっていたが、それでも領主として育った気位だけは忘れてはいなかった。

「ねぇ、今の人見た！？」

「見た見た。酷いよねぇ」

すれ違ったたちが、ヒソヒソと聲をらす。誰のことを指しているかまではれていないが、おおよその推測が付いた。

「悪いことをしたな……」

「いえ、悪いのは私の方です。私の服裝がボロボロなせいで、アルト様に恥をかかせてしまいました」

「いいや、あれは私の顔を笑ったのだ」

「いやいや、私ですよ」

「いいや、私の顔に違いない」

互いが自分に責があるとして譲らない。それが何だか可笑しくて笑みが零れる。

「ではお互い様ということで、歩調を合わせて並んで歩きましょう。これなら恥ずかしい者同士、お似合いになれます」

「やはりクラリスは優しい子だな……貴族の令嬢とは到底思えない」

「そ、それは……」

「勘違いするなよ。私は褒めたのだ。高慢な貴族の令嬢より、君のような格の方が好ましい」

「めて頂き、ありがとうございます。ですが、やはり私は貴族の令嬢に相応しくありません。だからこそ両親からも嫌われていたのですから……」

眉を落として俯くクラリスは、今にでも泣き出しそうであった。暗い過去があったのだと察する。

「なら私と同じだな」

「え？」

「私も王族として恥ずかしい顔だと両親から罵倒されたものだ」

「アルト様……」

「重い表をするな。そんなことより目的地に到著したぞ」

「ここは？」

「商業都市リアの中でも最大規模を誇るエリス商會だ」

両隣の店と比較して、エリス商會の規模は倍以上だ。王國の守り神である龍が描かれた暖簾の向こう側には、活気よく働く人たちがいた。

「これは、これは公爵様。店までいらっしゃるとは珍しいですね」

薄目の妙齢のが出迎えてくれる。従業員たちの彼を気にするような素振りから主人だと察する。

「クラリスに街を見せてやりたくてな」

「もしかして新しい婚約者の方ですか？」

「ああ」

「堂々と口にされますね。いつもの公爵様なら『どうせすぐ逃げる』と悲観的でしたのに」

「クラリスは特別だからな」

「へぇ～特別でございますかぁ」

薄目の主人はニヤニヤと笑みを張り付けながら、クラリスを品定めするように観察する。そこで何かを察したように、ポンと手を叩く。

「クラリス様に似合う服を用意すればよろしいのですね？」

「さすがはエリスだ。話が早い」

「丁度、帝國から上質な絹布のドレスを仕れたところだったのです。金貨五百枚ほどになりますが、よろしいですか？」

「問題ない」

「では――」

エリスが部下の従業員に命じて、ドレスを用意させようとする。そこに聲をかけたのはクラリスだった。

「ま、待ってください。金貨五百枚のドレスなんてけ取れません」

「気にしなくてよいと伝えただろ」

「で、ですが、金貨五百枚ですよ。家族を一年養える金額のドレスなんて、私には勿ないです！」

「私には趣味がないからな。どうせ使わない金だ。クラリスに喜んでもらえる贅沢なら惜しくはないさ」

アルトの同意により、従業員たちがクラリスを囲うように集まってくる。ジロジロと視線を向ける彼らの瞳は輝いていた。

「素晴らしい。クラリス様は磨けばる原石ですよ！」

「きめ細かいをしているわね。薄っすらと化粧をするだけでも見違えるに違いないわ！」

「我々、エリス商會の総力を挙げて、領一のへと仕上げてみせましょう！」

気合のった従業員たちに、店の奧へと連れていかれる。その様子を微笑ましげに、アルトはジッと見つめていた。

「善き娘ですね」

「エリスもそう思うか？」

「公爵様に対して忌避を一切じていません。あれほど面のしい娘はそういませんよ」

「だろうな。なにせ私が良くしてやりたいと思えた初めてのだからな」

今までも婚約者候補は何人もいた。だが表面上でどれだけ取り繕っても、心の底ではアルトに対して嫌悪を抱いていた。

だがクラリスだけは違う。進んで隣に並んでくれるような心の優しい娘だ。

「アルト公爵領は魔が出沒する危険な地域です。ですが、魔の素材が安く手にり、商人としては魅力的な場所でもあります。世継ぎが生まれてくれれば、領民としては一安心できます」

「世継ぎか……悪いがそれは難しいな。なにせ私はただのスポンサーでしかないからな」

クラリスとハラルド王子のを応援すると決めたのだ。の隣に立つのは男こそが相応しい。彼はグッと自分のを押し殺す。

「頼みたいことがある」

「私にですか？」

「エリス個人ではなく、商會に対してだ。報酬も弾む。商會の伝手を使って、クラリスの調査を頼みたい」

「……まさか浮気の疑いでもあるんですか？」

「あるわけないだろ……私はクラリスを幸せにしたい。そのための障害を取り除きたいのだ」

両親との関係が良好でないことや、王子から婚約破棄を言い渡されたことは知っている。だがその過程で何があったのかを知ることで、問題解決の糸口を探るつもりだった。

「そういうことでしたら任せてください。それと……念願のクラリス様がいらっしゃったようですよ」

店の奧からドレスアップされたクラリスが姿を現す。淡い桜のワンピースドレスと、金髪を纏めるための髪飾りが気品を放っている。

また薄っすらと施された化粧により、明のある白磁のが強調されていた。貴族の令嬢に相応しい佇まいである。

「どうでしょうか、アルト様？」

「驚くほどに似合っているよ。これなら兄上も惚れ直すこと間違いなしだ」

王宮の舞踏會でもこれほどのはお目にかかったことがない。王子も評価を覆すはずだ。

「では例の件は頼んだぞ」

「任されました。お二人はデートを楽しんできてください」

エリスに押し出されるように商會を後にする。従業員たちは「またお越しください」と頭を下げるのだった。