四頭の大きな黒馬に引かれた、グレイリング帝國の紋章りの勇壯な馬車の到著に、バートネット公爵家の使用人たちは騒然となった。

執事が張した面持ちで玄関扉を開ける。エントランスには三つ揃いの黒い制服を優に著こなす男達が並んでいた。

背が高くほっそりした、穏やかな容貌の中年男が前に進み出る。

「私はジェム・キャンベルと申します。グレイリング帝國の皇弟殿下であらせられる、トレヴィシック公爵の使いで參りました」

「ようこそおいでくださいました。皇弟殿下からの使者をお迎えできて栄でございます」

父サイラスが威厳をもって応対する。

使者キャンベルは穏やかな笑みを浮かべた。

「バートネット公爵様に皇弟殿下からの書狀を、ご息ミネルバ様に贈りをお屆けに上がりました」

玄関先の様子が見渡せる控えの間に移し、事のり行きを見守っている３人の兄たちの瞳が悪戯っぽい輝きを放った。ジャスティンの予想はどちらも正解だったのだ。

ミネルバも兄たちと一緒に、大型のトランクやいくつもの箱を運び込む人々の姿を盜み見た。捻った足首の合はずいぶんよくなり、ほぼ普段通りの歩き方ができるようになっている。

ルーファスの使用人たちは長居をしなかった。彼らは短時間で目的を果たすと、禮儀正しくお辭儀をして帰って行った。大広間に山ほどの贈り、そして父の手の中に、見るからに特別製の紙に封蝋した手紙を殘して。

「ほらミネルバ、父上がルーファス殿下からの書狀を読んでいる間に、贈りの中を確認しよう？　侍たちにも手伝って貰わないと、包みを開けるだけでもひと仕事だ」

「え、ええ……」

コリンに促されて、荷の運び込まれた広間へ移する。ずらりと並べられたトランクや箱の數があまりに多いので、ミネルバは思わず息をのんだ。

「こんなにたくさん……お詫びの品なんて必要ないのに……」

「お詫びの意味だけではないと思うが。おお、これはグレイリングの帝都デュアートのファッション地區にある、有名な服飾店『リヴァガス』のトランクじゃないか？」

ジャスティンが嘆の聲をあげる。マーカスもトランクや箱を眺めてうなずいた。

「ファッションにうとい俺でも知っているぞ。最高級の品々ばかりを扱う店で、手ごろな価格の商品はなにひとつ置いていないそうじゃないか」

「僕も知っている。ここはたしか、個的なデザイナーさんがいる店だよね。ミネルバがファッションプレートを取り寄せては、うっとり眺めてたのも知っているし」

コリンがミネルバの肩に手を置いて、この狀況を楽しめとばかりに悪戯っぽく笑った。

ちなみにファッションプレートとは、最新の流行のドレスや裝、髪型などが描かれた版畫のことだ。

帝都デュアートのファッション地區は流行の発信地で、どの店もグレイリング帝國の皇族や貴族の予約で埋まっているらしい。

特に『リヴァガス』はミネルバが一度でいいから訪れたいと思っていた店だった。小國アシュランの貴族にすぎない自分には、夢のまた夢だったけれど。

侍たちに手伝ってもらい大型のトランクや、包裝紙とレースで縁取られた箱を開けていく。蓋を開けるたびに若い侍たちは興した聲をあげた。

繊細な刺繍を施したカシミアのショール、ベルベットの手提げ袋、らかい子山羊革の靴、皮の縁取りがついたコート。そして、とりどりのしいドレスたち。

「なんてすてきなのかしら……」

ミネルバは激して、一番手前にあるドレスの生地に指を走らせた。

たった一週間という短い期間に、これだけの裝を揃えるだなんて。『リヴァガス』のお針子に特別料金を支払って、夜中まで働いて貰ったに違いない。どれだけの費用が掛かったのかと思うと背筋が寒くなるほどだ。

「これを見ると、アシュランの仕立て屋のドレスはつくづく野暮ったく思えるな。早速著たらどうだミネルバ、どのドレスもお前に似合いそうだ」

「え、ええ」

ジャスティンに促されて、ミネルバは侍とともに別室に移した。喜びで顔が赤くなるのをどうにも抑えられない。

急いで著付けて貰ったドレスは、ミネルバのに申し分なく合っていた。

きっとルーファスは、王宮西翼の侍頭からミネルバのサイズを聞き出したのだろう。彼は王太子妃教育をけていたころのミネルバの世話をしていたし、お茶會の日も間に合わせの著替えを用意してくれたから。

「本當にすてき……夢みたい……」

鏡を見ると、まるで魔法のような変化が起こっていた。そこに映っているのは、都會的で洗練された娘だ。

春に咲く薔薇のような淡いピンクのアンダードレスに、手の込んだ刺繍を施した銀のオーバードレス。無數の寶石のようにちりばめられたビーズ刺繍が、小さな薔薇をいくつも描き出している。ドレスの襟ぐりは淺めで、清楚で上品な雰囲気を醸し出していた。

不思議なことに、スタイルまでよくなったように見える。自分でもわかっていなかった魅力を引き出してくれたみたいだ。アシュランでは當たり前の、ハイネックで長袖の古典的なスタイルで、ごろやスカートにリボンや布の花をごてごてと飾ったドレスは、ちっともミネルバに似合っていなかったのだと痛した。

兄たちの元へ戻ると、彼らは「神のようだ」とため息をつき、いくつもの表現を繰り出してミネルバのしさを褒めそやした。

ちょうど広間にってきた父と母が「おお」「まあ」と驚愕の聲をあげた。

「なんというしさだ。これならば、グレイリング帝國の社界でも霞むことはなかろう」

「ええ、ええ。まるで春の妖のようね。これほど魅的な娘ならば、皇弟殿下の心をかきすのも無理はないわ」

両親の言葉にミネルバは首を傾げた。父サイラスが咳ばらいをして、ミネルバと３人の兄たちを見回す。

「お前たちに伝えなければならないことがある。三日後、この屋敷でルーファス・ヴァレンタイン・グレイリング皇弟殿下をおもてなしすることになった。ミネルバは念に貌を磨くように。ジャスティンたちには準備の手伝いを頼みたい」

ミネルバの心臓がどきんと跳ねた。ざわつくを懸命に落ち著かせようとしたが、すぐに無駄な努力だとわかった。