ってきたのは、いかにも人畜無害そうな男だった。小脇に布袋を抱えている。

一見しただけでは、年齢も職業も推測できない。裕福には見えないが、かといってみすぼらしくもない、街中のどこにでもいそうな人だ。

「紹介しよう、ジミー・ルウェリンだ。こう見えて、専門的な能力のある諜報員なんだ」

ルーファスがミネルバたちを見回しながら言った。男が照れたように頭を掻く。

「ええまあ、どんな人間にもなりすませるのが特技でして。ディアラム家の新しい使用人に扮して、ロバートを偵してきました。私は鍵を開けるのが非常に上手くてですね、どんな扉も通り抜けられます。その能力のおかげで、々と面白いものを見つけましたよ」

無害そうに見えるからこそ、ジミーは優秀な諜報員なのだろう。彼がロバートを監視して、あらゆる報を集めてくれたのだ。

「地元の治安判事は、こういった調査には慣れておりませんからねえ。さてさて、まずはロバート・ディアラムの人となりについてですが。ありゃあ正真正銘のクズですね、関係はかなり派手です。本人はうまく隠しているつもりでしょうが、分の低い娘相手に、悪魔ですら恥じりそうな真似をしています」

ソフィーが震いした。マーカスが咄嗟に手をばし、彼の手を握り締める。

「ディアラム家の財産は鉱山と溫泉地で築かれたものですが、財政狀況は良くないですね。鉱山の収益は年々減しているし、溫泉地はどこもかしこも老朽化してきている。強い人気はありますが、早晩客足は衰えるでしょう。おまけにロバートは、金を貯めるより使う方が得意だ」

ジミーは宙を見ながら言った。集めてきた報を、頭の中で反芻しているのだろう。

「ロバートとソフィーさんとの婚約が立したのは、およそ四か月前でしたね。その時點でもう、ディアラム家は財政難でした。報が表に出る前に、急いで婚約をまとめたようです」

「なんてこと……あの人、自分が理想的な婚約者だと、お父様と私に信じさせたんだわ。ロバートは、私の持參金が目當てだったということですか？」

「そんなもんじゃ腹の足しにもなりませんよ。なんせ借金が巨額ですから」

ジミーが顔の前で手を振る。そして彼は言葉を続けた。

「まあね、ロバートには商売の才覚はあったんです。ここのところ、ディアラム家に大金がっています。しかし、これがどうも、通常ではない支払いなんですなあ。怪しい帳簿を見つけたものの、何に対する支払いかさっぱりわからない」

「鉱山から取れる銀や鉛、溫泉地絡みの売り上げではないということですか？」

マーカスが尋ねた。ジミーが「そうそう」と軽快に応じる。

「徹底的に調べましたが、そっちとは関係なさそうです。しかしロバートは、誰かから金をけ取り続けている。さあて、奴は何を売ったんでしょうねえ」

ミネルバの頭の中で、様々な可能が駆け巡った。領地に有名な溫泉地があり、人脈は築き上げているはずだだ。

（人が集まるところにつきものの歓楽街。いかがわしい酒場、娼館、賭場……そこに集まる、観地で解放的になった人々……）

今度はミネルバが震いする番だった。をこわばらせ、恐る恐る口を開く。

「ロバートが『誰か』に売っていたのは……溫泉地を訪れる貴族たちがらした『報』ですか？」

「ご明察の通りでございます！　いやあ、さすがは未來の皇弟妃様、頭の回転がお速い！」

ジミーはパチパチと手を叩いた。

「ロバートの奴は、娼婦や居酒屋の看板娘ともねんごろになっておりましてねえ。貴族の連中が閨房でらした自慢話や、酒のつまみの噂話が、金になることに気付いたんでしょうな。なにしろディアラム家の領地は辺境の橫っちょ、帝都からは遠く離れております。解放的になった人々から、思いがけない寶になる報も転がり込んでくるようで」

「とことんクズだな、信用も何もあったもんじゃない。そんなことをしているのが発覚したら、観地としての価値は地に落ちるだろうに」

マーカスが吐き捨てた。

ルーファスが「ああ」と同意する。

「報を売るのは、ロバートにとっては儲かる商売……となれば奴の顧客である『誰か』が、ギルガレン家の地下通路のをしがった可能が高い。しかしジミーの潛中に、ロバートが誰と接しているのかはわからなかった。國の誰かかもしれないし、あるいは……ガイアル帝國の人間かもしれない」

これで點と點が繋がった。ミネルバは鳥が立つのをじた。

貴族の噂話を売る程度なら、信用を失うだけで済むかもしれない。しかし國防に直結する報を『誰か』に売り、これからも売ろうとしているのなら、それは明らかに反逆行為だ。

「証拠になりそうな書類や、娼館や賭場の利用者名簿、宿帳なんかは、いくつか持ち出せました。抜き取った部分には私がこしらえた偽がってますんで、しばらくは大丈夫でしょう。私は偽造も大得意なんですよ。怪しい裏帳簿は、さすがに危険すぎて持ち出せませんでしたが」

そう言ってジミーは、小脇に抱えた袋から書類の束や帳簿類を取り出した。

ご心配おかけしておりますが、私は元気です。

隙間時間に書き溜める生活で、次の更新がいつになるか明言できませんが、なるべく早く頑張ります。