《婚約破棄された崖っぷち令嬢は、帝國の皇弟殿下と結ばれる【書籍化&コミカライズ】》8.黒い影

無數の星が発したかのようなが炸裂する。水晶から飛び出した青いが、水柱のように噴き上がった。

「國王夫妻の魂にべっとりと張りついた、セリカの汚い魔力を洗い流してやる!」

ロアンの力が、怒濤のような勢いで國王夫妻のに流れ込んでいく。

キーナン王の無數にしわが寄った口から、どす黒い影のようなものが出てきた。オリヴィア王妃の口からも、ねっとりとした黒い影が吐き出される。

「セリカの魔力が出てきた! この力の種類は……やっぱりな。あの、心をる能力に長けてやがる。心を支配してにも影響を及ぼす、魅了能力の亜種だっ!」

うごめく黒い影を見ながら、ミネルバは背筋に走る震えを抑えることができなかった。

を狙う鷹のように鋭い目で影を睨みつけていたロアンが、両手を高々と突き上げた。黒い影に向かって、流星群のように青いが降り注ぐ。

ロアンの魔力と怒りが火花を散らし、影に無數のが開くほどの衝撃を與えた。

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ミネルバはが焼けこげるような臭いをじ、誰かが激しく苦悶する聲を聞いた気がした。もしかしたら呪いが返ったのだろうか。邪悪な呪いを國王夫妻の心に忍びこませていたセリカが、いままさに降臨の地で苦しんでいるのだろうか。

「よし、完全に消えた! いまですよ殿下、パパッと結界張っちゃってくださいっ!」

ロアンが後ろに飛びのいた。

「よくやったロアン、あとはまかせろ」

ルーファスが躊躇することなく前に飛び出し、さっと右手を振った。

ミネルバは悲鳴を上げそうになった。ルーファスの手のひと振りで白い霧のようなものが現れ、大きな円を描くように國王夫妻を取り囲んだからだ。

ルーファスが振り返って、驚きにを粟立てるミネルバに笑いかけた。

「魔除け効果のある翡翠を『』にして、簡易な結界を張ったんだ。セリカの魔力はロアンが完全にはじき返したが、あのが再度侵を試みる可能が消えたわけじゃない」

ミネルバは顔がこわばって口がきけず、うんうんとうなずくことしかできなかった。

(ま、まさかルーファス様まで特殊能力の持ち主だったなんて……っ!)

世の中には説明のつかない現象があることは、いまさっき散々目の當たりにした。自分の目で見ても信じられないような超常の力だ。

(しっかりしなさいミネルバ、ルーファス様はロアン君のような人材を束ねているのだから、同じような力を持っていてもまったく不思議ではないわ……っ!)

ミネルバは心で、狼狽している己をしかりつけた。それでもの鼓れ、興で速くなった脈はしばらく落ち著きそうにない。

呆然としていた執事のアントンや使用人たちが、我に返って騒ぎ始めた。

「お、王様は……王妃様は、だ、大丈夫なんですかっ!?」

ミネルバは天蓋付きのベッドに視線を戻した。國王夫妻の顔つきは穏やかになっているが、まだ意識を取り戻す気配はない。

ジェムが「大丈夫ですよ」と安心させるような聲を出した。

「意識はゆっくり戻ります。なにしろの機能が低下していますからね、しばらくはぼんやりしたままでしょう。意識が戻ったら調不良を訴える可能が高いので、私がいまから言うものを用意してください。まずは──」

ジェムがてきぱきと指示を出す。アントンたちが慌ただしくき回る中で、ロアンがふらふらと壁際まで歩き、がくりと膝をついた。

「つ、疲れた──……」

ロアンはぜいぜいと息を切らし、顔には汗がにじんでいた。ルーファスも壁にもたれかかり、を震わせながらゆっくりと息を吐いた。

「私もだ。し休もう」

そう言ってルーファスは座り込んだ。

どうやら特殊能力を使うと、かなり力を消耗するらしい。ミネルバは彼に近寄り、屈みこんで目の高さを合わせた。

「ミネルバ、驚かせてすまなかった。子どものころからとある事で、自分のは自分で守らなければならないことが多かったものだから……守りを固める能力が人よりもちょっと優れているだけなんだ。でも自慢できるような強さじゃないから、あの結界も半日くらいしか持たない」

ルーファスが恥ずかしそうな口調で言った。

ミネルバが口を開こうとしたとき、ロアンが「ああっ!!」と大きな聲をあげた。びっくりして彼のほうを見ると、右手にのせた水晶に亀裂がっていた。一本、またもう一本と亀裂が増えていく。

「ああああぁ……やっぱり割れたかあ。これさえなきゃ、もっと大がかりに活できるのにいぃ! ルーファス殿下、もっと強力なを見つけてくださいよぉっ!」

「それは今後の課題だな。ロアン、そんなに長くは休んではいられないぞ。時間がありあまってるわけじゃないからな、急いで目的のを探し出さないと」

ルーファスがしっかりしろと言わんばかりの目でロアンを見る。ロアンが小聲で悪態をついた。

「もうへとへとなのに、だだっ広い東翼じゅうを探し回るなんて……ああ、千里眼の持ち主が仲間にいればなあ……」

「あの……なにか探さなくてはいけないものがあるんですか?」

ミネルバは思わず首をひねった。探しってなんだろう、セリカの魔力は返したのに、まだ隠れている存在があるのだろうか。

ルーファスが黒い瞳でミネルバを見て、「ああ」と小さくうなずいた。

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