デメトラは貴婦人ならではの鋭い眼差しだ。

コリンは期待に満ちた表で彼を見つめている。ジャスティンにとって特別なを見分けて貰えれば、アシュラン王國は安泰だ。

（コリン兄様、肩に力がっているなあ。マーカス兄様がソフィーというするを見つけたから、なおさら焦っているのね）

「どうでしょうか、ロスリー辺境伯夫人。見込みのありそうなご令嬢は見つかりましたか？」

「靜かになさい。オーラを見るには、集中力が必要なのです」

コリンが口に手を當てた。デメトラの靜かな聲は、大聲で叱責されるよりずっと恐ろしい。

「……心が強く、へこたれない娘。しっかりした経歴、優れた頭脳。容姿はたまらなく魅力的。上に立つ者の義務をしっかりと理解している。いえ、まさか。彼が屬國の人間をけれて、する気になるはずが……」

大広間にいる誰かが、デメトラの心を揺さぶったらしい。小さな呟きから激しい揺が伝わってくる。

とびきりの自信家で怖いもの知らずのデメトラの顔に恐怖のが浮かんだのを見て、ミネルバたちは顔を見合わせた。

「あの、ロスリー辺境伯夫人……？」

コリンがおずおずと聲をかけた。デメトラが扇を開いて顔を隠してしまったので、どうすればいいのかさっぱりわからないのだろう。

「夫人にいま必要なのは、靜かな場所と飲みだな」

ルーファスが気を利かせてデメトラをエスコートし、大広間の最奧にある椅子に座らせる。

ミネルバは給仕係のトレイからシャンパンのグラスを取り、デメトラの手に握らせた。そして口を開く。誰にとっても聞きにくいことを尋ねるために。

「デメトラ様。長兄にふさわしいの分が、比べにならないほど高いのでしょうか？　兄はアシュランの王太子とはいえ、傍系継承ですし」

「私自ですら、王太子の地位にあるのが信じられないほどだ。屬國かつ小國の公爵令息なんかとは結婚しないと言われても、驚きはしません」

ミネルバの言葉をけて、ジャスティンが苦笑する。

「ちょっと待ってちょうだい。頭の中がひどく混しているの」

デメトラはそう言って、グラスに口をつけた。どうにか思考をコントロールしようとしているらしい。

ミネルバたちが椅子の前に立っているし、護衛たちもガードしてくれているので、貴族たちに彼の聲は聞こえないはずだ。

「たしかに、ジャスティン様にふさわしいお嬢さんの分は、この大舞踏會に來ているの中で最も高いわ。皇族方を除けば、ということだけれど」

デメトラがを張る。どうやら揺を振り払ったようだ。

「でもね、オーラの相は本當に素晴らしいの。あらゆる點で完璧。結びつくべくして結びつく相手のはずなのよ」

そう言い切るデメトラは、実に堂々として見えた。彼は「ただね」と言葉を続ける。

「そのお嬢さんは、この國で最も歴史のある公爵家の娘だから、気位が高すぎるの。グレイリングの皇族より地位の低い男に嫁ぐとは思えないのよね」

「そ、それはつまり……」

コリンが勢いよく前に出た。二の句が継げずに口をぱくぱくさせているが、彼が何を言いたいのかは理解できた。

ミネルバ自も必死で揺を抑えて、デメトラに問いかける。

「カサンドラ・メイザー公爵令嬢ですね？」

口にしたのは、この世で一番ミネルバを嫌っているだろうの名前だ。がとてつもない速さで流れるのをじる。

嫌悪の唸り聲を上げたのはマーカスだった。彼の橫にいるソフィーも、困の表で目を瞬いている。

デメトラが「そうよ」とうなずいた瞬間、ジャスティンの目が驚きで見開かれた。デメトラ以外の全員が、複雑なに一気に呑み込まれたのがわかる。

メイザー公爵家は建國にも攜わった名家で、現公爵はカサンドラを皇弟妃にしたがっていた。

カサンドラがミネルバを陥れるため、のソフィーを激しく責め立てたのは、忘れようとしても忘れられない出來事だ。

ミネルバはちらりとルーファスを見た。眉間にしわを寄せている。

「カサンドラさんのオーラは、ミネルバ様のそれとは波形が違うけれど、合いが似ているのよね。全く異なる環境で育っているのに、不思議なこともあるものだわ」

「ありえない！」

んだのはマーカスだった。彼は昔からの気が多い。

「あら。カサンドラさんのオーラがとてつもなくしいのは本當よ」

デメトラがつんと顎を上げた。

「傷だらけではあるけれど。きっと社界で、メイザー公爵とディアラム侯爵家のロバートとの関係が取りざたされているせいね。まったくヘーラルトときたら、娘が皇弟妃にならなくても、十分に権力者だったのに」

ヘーラルトというのは、メイザー公爵の名前だ。デメトラもかつては公爵家の令嬢だったわけで、若い時分に近に接したことがあるのだろう。

「ほら、ルーファス殿下が陣頭指揮をとって、ロバートを何から何まで調べたでしょう。彼が他國の諜報員と繋がっていたことも驚きだけれど。ディアラム侯爵領の溫泉地の顧客から集めた報を、ヘーラルトに売っていたと言うことの方が、社界では大問題なのよ。この舞踏會でも、貴族たちは彼らの恥ずべき行為について、侮蔑の念を伝えあっているわ」

デメトラの言葉を聞いて、ソフィーがをめた。

「ロバートは逮捕されましたけれど、メイザー公爵についてはまだ調査中ですものね。ロバートから噂話を買っていただけなら、罪を犯したわけではありませんが……」

「罪に問われないなら問われないで、貴族たちの不快を煽るだろう。メイザー公爵は今後一生、恥知らずと囁かれることになるはずだ。カサンドラ嬢のことだって、誰も特別扱いなどしなくなるんじゃないか？」

マーカスが口元を歪める。

ディアラム侯爵家のロバートは、ソフィーの元婚約者だ。彼の裏の顔を見抜いたのはミネルバで、他國の諜報員との結びつきを明らかにするために、ルーファスと特殊能力を混ぜ合わせるという偉業をし遂げた。

「ロバートはギルガレン辺境伯家の地下通路の報を、ガイアル帝國陣営のクレンツ王國に売る算段をつけていた。それについても、メイザー公爵の指示だったと主張している。公爵自は否定しているが、徹底的に調べている最中だ」

ルーファスが指先で眉間をむ。

メイザー公爵とクレンツ王國との繋がりが判明すれば、深刻で許しがたい罪とみなされることは間違いない。ミネルバは溜め息をついた。

「社界の人たちはすでに、メイザー公爵こそが首謀者だと囁いているものね。この舞踏會はカサンドラにとって、お世辭にもいい環境とは言えないわ」

ミネルバは離れた場所に立っているカサンドラを見た。

かつては大勢のごますりとおべっか使いに囲まれていた公爵令嬢は、とてつもなく孤獨に見えた。近寄る者はひとりもおらず、ただ侮蔑の視線が一に注がれている。

しかしカサンドラは、背筋をぴんとばしていた。父親が拘留中で、社界追放の瀬戸際に立たされている娘には見えない。

太のように輝く赤、一部の隙もないなり、本心を心の奧に隠したような冷靜な表。彼が優秀なで、強い心と威厳と気高さを兼ね備えていることは間違いなかった。