「素晴らしく綺麗だ……」

ジャスティンがうっとりと目を細める。自制心のたがが外れ、さっきまで泣きじゃくっていたカサンドラは、呆然と首を振った。

「あの。私、涙で化粧が完全に崩れてますよね？」

おどおどした目つきで見られて、ミネルバはちょっと戸った。だが、正直にうなずく。目元の化粧が落ちたカサンドラは──いつもとはだいぶ違った。

「私の目、なんていうか地味で。うんざりするくらい垂れているから、く見えるし。だから化粧の魔力で、クールで隙のない顔立ちに変えてたんです……」

そう言ってカサンドラは、頬から首筋、さらにはドレスの襟元からのぞくのあたりまで真っ赤になった。

もちろん彼が不量というわけではない。むしろその反対で、正統派の人だ。『あいくるしい』とか『子犬っぽい』とか言いたくなるような。

「らしいです。とても魅力的だ」

ジャスティンが力強く言う。神に向けるような熱っぽいまなざしを向けられても、カサンドラにとっては嬉しくないことらしい。

褒められるほど慘めになるのか、彼は「やめてください」と両手で顔を覆った。

「お願いですから……もうやめて」

つんと取り澄ました妖艶なの姿など、もうどこにもなかった。完璧な化粧と、スタイルのいいを包む大膽なドレスは、彼にとって鎧だったのだ。

＜わかる、わかるわ、そのコンプレックス……！＞

ミネルバはカサンドラとは逆に、つり目気味のきつい顔立ちだ。

侍たちは『うらやましいほど完璧で、申し分のない人』などと褒めてくれるけれど、これさえなければより輝けるのに──なんて思ってしまう。一から十まで完璧になりたい心は複雑なのだ。

＜わかる、わかるぞジャスティン。突然心の壁の中に閉じこもった相手に、反応できずにおろおろしているんだな＞

ルーファスがため息をつく気配が伝わってきた。

＜あのね、のコンプレックスって厄介なの。下手に褒められると逆に傷つくし、怒っちゃうの＞

＜そうして男はダメージを最小限に食い止めようとして、墓を掘るんだな＞

実際ジャスティンは、カサンドラのあまりに気落ちした聲を聞いて揺している。

だてに四人兄妹の一番上ではないから保護本能を掻き立てられているのだろうが、ここは自分が介するべきタイミングだ。

ミネルバはジャスティンに目配せをして黙らせた。

「カサンドラさん、疲れたでしょう。メイザー公爵が拘留されて、心にもプライドにも多くの傷を作っただろうし。泣くことで、ずっと抑えていたを発散できるけれど。それってとても、力を使うから」

「ミネルバ様……」

カサンドラは顔から手を離した。そして、目に涙をためてうなずいた。

ミネルバは溫もりのこもった聲で続けた。カサンドラの心をしっかりと包み込みたいと願いながら。

「放心狀態だとは思うんだけど。いま一番強くじている気持ちを教えてほしい。あなたの置かれた狀況を考えると、迅速にかなければならないわ」

カサンドラの顔はずいぶんよくなったが、まだ本來のではない。目の下にある隈が、彼の心痛を語っている。

「ゆっくり深呼吸してみましょう」

ミネルバが促すと、カサンドラは素直に深呼吸をした。

「私……私がになってもいいのでしょうか。ソフィーさんは許してくれるでしょうか」

「私とソフィーとカサンドラさんが全員で努力すれば、上手くいく方法がきっと見つかるわ。『ごめんなさい』と『ありがとう』の言葉があれば、人は歩み寄れる。腹を割るために議論する必要があるなら、徹底的にやってみましょう。あなたの力が回復した後で」

カサンドラは目を瞬いて笑みを浮かべた。まだ不安そうだが、心は決まったらしい。

「私の庇護をけたいというのが、いま一番強い気持ちね？」

「はい、ミネルバ様。私はあなた様の庇護を切にんでいます。私が支援を求めることのできる唯一の人だからというだけではなく……心から尊敬し、としてお役に立ちたいという気持ちがあるからです」

「わかりました。それでは私は庇護者として最善を盡くします」

ミネルバは背後に控えるエヴァンのほうを見た。

「エヴァン。私がカサンドラさんを庇護したと、宮殿の外に発表してください」

「仰せの通りにいたします」

エヴァンが頭を下げる。ミネルバはジャスティンに視線を向けた。

「ジャスティン兄様は翡翠殿の侍頭と連攜をとって、カサンドラさんに必要なものをすべて用意して。裝は今日のところは市販ので、テイラー夫人が雇った腕のよい裁師がすぐに直してくれるから」

「あ、ああ！　それについては私が責任を持とう。カサンドラさんが快適に過ごせるようにしないとなっ！」

ジャスティンが張り切った聲で答える。

「カサンドラさんはここで一休みしたら、翡翠殿に移しましょう。私はこれから、皆に事を説明します」

ミネルバは笑顔で言いながらも、心の中でため息をついた。事をすべて話せば長くなるし、皆が一斉に質問を浴びせてくるのは間違いない。

＜ミネルバ、それについては心配無用だ。私は君のように周囲の人間に映像を見せて、聲を聴かせることはできないが。君と心を繋げてわかったことやこれまでの會話を、すべて紙に書き出して皆に見せてある＞

＜さすがルーファス……っ！＞

ミネルバは笑顔を浮かべたまま、心で舌を巻いた。そう、いつもルーファスが助けてくれるのだ。

彼は誠実で優しくて、どんなときもミネルバを気遣い、何が一番必要かを考えてくれる。

「カサンドラさん、ゆっくり休んでね。起きたころには、あなたの安全はしっかり確保されているわ」

ミネルバは力強く言い切った。庇護したからには、カサンドラのためになんでもするつもりだった。