「グレイリング帝國は屬國に対し、異世界人を召喚するを記した書の閲覧と所持を止している。しかしフィルバートは王太子として、そういったを知りやすい立場にあった。なぜならばアシュランの歴代國王が止令を破って、書庫の奧深くに書を隠し持っていたからです」

國王夫妻に向けたルーファスの目には、強烈な非難がこめられていた。アシュラン王國が書令を破っていたことは、兄たちの調査によって発覚した。

キーナン王の顔がみるみる青くなった。突き付けられた事実に、強い衝撃をけたことは間違いがなさそうだ。

「ま、待ってください！　書が書庫に……？　私はそのようなこと、本當に──」

「知らなかったとしても、何の言い訳にもならない」

ルーファスがぴしゃりと言った。

「たしかに、フィルバート以前に書を持ち出した形跡はなかった。彼が愚かな行為をするまでなら、知らなかったという説明で納得できたかもしれないが」

オリヴィア王妃の肩が震えている。彼の目の奧からは絶が見て取れた。

「あなた方はこれまで、フィルバートの愚行を『若さゆえの無知』のせいにして庇ってきた。しかしグレイリングは、屬國が定めた規則をきちんと守ることを條件に、ある程度の政自治を認めているにすぎない。先祖が書令を破ったことだけなら狀酌量の余地もあっただろうが、実際に異世界人召喚を行うことは重罪だ。グレイリング勢力圏の平穏を破る行為を許すわけにはいかない」

「あの子はなぜ、そんな馬鹿なことを……」

王妃の顔には、いまや絶がはっきりと浮かんでいた。彼がどんなに孫を庇いたくても、自分も命を狙われた事実を避けて通ることはできない。フィルバートの裏切りは、彼のをずたずたに引き裂いたに違いない。

「あなた方がどれだけ忠誠を盡くしてきたかを、我が父グレンヴィルは十分に承知している。だが、それに自信を持ちすぎましたね。正式な処分は現皇帝である兄トリスタンが下すが──なく見積もっても、フィルバートは廃嫡を免れないでしょう」

ルーファスがい口調で告げる。

「キーナン王。賢明な君主だったあなたの、ただひとつの非合理な行。それはフィルバートを甘やかし続けたことだ」

「……返す言葉もございません……」

キーナン王はがっくりとうなだれた。孫の不屆きなふるまいを許し、宗主國に対して弁解までしてきたことが、結果として大きな災いをもたらしたのだ。

壯年期の國王夫妻の非の打ちどころのなさは有名だった。能力も量も申し分なく、あらゆる責務を完璧に果たしてきた。國民にとって最善と思える道を選べる人たちだった。

しかし息子夫婦を喪って、彼らの世界はフィルバートを中心に回り始めてしまった。

すべてのことは、國王夫妻が親を亡くした孫息子を育てるのに相応しい人ではなかったせいなのだろうか。あるいはフィルバートが生まれつき愚かだったせいか。召喚陣から現れたのがセリカだったせいか。

キーナン王が顔を上げた。もはや全の力を振り絞らなければ姿勢を保っていられないようだ。

「私は……何があろうとフィルバートを守ろうと強く心に誓って……しかしあの子は人の上に立つではなく……張りで怠け者で、後継者としての能力などまったく持ち合わせていなかった……」

キーナン王が両手を握り締めた。の震えを必死で止めようとしているのだろう。

「小さなころは人のにることも苦手で……友を知らずに育ってほしくなかった。だからあの子の周囲を、末永く支えてくれる優秀な人材で固めようと思った……」

「それでバートネット家の三兄弟を側近に選んだと？　同年代の子どもが王太子の未來を託されて、どれほどの負擔をじたことか。多なりとも考える力があればわかりそうなものなのに」

ルーファスは呆れたような口ぶりだった。

だがキーナン王は衝撃と落膽があまりに大きすぎて、ルーファスの言葉もほとんど聞こえていないようだ。

「息子が生き返ってくれれば……何度そう願ったか知れません。しかしそれは葉わぬみ……だからミネルバを婚約者に選んだ……。頭がよくて気骨がある娘だから、フィルバートに正しい決斷をさせてくれるだろうと期待して……。あの子ひとりでは、たやすくペテン師の餌食になってしまうと思ったが、予想通りだった。やはりミネルバを王太子妃にするべきだったのだ……」

キーナン王の目からが消え失せている。オリヴィア王妃が手で顔を覆って泣き始めた。

ルーファスが指先でこめかみをみ解す。

「キーナン王、オリヴィア王妃。會話を続けようにも、あなた方は理が不足しているようだ」

ルーファスはひどく怒っているようだ。聲を荒げずとも、相當な恐ろしさをじる。國王夫妻ははっと我に返り、石のように強張った顔でルーファスを見た。

「あなた方がフィルバートを育てるにあたって、理ではなくで行してきたことがよくわかった。フィルバートが自己中心的で無責任なのは、あなた方に似たのだ」

ルーファスが靜かに立ち上がった。國王夫妻が息をのむ。ミネルバも脈拍が速くなるのをじた。

「たった７歳のミネルバに一縷のみを託しただと？　十年も辛酸を舐めさせられた彼が、あなた方にどれだけ幻滅し、傷つけられたか理解していますか？　セリカの呪いはすでに消えた。ひとかけらでも良心の呵責があるなら、まずは彼に謝罪するのが筋ではないか。あなた方の罪深さは、殘りの人生のすべてをミネルバへの贖罪に費やしても間に合わないほどだ！」

室にルーファスの聲が響き渡った。冷たいまなざしが、ルーファスの顔をいっそう険しく見せていた。