《婚約破棄された崖っぷち令嬢は、帝國の皇弟殿下と結ばれる【書籍化&コミカライズ】》4.侮辱と救世主
セリカ主催のお茶會の會場も、これまた奇抜だった。マナーも格式もあったものではなかった。
參加しているのは若い世代ばかりらしく、若い娘たちはみな膝が見えるほど丈の短いドレスを著用している。どうやら王太子妃であるセリカにあわせたドレスコードがあるらしい。
ミネルバは昂然と頭を上げて參加者たちを眺め回した。
男ももまだ日が高いというのに、お茶ではなく酒を楽しんでいる。
セリカの腰ぎんちゃくたちに「恥を知りなさい」と一喝したいところだったが、いまのミネルバはその立場にはない。
玉座に座っているセリカの隣に、妙に居心地悪そうな顔つきの娘が立っている。それを見て、ミネルバは自分がここに呼ばれた意味を理解した。
セリカと揃いの真っ赤なドレスを著ている娘は、モートメイン侯爵家のメイドのリリィだった。
「王太子殿下、王太子妃殿下。お招きありがとうございます」
ジャスティンが玉座の前に進み出て挨拶をする。ミネルバも完璧な淑の挨拶をしてみせた。
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セリカの隣の玉座に座るフィルバートが、ふんと鼻を鳴らす。彼はクラバットも結ばず、シャツの前ボタンを上から3つも開けていた。お茶會に參加している青年たちも、似たり寄ったりのだらしない著こなしをしている。
フィルバートは1年前と同じようにミネルバを睨みつける。彼の隣には侯爵家嫡男ジェフリー・モートメインが立っていた。
王太子フィルバートとの婚約破棄によって、バートネット公爵家は社界での影響力を失った。そしてジェフリーとの婚約を直前で取りやめたことで、ミネルバの淑としての価値は地に落ちたと言ってもいい。
そう、ミネルバの評判には取り返しのつかない傷がついてしまったのだ。いくら男の側が悪くとも、高貴な筋の人々は醜聞を背負った娘をほしがらない。
「お久しぶりねミネルバ、元気そうで嬉しいわ。今日は私の新しい友人を紹介しようと思ってお招きしたの」
セリカが立ち上がった。真っ赤な布地にとりどりの寶石をい留めた、けばけばしいドレス姿だ。
が見えるほど短い前裾、それでいて後ろの裾は人魚のひれのように長くびている。大きく開いた襟元からは鎖骨どころかの谷間まで覗いていた。
セリカとほぼ同じドレスという、およそ淑らしからぬ格好をさせられたリリィに、セリカがすっと手を差し出した。リリィがおずおずと自分の手のひらを乗せる。
「リリィ・レノックス男爵令嬢よ。以前はただのリリィで、下働きのメイドだったのだけれど──モートメイン侯爵家のジェフリーとの純に私、しちゃったの。し合っている二人が分の差で結婚できないなんて、おかしな話でしょう? だから私がレノックス男爵に頼んで、リリィを養にして頂いたの」
セリカがにんまり笑う。玉座に座ったままのフィルバートがまたもや鼻を鳴らした。傍らに立つジェフリーは滝のような汗をかいている。
「ミネルバ。君というは、し合う二人の邪魔をするのが得意だからな。私とセリカのときもそうだった。リリィをしているというジェフリーの弱みに付け込んで、無理やり婚約しようとしたようだが──そのたくらみは失敗に終わったぞ」
なるほどそういう筋書きか、とミネルバは微笑んだ。この4人の前でひるむことも、怯えることもしたくなかった。
バートネット公爵家はモートメイン侯爵家からきちんと謝罪をけたし、事の顛末については社界に対して大っぴらにしている。
しかしこの王太子夫妻の息のかかった人間が、事実を上書きするために、いまもどこかでべらべらと喋っているのだろう。退屈した社界の面々が喜ぶ、面白い筋書きを。
ミネルバは堂々とした態度でフィルバートを見て、それからセリカとリリィを見據えた。
「私には何のことだかさっぱりわかりませんわ。でも、おめでとうございますリリィ様。侯爵夫人となれば、それなり以上の振る舞いや知識を要求されます。どうぞじっくり教育をけてくださいませ。上流社會の暮らしには縁遠かったという點ではセリカ様も同じでいらっしゃいますから、お二人が仲良くなられるのも道理ですわね」
「な……っ! 相変わらず失禮なね! 何よ教育教育って、夫を支えるためにはさえあれば問題ないのよっ!!」
セリカが顔を真っ赤にして唾を飛ばす。リリィは言葉もないらしく、口をぱくぱくさせている。3人の兄たちがミネルバを見て「よく言った」とばかりに微笑んだ。
めまいがするほどの屈辱をじてはいたが、ミネルバはあくまで平靜を保った。セリカとフィルバートから矢のように降り注ぐ嫌味を聞き流し、極めて禮儀正しく振る舞う。フィルバートいわくの『可げのない』を貫き通し、お茶會はようやく終盤を迎えようとしていた。
わけのわからないリズムの音楽が、とにかく煩かった。しかしミネルバは扉が開く音をかろうじて聞き取った。
自分たちが最後に到著するように呼ばれたのだと思ったが、遅れてきた客がほかにもいたのだろうか?
「これは一何の集まりだ? ここにいる連中は全員頭がおかしくなっているのか?」
太く、低く、よく通る男らしい聲がした。
背が高くて足の長い、がっちりと引き締まった型の紳士が、驚いたように辺りを見回していた。
おろし立てのようにぱりっとした上著と長ズボン、きっちり結ばれたクラバット、れなく整えられた髪。立派すぎるほど立派な紳士だが、目つきがどうにも鋭すぎる。
だらしない格好で椅子に座っていたフィルバートがはっとを固くして、慌てて立ち上がるのが見えた。
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