《婚約破棄された崖っぷち令嬢は、帝國の皇弟殿下と結ばれる【書籍化&コミカライズ】》1.婚約式當日

いよいよ婚約式の日がやってきた。ここまでずいぶん時間がかかった気がするが、今日は終わりではなく始まりの日だ。

「なんて綺麗なのかしら……」

ソフィーがため息をつきながら一歩後ろに下がる。テイラー夫人がうなずき、誇らしげな表になった。

ミネルバは鏡の中の自分を見た。宮殿の裳係が心を注いで準備したグレイリングの伝統裝は、人生が大きく変わる日の裝いにふさわしい豪華さだ。

この伝統裝は、普段ミネルバたちが著ているドレスの原型になっている。しかし男共通のデザインであるため、スカートのように見える部分は、実はの割れたズボンだ。かなりの長さがある裾は、踏まないように注意しながら歩かなければならない。

上から羽織るローブは、袖が長くて広い。グレイリング家の象徴である龍と鷲が、金糸と銀糸で刺繍されていた。

そして鷲をモチーフにしたティアラには、千個以上のダイヤモンドが使用されている。広がる翼のような形の、見事な逸品だ。シックでありながらモダンでもあり、時代を超越している。

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ティアラは皇族だけが著用を許される裝飾品だ。ミネルバが著用しているものは、エヴァンジェリンもセラフィーナも自らの婚約式で使ったものであるらしい。グレイリング家にとって特別な意味のある、先祖伝來の家寶なのだそうだ。

無數のきらめきに視線が吸い寄せられ、ミネルバはうっとりとせずにはいられなかった。これを作り上げた職人の技の巧みさに、畏怖の念を覚えるほどだ。

「ミネルバとルーファス殿下の婚約式は、お祝い事というより國家行事ですものね。準備を手伝えた上に、付添人として一緒にいられるなんて名譽なことだわ」

ミネルバのであり、かけがえのない親友であるソフィーが、慨深そうな聲を出した。

「婚約式程度でしている場合ではありません。今日の後に待ちける結婚式に至っては、世界的行事ですよ」

テイラー夫人が言った。彼はミネルバの裝をつまんだり引っ張ったりして最後の調整をし、自らが時間をかけて結い上げたミネルバの髪を検分している。

ソフィーの言う通り、これから行われる婚約式には國の貴族が集まる予定だ。それだけでも相當數の參加者が見込まれている。

「いいですかミネルバ様、婚約式に必要なことはすべて覚えたとはいえ、ここで満足してはなりません。あなた様のには、グレイリングのが流れているわけではない。周囲を納得させるためにも、完璧の域に達する努力を続けなくてはならないのです」

「テイラー夫人……。今日のようなおめでたい日に、そのように厳しいことをおっしゃらなくても……」

ソフィーがおでこに皺を寄せる。ミネルバは微笑んだまま振り向いて、ソフィーとテイラー夫人を順番に見た。

「ソフィー、今日の婚約式のために全力を盡くしてくれて、心からお禮を言います。本當にありがとう。そしてテイラー夫人、私が皇弟妃としての責任を負えるよう、これからも厳しく躾けてくださいませ」

ミネルバは優雅な仕草で、二人に向かって頭を下げた。

「私、この前のカサンドラの一件で思い知ったんです。自分がどんな世界に飛び込むのか、わかっているようで完全にはわかっていなかったのだと。そして、エヴァンジェリン様がテイラー夫人を教育係に選んでくださって、本當に幸運だったと」

「私が教育係で、幸運ですか?」

テイラー夫人が興味深そうな顔つきで聞き返した。

「私が『厳しすぎる教育係』だと言われていることは、ミネルバ様もご存じでしょう。どんな良家の令嬢でも、私の前では萎するほど。尾を巻いて逃げ出した人數は、多すぎて覚えていないくらいですよ。あなた様は意外にも気のある生徒でしたが……これから先ルーファス殿下に泣きつく可能はゼロではないと、私は意地悪く考えておりますが?」

意地悪なことを言うテイラー夫人を、ソフィーはおろおろと見つめるばかりだった。ミネルバはひとつうなずき、落ち著きと厳粛さの漂う聲で答えた。

「私には、テイラー夫人がこうおっしゃっているように聞こえるのです。この機會に乗じろと。信頼は自分の力で勝ち取れと。テイラー夫人の教育に耐えきった淑は皆、社界に大きな影響を與える存在になっていらっしゃるはず。彼たちの仲間に迎えれられるかどうかは、私の努力次第だと……」

テイラー夫人の教育は確かに厳しいが、たくさんのことを教えてくれる。心を強くしてくれる。

同じ師について學んだ人たち──テイラー夫人の教育法が若い世代に人気がないことを考えると、かなり年上に違いない──にれられたら、ミネルバにとって大きな助けになるだろう。

ミネルバの言葉に、テイラー夫人はふんと鼻を鳴らした。

「それは期待しすぎです。私はたくさんの生徒をけ持ってきましたけれど、いまも繋がりがあるのはごくわずかのもの。しかしながら……その全員が、見くびってはいけない相手ですけれどね。あのカサンドラ嬢でさえ、しかるべき敬意をもって接しなくてはならないばかりです」

テイラー夫人が肩をすくめた。

「私がいくら頼んでも、彼たちはあなた様に見込みがあると判斷しなければ、けっして味方にはつかないでしょう。私という存在を出発點として、お互いをよく知ることができるよう、手助けくらいはしてあげますが……信頼はご自分で勝ち取ってくださいませ、ミネルバ様」

おろおろし続けるソフィーと、思わず苦笑いしたミネルバを見ながら、テイラー夫人がいたずらっぽく目をらせる。

「短い間とはいえ、私が知識を叩き込んだのですから。口うるさい社界の面々の前に出しても恥ずかしくはない程度にね。私の教育係としての資質に疑問符がつくようなことには……まあ、まずならないと信じています」

「あのう、テイラー夫人。それは遠回しに、非常に回りくどく、ミネルバには見込みがあるとおっしゃっているのですわよね……?」

ソフィーがおずおずと尋ねると、テイラー夫人は「さあどうでしょう」と答えながらも、優しい笑みを浮かべた。

ミネルバもふふっと笑って、それから口を開いた。

「あなたがた二人の助けがなければ、今日の私はありませんでした。ソフィー、あなたのような寶を見出せるとは、アシュランを出るときには思ってもいなかったわ。テイラー夫人、あなたを師と仰げることを、私はこれから先ずっと謝し続けるでしょう」

ミネルバはもう一度頭を下げた。こんなに素晴らしいと教育係を授けてくれた神に、心から謝しながら。

顔をあげ、三人で微笑みをわす。

「さあ、そろそろ移しなくては。ルーファス殿下が首を長くして待っておられるに違いありませんから」

テイラー夫人の言葉に、ソフィーが「そうですね」と笑った。

ミネルバはなんだか力がみなぎってくるのをじた。いままさに蛹から羽化しようとしている蝶になった気分だ。

「ええ、行きましょう」

ミネルバはルーファスが待つ部屋へ向かって歩き始めた。伝統裝を初めて著たときとは打って変わった、優な裾さばきができるようになっていた。

新年あけましておめでとうございます。読者の皆様にとって、すばらしい一年になりますよう心からお祈り申し上げます。

次回更新は7日(金)の予定です(これまで通り2~3日おきの更新となります)

楽しんで頂けるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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