セイがヒドラを倒してから、數日後の出來事だ。

冒険者フィライト。この世界で數えるほどしか居ない、Ｓランク冒険者の一人だ。

フィライトは先日、【謎の聖】の手によって、ヒドラの毒を解毒してもらい、一命を取り留めた人である。

フィライト、そして人のボルス(セイをサンジョーの町までつれてきたリーダー)は、冒険者ギルドのギルドマスターのもとへ呼び出されていた。

「來たか、フィライト、ボルス」

「遅くなってすみませんわ、ギルマス」

フィライトとボルスは、ギルドマスター、ギルマスにうながされてソファに座る。

「それで、見つかったか？　謎の聖さまは」

「それが……方々探し回ったんだけどよ、どこにもあの嬢ちゃんが見つからなくって……いたたたっ！」

ボルスの耳を、フィライトが強めにひっぱる。

「不敬ですわよ、ボルス。聖様、でしょう？」

「いやまあ……いいじゃあねえか。本人がここにいないんだし」

聖、すなわちセイのことだ。

フィライトたちはセイを探しているのである。

「天導教會《てんどうきょうかい》に探りをれてみたんだが、やはり黒髪をした聖はいないそうだ……」

「黒髪の聖様……」

もちろんセイのことである。

セイ・ファートはこの世界では珍しく、黒くつややかな髪を持っていた。

彼の名前はわからないが、黒い髪をした人間で、あれほどまでの治癒の力を持つものは、二人といないだろう。

だがどこを探しても、黒髪の聖は見つからないのだ。

「もーいないんじゃねえかな。こないだフィライトを治療したとき、煙のように消えちまったじゃねえかよ」

「かもしれないな……ううむ、惜しい。実に惜しいことをした」

ボルス、そしてギルマスがハァ……とため息をつく。

「ボルスたちも知っての通りだが、天導教會《てんどうきょうかい》のクソどものせいで、今この世界では気軽に治癒、解毒ができなくなっちまってる。やつらは大金おれらからふんだくって、簡単な治療しかしてくんねえ。しかも、やつらは自分たちの抱える聖さまのお力を際立たせるため、ポーションの販売を規制してやがる」

セイがいた世界と、今の世界は、勢が異なる。

この世界の【治癒】【治療】行為はすべて、天導教會という新しい組織が獨占しているのだ。

「ギルマス。おれぁ……よぉ、天導の聖ってやつに會ったことがある。あいつらは自分が神に選ばれた特別な存在だと思ってやがる。実に高慢なやつらさ。けど……あの黒髪の嬢ちゃんは違う」

ボルスは述懐する。

人が死に瀕してるとき、セイは嫌がるそぶりを全く見せず、患者の元へと足を運んだ。

そして、恐ろしいまでの治癒の力をもって、人の命を救った。そのうえで……。

「無償で人を助け、しかもお禮もけ取らず、煙のように去って行く……すばらしいですわ……」

ほぅ……とフィライトが熱っぽく息をつく。

確かにセイの行は、端から見るとまるで、ピンチに天より舞い降りた神に見えなくもない。

実際には、単に人からの追求が面倒くさかったから、さっさと逃げただけという、非常に殘念なだが……。

「黒髪の聖さま……ああ、會いたいですわ。一言、お禮が言うだけでいいのに……」

「フィライトよぉ、おめえすっかりあの嬢ちゃんの信者……」

「嬢ちゃんじゃなくて、聖さま……でしょ？　ボルス？」

いつの間にか、フィライトは剣を抜いていた。

人のボルスの首元に剣をそわせて、険しい表をしている。

ボルスがハンズアップすると、人は剣を下ろした。

「ま、あの黒髪の聖さま探しは引き続きやってくさ。あの方が天導教會《てんどうきょうかい》に屬さない聖さまだとしたら、是が非でも彼といい関係を作りたい」

天導教會《てんどうきょうかい》の聖は、高い金をふんだくる悪者、という共通意識が冒険者達にはあるのだ。

と、そのときだった。

「し、失禮します！」

一人の冒険者が、慌ててギルマスの部屋にってきた。

「どうした？」

「ほ、報告します！　ヒドラが討伐されました！」

「「「「なっ！？　なんだって！？」」」

★

フィライト、そしてボルスは、ヒドラ討伐の報告を聞いて、現地へと急行した。

現地では森呪師《ドルイド》の職業《ジョブ》を持った冒険者が立っている。

森呪師《ドルイド》。植と意識をリンクさせ、會話できるという、特別な力を持つ。

「それで、本當にヒドラは倒されたのか？」

「……はい。この子達が見ていたそうです」

森呪師《ドルイド》が持っていた杖で、近くの樹を指す。

「毒の蛇を倒す、黒髪のの姿を」

「！　そ、それは……黒髪の聖さまですの！？」

フィライトが森呪師《ドルイド》にくってかかる。

「……さ、さあ……ただ、3人の奴隷を連れていたそうです」

「あの嬢ちゃんもたしか、サンジョーの町で奴隷を買ってたな。數は三」

ボルスは心揺していた。

ヒドラ討伐の任務は、Ｓランクである人のフィライトが請け負っていた。

だが彼は仲間と協力して討伐任務に當たったの、完敗した。

フィライトの強さはよく知っている。竜を単獨で討伐できるほどの超実力者だ。

……そんな彼が勝てなかったヒドラを、あのひ弱そうなが倒した？

にわかには信じられない。だが……。

「ああ！　黒髪の聖さま！　慈悲深いだけでなく、お強いだなんて！　きっと聖なる力で悪を討ったのですわ！　はぁ～……素敵♡　素晴らしいですわぁん♡」

どうやらフィライトは、完全にセイがヒドラを倒したと思っているらしい。

しかも、自分が勝てなかった相手を、小娘が倒したとしっても、まるでへこんでる様子もない。

「森呪師《ドルイド》さん！　黒髪の聖さまはどちらに向かわれたのですの！？」

フィライトが森呪師《ドルイド》の襟首をつかんで、鬼気迫る表で詰問する。

ボルスは彼の襟首を摘まんでひきはがす。

「……そ、その人は森を抜けて、南へ向かったそうです」

「となるとこっから近い町といや、ミツケの町かな」

なるほど！　とフィライトがうなずく。

「では行きますわよ、ボルス！　聖さまを探し出すのですわ！」

だっ……！　と走り出したフィライトのあとにボルスが続く。

歩きながら、ごくり……とボルスは息をのむ。

ヒドラは猛毒を発している。空気を、そして大地を汚す力を持つ。

だがこの森はとても靜かで、そして穏やかだ。

毒による被害なんてまるでじさせない。

「……Ｓランクでも手を焼くヒドラを倒し、その毒を中和して森を再生するなんて……マジで本の聖さまかもな。いや……ひょっとして、天導教會《てんどうきょうかい》のボス、【大聖】と同じ力を……」

「ボルス！　いきますわよ！」

……想像でを語っていてもしょうがない。

今は、あの黒髪の聖を探して會うことが先決だ。