《婚約破棄された崖っぷち令嬢は、帝國の皇弟殿下と結ばれる【書籍化&コミカライズ】》1.不思議な眼力
「ルーファス殿下とミネルバ様は、完璧な組み合わせですわねえ。非の打ちどころがありませんわ」
ロスリー辺境伯夫人デメトラが微笑みながら扇を揺らす。『グレイリング貴族名鑑』によれば、彼はバッドル公爵家出の誇り高き老婦人だ。
デメトラは『実はね』と言って、ぱちんと音を鳴らして扇を閉じた。
「私にはちょっとした特技があるのです。若いお二人を見て、お似合いかどうか判斷できるの。ロスリー辺境伯領では『世話焼きおばさん』なんて呼ばれていましてね。上手く行く二人には、獨特のオーラのようなものがあるんですよ」
「まあ。デメトラ様は、オーラが見ることができるのですか?」
ミネルバは思わず目を瞬いた。護衛として後ろに控えているロアン、そしてきらびやかに裝った貴族たちが、聞き耳を立てる気配が伝わってくる。
公爵家出で、東方國境の防衛を擔うロスリー辺境伯家を切り盛りするデメトラは、した威厳を漂わせながらうなずいた。
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「ええ。ほんのしですけれどね、エネルギーの波のようなものが見えるんです。お似合いのカップルは、それがぴったり重なって共鳴し合っているの。ルーファス殿下とミネルバ様の波は、完全に調和しているわ」
周囲から小さなどよめきが上がった。貴族たちはデメトラの発言に興味津々で、さりげなさを裝ってを乗り出している。
ルーファスとミネルバの絆をいっそう強くした『婚約式』から一か月近くがすぎ、今日は宮殿での大舞踏會が開かれていた。グレイリング貴族がひとり殘らず集まる盛大な催しだ。
祝杯を挙げ、皇弟殿下の婚約にふさわしい祝いの言葉をわし、素晴らしい音楽とダンスを堪能した後の、のんびりとお喋りを楽しむ時間になっている。
デメトラは何人もの視線が集中していることなどまったく気にしない様子で、さらに言葉を続けた。
「ルーファス殿下にとって、ミネルバ様はまさしく『魂の伴』ね。人は最高のを手にれると、それ以下のでは満足できなくなりますから。邪魔者のり込む余地などありませんわ」
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じっとデメトラの話を聞いていたルーファスの口元に笑みが浮かぶ。
「嬉しい言葉をありがとう、ロスリー辺境伯夫人。たしかに私は、ミネルバに出會っての真の意味を知りました。彼への思いと比較できるようなを、かつて覚えたことはなかった」
「そうでしょうねえ。ミネルバ様は、殿下に真の幸せをもたらす方ですわ。お二人の未來はに満ち、申し分なく充実するはずですよ」
デメトラは自信満々だ。白髪混じりの髪をきっちりと結い上げ、しわが刻まれた顔には知の輝きがある。
恐るべき有能さの持ち主と評判だが、普段はロスリー辺境伯領に閉じこもっていて、滅多に帝都には出てこないらしい。國境防衛に盡力する夫を支えるために、すべての時間を捧げているのだ。
ロアンがミネルバに、そっと耳打ちをした。
「この人の眼力、僕は本だとじます。特殊能力の一種でしょうね。自分ではちょっと勘が鋭いだけだと思っているみたいだけど」
ロアンのオッドアイには、面白がるような表がきらめいている。ミネルバは小さくうなずいた。
デメトラには突出したカリスマがある。それは彼の高い分のせいだけではなく、特殊能力の持ち主であることも関係しているのだろう。
ルーファスとお喋りを続けていたデメトラが肩をすくめた。
「結婚相手を選ぶ際に、オーラの相は何より重要な問題なんですよ。けれど貴族社會では、お金や地位、政治や経済的な利益が優先されるでしょう? 私に縁結びを頼もうという型破りな貴族は、あまりいらっしゃらないの。領地には、私が予言した通り幸せな結婚が現実のものとなったカップルが、大勢いるのですけれどね」
