クラリスの回復魔法によって、アルト領の食料不足問題は解決した。街は再び活気を取り戻し、客引きの聲が五月蠅いくらいになっていた。

「アルト様、街に元気が戻りましたね」

「いいや、今まで以上だ。なにせフーリエ領より安い値段で食料が手にるからな。おかげで余暇に回す時間と金ができた」

生活コストが小さくなれば、余剰資金を娯楽のために散財できるし、賃金を得るための労働時間も短くできる。店頭で売られている商品は食料以外にも、日用雑貨や蕓品などバリエーションが増していた。

「それともう一つ。安くて味い食事を提供できるアルト領は観地としても賑わうようになった」

「旅人さんを目にするのは、それが理由なのですね」

「これもすべてクラリスのおかげだ。ありがとな」

「いえ、私の力なんてたいしたことありませんよ」

「謙遜しなくていい。君は素晴らしいだ」

「～～ぅ、ア、アルト様は世辭がお上手ですね」

クラリスは照れのせいで、頬を朱に染める。彼の言葉に噓がないからこそ、一層恥ずかしさを覚えた。

街を歩けば、至る所から笑い聲が聞こえてくる。これもすべて彼のおかげだ。それを証明するように、すれ違った領民たちから稱賛が贈られる。

「聖様、ありがとう」

「おかげで貧しい生活から抜け出せたよ」

「クラリス様が公爵家に嫁いできてくれて本當に良かった」

謝の言葉がクラリスの心に染みていく。両親から存在を否定されながら育った彼は、人から認められることに不慣れだった。が揺さぶられ、目には小さな涙が浮かぶ。

「……っ……ほ、本當に……この街の人たちは優しい方ばかりですね」

「なにせ私の自慢の領民だからな」

領地に住む民から敬されているとじ、クラリスはアルト領がより一層好きになる。嫁いできて正解だったと、改めて実した。

「聖様……ですっ」

「どこからか聲が……」

「私です。聖様！」

「この聲は――ゼノ様ですね」

人混みの向こう側から聲をかけたのは金髪の青年ゼノだった。神父である彼は、フーリエ領に布教活へと赴いていたはずだ。

「ゼノ様がどうしてここに？」

「フーリエ領では聖様グッズの売り上げがび悩んでおりまして。アルト領には資金繰りのために戻ってきたのです」

「わ、私の力が及ばず、申し訳ございません」

「いえいえ、気にしないでください。その分、アルト領での売上は十倍になりましたから。まだまだ聖様の人気は健在です」

「……ぅ、恥ずかしいやら、嬉しいやら。反応に困ってしまいますね」

「なら誇ってください。あなたのグッズの売上で、フーリエ領に孤児院を建てるに至ったのですから」

「それは嬉しい知らせですね……恥ずかしさは殘りますが……」

頬は紅しているが、口元には小さな笑みが浮かんでいた。子供たちが救われたことに、喜びを隠しきれなかったのだ。

「本日もグッズの販売に？」

「いえ、グッズだけでは売上に限界がありますから。今はアルト様にも協力して頂き、上質な農作をフーリエ領に輸出しています」

「アルト様が！？」

「フーリエ領の貧しい民に食べさせてしいと、相場の半値で販売しています。価格が安く、上質な農作は大人気なんですよ」

「他領の人たちにも優しくできるだなんて、さすがはアルト様です」

「クラリスを見習っただけだ。罪なき民は幸せなほうが良い。それに私の狙いは別にある。実はフーリエ公への報復にもなるのだ」

どうして食料を安く売ることが報復になるのか。その疑問を解消するべく、アルトは説明を続ける。

「フーリエ領の農園は公爵一族が地主でな。領民たちは働かされるばかりで、作を購する時は正規の値段で買う嵌めになる。だが奴は農民たちに満足な給金を払っていない。そのため麥や野菜を育てても、生活が苦しいのだそうだ」

変わりはいくらでもいると、労働力を搾取してきたのだ。フーリエ領の農民に郷の神が生まれるはずもない。より安い作が供給されれば、他領の生産でもそちらに飛びつく。

「自國で食料が格安で売られているのだ。フーリエ公も作の価格を下げるしかない。売値が下がれば、公爵の手元にる金も減るからな。民も食べに困らなくなるし、最高の復讐になる」

敵はフーリエ公ただ一人だ。無関係の領民を傷つける必要はない。

「実際、フーリエ領では、アルト公爵様の人気はうなぎ登りですよ。公爵様グッズは聖様グッズの売上を超えましたからね」

「わ、私のグッズだと！？」

「無斷で作らせていただきました。駄目でしたか？」

「その利益も慈善事業に使われているのか？」

「もちろん」

「はぁー、なら認めるしかあるまい」

「さすが。聖様も理解のある旦那様をお持ちで、羨ましい限りです」

「ふふふ、なにせ私の自慢の旦那様ですから♪」

アルトもまた恥ずかしさに頬を紅させる。本當に似た者夫婦だと、ゼノは微笑ましげに彼らを見つめるのだった。