《【書籍化】絶滅したはずの希種エルフが奴隷として売られていたので、娘にすることにした。【コミカライズ】》第57話 ラヴィメリア、優しかった頃

背後に立っていたのは、リリィを連れて別室に消えていったエルフの助手だった。彼もそれなりの魔力を有しているようだが、彼からじる魔力は酷く落ち著いている。どうやら戦する意思はないようだ。

は頭を下げると、同じ言葉を繰り返した。

「…………お願いします。どうかラヴィメリア様を許してあげて下さい」

「…………」

命乞いというものを俺は聞き飽きている。俺が今まで手にかけてきた下らない奴らは、必ず最後にそれを口にするからだ。金ならいくらでもある。お前のみはなんだ。本當に反省している。その類の言葉は俺にとって何の意味もさない。

「…………その為なら、お前は死んでもいいと?」

だがしかし────他人の為なら死んでもいいというのは初めてのことだった。

それが例えば親子のような関係ならばまだ納得は出來る。子供を守りたい親の気持ちは、今の俺には理解出來るからだ。

しかし恐らくこの二人に縁関係はないだろう。単なる店員らしからぬ彼の所作から、きっとエルフの國からラヴィメリアの世話をしていたのではないかと予想する。

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は顔を上げ、その澄んだ黒の瞳で真っ直ぐ俺の視線を捕まえる。

「はい。それでラヴィメリア様を救えるのならば」

の言葉に噓はない。俺を見つめる漆黒の瞳は、既に死を覚悟していた。俺の好きな目だ。だがしかし、それとこれとは話が違う。俺とリリィがラヴィメリアからけた災難は、そんな表一つで消えるようなものではないんだ。

「どうしてそこまでする? こいつはお前にとって、そこまでする必要がある人なのか?」

仮にラヴィメリアとこの助手が、元エルフの國のお姫様とその世話係だとして。

は分からないが、エルフの國を出たラヴィメリアに著いてアンヘイムに來る程慕っていたとして。

それで命を賭けられるかといえば…………それは全く別問題だろう。自分の命というものは、殆どの場合において何より優先される。人によっては全ての場面で。そしてそれは、決して責められるような事ではない。誰だって自分が大事なんだ。リリィという娘が出來た俺だって、無條件に命を投げ出せる自信はない。

は壁に寄りかかって失神しているラヴィメリアの傍にしゃがみ込むと、そのをゆっくりと床に寢かせた。立ち上がり視線を俺に戻す。

「私は小さい頃、エルフではありませんでした。…………ただエルフの形をしているというだけの、醜悪な子供だったのです」

「私は街の浮浪者でした。エルフの國では────申し遅れました、私とラヴィメリア様はエルフの國の出なのですが────家族のいない子ども達が徒黨を組み、悪事に手を染め…………何とか毎日を食いつなぐ。貧富の差が激しいあの國では、ありふれた出來事の一つです」

それは俺の知るエルフの國のイメージとも合致した。エルフは勤勉であるが、その反面、怠惰な者に救いの手を差しべない。働かざる者食うべからずを地で行くのがエルフの國なのだ。結果として貧富の差は広がるばかりだが、それを誰も疑問に思わない。それがエルフの國のリアル。

「…………小さく非力だった私は、盜みで生計を立てていました。そして、そんな私のある日のターゲットが────」

「────ラヴィメリアだった?」

俺の言葉に、彼は小さく頷く。

「街を歩いていたラヴィメリア様は豪華なドレスをに纏い、護衛の者に守られていて、子供だった私にもひと目でお金持ちだと分かりました。夜の明かりに吸い寄せられる蛾のように…………私は迷わずラヴィメリア様の背後に忍び寄りました」

の話は、はっきり言って意外だった。今俺の目の前に立っている彼にそんな雰囲気は全くじられないからだ。い頃、自分はエルフではなかったと彼は言った。ラヴィメリアとの出會いを経て初めて彼はエルフになれたんだろう。

「…………ぱぱ」

気付けば傍まで來ていたリリィが、俺の手を摑む。俺はしっかりと小さな手のひらを握り返した。

「…………作戦もなければ技もない子供の私の接を許すほど、護衛は甘くありません。結局、私はあっけなく護衛に捕まりました。それは私の人生が終わりを告げた瞬間でした。詳しくは申し上げられませんが…………エルフの國においてラヴィメリア様を狙う事は重罪だったのです」

大抵の場合、王族を狙い、そして失敗する事は死を意味する。今回の俺は流石に正當防衛がり立つと思うが。

「あとは死ぬだけだった私に、ラヴィメリア様はこう言って下さりました────『行くあてが無いのなら、私の世話をさせてあげる』────と」

は目を閉じ、遠い過去に思いを馳せる。その思い出はきっと彼にとって黃金なんだろう。命を賭ける価値があるほどに。

「────私は既に一度死んだエルフです。そんな私に二度目の生を與えて下さったラヴィメリア様は、私に取って何よりも大切なお方。ラヴィメリア様の為なら、私は喜んで命を差し出します」

俺にとってはいきなり襲ってくるトンデモエルフでしかないラヴィメリアだったが…………彼の話を聞く限り、どうやら元は優しい格の持ち主らしい。一何が彼をここまで攻撃的な格に変えてしまったのか、気にならないと言えば噓になる。もしかするとこの世には「人間を見かけたらいきなり攻撃しても仕方ない」程の事というものが存在するのかもしれないしな。

だがしかし…………今の話を聞いても、ラヴィメリアに対するはさほど変わらない。誰かにとっての悪人は、誰かにとっての善人である事を俺は知っている。自分が被った不利益と加害者の人像は関係がないんだ。

だから────もしラヴィメリアを許せる事があるとするならば、それは彼の事とは全く別の事柄によるものだ。今更ラヴィメリアに帽子を作ってもらう気はさらさらないし、作って貰えるとも思えない。だが、例えばラヴィメリアを利用してリリィの帽子をゲット出來るなら話は別だ。

もしリリィにふさわしい帽子が手にるとするのなら────ラヴィメリアが生きていたとしても、俺に損はない。

「…………リリィ、帰るぞ」

「ん」

俺は一つの名案を思いついた。それを実行するには帝都に帰る必要がある。これ以上この場に留まる必要は皆無と言えた。

「本當に……ありがとうございます……!」

背中に震える聲を浴びながら、俺達は稀代の帽子職人の元を後にした。

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