そう言って苦笑するデメトラの顔はいかにも頑固そうだ。
自分の直──特殊能力を當然のものとしてけれ、確固とした獨自の世界を持っているらしい。変わり者と呼ばれることもあるに違いないのに。きっと、とびきりタフで打たれ強い格なのだろう。
「たとえば、そちらのお二人。オーラの相という観點では、きっと上手く行くわ」
デメトラが視線を移する。彼に見つめられた次兄のマーカスとのソフィーが、二人揃って息を呑んだ。
「ほ、本當ですか?」
ソフィーが頬を染め、自らの左手の薬指を見た。マーカスから贈られた婚約指がっている。
マーカスが顔を輝かせ、し合っていることを語るようにソフィーの肩を抱いた。
「そのお言葉を聞けて、どんなに嬉しいか。私の隣こそが、ソフィーが永遠にいるべき場所……そうは思っても、諸々の事で不安になることもあるんです。でも、勇気が湧いてきました。彼を幸せにするために、これからも努力を怠りません」
ソフィーが気恥ずかしそうにをめ、それから「私も頑張ります」とを張る。互いに信頼しきった様子で寄り添う二人を、ミネルバは微笑ましい思いで眺めた。
「ロスリー辺境伯夫人。よろしければあなたの助言をいただきたいのですが」
そう言いながら前に出てきたのは、大舞踏會のためにアシュラン王國からやってきた末の兄コリンだ。彼の顔には明るい輝きが浮かんでいる。
「私は長兄の花嫁探しに奔走しているのですが、中々これというが見つからず、途方に暮れておりまして。本當はじっくり時間をかけてふさわしい相手を選びたいのですが、諸般の事で急いでいるのです」
「あらあら。つまり私のアドバイスを、切実に必要としていらっしゃるということね?」
デメトラがきらりと目をらせる。彼はジャスティンに目を向け、上から下まで眺めた。
「この場には、グレイリング中から年頃のお嬢さんが集まっていますからね。『鶏口となるも牛後となるなかれ』ということわざもありますし、アシュランの王太子妃になりたがる娘さんもいるでしょう。ジャスティン様は、どんなが好みですの? よさそうなお嬢さんとのオーラの相を見て差し上げるわ」
「いえその。わ、私は──」
ジャスティンが戸っているのは明白だった。周囲では、男爵や子爵といった下位貴族のきが騒がしくなっている。この大舞踏會を、自分の娘をジャスティンに引き合わせる絶好の機會と考えている者たちだ。
彼らの娘はみな人で、しいドレスを完璧に著こなしていた。
ジャスティンは貌と優秀な頭脳と立派なを兼ね備えている。アシュランは屬國とはいえ、歴史も古く財政狀況も悪くない。宗主國グレイリングの下位貴族の娘にとっては、最も結婚したい獨男のひとりだ。
「──そうですね。自分より他人を優先する慈悲深さのある。意に沿わないことは決してけれない強さと、向上心のある」
ジャスティンは考え込むようにそう言った。
「しっかりした意思を持っているが好ましいですね。気迫……と言えばいいのだろうか、誇り高いオーラのある人がましい。私と対等な関係を築いて、一番の親友になってくれるような」
「ふーむ。つまり、申し分のない人格が必要ということね。自分のより國のことを優先できて、頭脳明晰なお嬢さんとなると……」
デメトラの顔から笑みが消え、真剣な表になる。彼はわずかに目を細め、大広間をぐるりと眺め回した。
大変お待たせいたしました、第3部の連載スタートです。ジャスティンの嫁問題がようやく進展します(かなり波瀾の予)
単行本第2巻の発売日は8月25日です。
大きなお知らせは活報告、更新日など小さなお知らせには新たに始めたツイッターを活用していく予定です。よろしくお願いします!
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