《お月様はいつも雨降り》第五十一目
「シャン、ここもさっき言っていた立方のような閉ざされた空間なの?」
「上様の覚だと決められた幅や高さなどの長さを伴った形狀を連想するかもしれんが、その中で存在する上様のような人間の心の位置を移することでその空間が引き延ばされるのじゃ」
肩に乗るシャンは僕の頬を後ろから両手で橫に引っ張った
「じゃから、上様が前に歩いて進めば進むほど、理的には本當は一歩も進んでいないのじゃが、心の中では進んでいるがゆえ、そこにある空間自も意思の向かう方向に膨張するのじゃよ」
僕たちの頭上で何かがぶつかるような音がした。
「時間の流れというのはエントロピー増大則も踏まえた人の概念といってもいいからのう、ここに迷い込んでいた數多の者たちは、數えきれないほどの空間と時間の流れの中でというを廃し、まぁ、その仕組みに適応……変化……混沌としていったものと考えられるのじゃ、ほら、あのようなを自分のとして」
シャンが右手を上げ薄暗い空の一點を指さした。
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語の本からそのまま飛び出してきたような幽霊船に似た巨大な帆船が何隻も空に浮かんでいる。
「五十ばかりの人形未満のモノたちがを求めて降りてきたようじゃの」
「シャン、向こうの幽霊船の意識に飛んで戦うのか」
「いや、ここの空間自が意識の一つじゃ、それに幽霊船?上様にそう見えるのなら、その時代の意識の殘骸かもしれないのぅ、わしにはただの小さな球にしか知できぬ」
「見え方はいいから、どうやって戦うんだ」
閃が周囲を照らし、轟音が空気を震わせた瞬間、幽霊船が木片を散らしてゆっくりと落下していく。
「心をもつ人間が、心の持たないルナの分でもある月影人形と意識を共有させることで、人間の心は型となり、その型を用い人形は仮想兵をこの世界に生み出す。そして、兵となったその心を客人の心とバイパスさせ奴らの意識を昇華していく……イツキが俺たちに『月影人形』を託した真意だ」
ヒロトのから生えているようにを乗り出した人形『ツカサ』が両の手を砲門の様な形狀に変化させているのが見えた。
ツカサは無表のまま腕を変化させた砲門からを放ち、船を破壊していく。
「これってただ破壊しているだけじゃないか」
「これは面白い、人間の上様はそうじているのじゃな、本當に人間の脳は不思議じゃ、わしには対象一つ一つにネットワークを繋げ、リセットしていくようにしかじぬ」
「あのくらいの數なら『ツカサ』と『ラグ』だけで十分じゃ、『市松』、泣くとノイズがりやすくなる、わしたちと行くぞ、それに執事!」
「それはわたくしめのことでございますか?執事型は間違いないですが、わたくしにはカエデお嬢様からいただいた『セバスチャン』という相応しいコードが付いております、これからはそう呼んでいただきたい」
「うむ、それなら『セバ』、參るぞ、古い道にそのような宿場名があったと聞いている。お主の格好と違って純和風な名前じゃな、次の間はお主が障害を取り除く番じゃ、セバ、頼むぞセバ」
「セバスチャンです、『セバ』ではございません、お嬢様も何かおっしゃってください」
カエデはようやく泣き止み涙を拭いている。
執事姿の人形があたふたとしている間に、僕たちは空間を移した。
薄明るさの中、次に僕たちが立っていたのは崩れかけた高層ビルの屋上だった。何百年も放置されてきたかのように、建の壁面には見たこともない植の大きな葉が繁茂していた。
「街?」
それにしては他の建造は見えない。自分たちが降り立ったビルが広大な砂漠の中に一棟だけ、忘れさられたモニュメントのように存在した。
(砂漠なのに……この植の水はどこから供給されているのだろう)
僕はそんなことを考えながら、床の崩れた箇所から植のをつたい、下の階に降りた。電気が付いていないのに僕たちには、展階のように造られているその構造がよく見えた。というよりじることが出來た。
全ての窓にあるべきところには大きく毒々しい赤いの葉によってびっしりと塞がれていることに僕は気付いた。
「シャン、この場所は何に見えるの?」
「ここは高層ビルの幻影じゃな、上様たちの視覚報を利用して、わしたち人形の思考をジャミングしておるようじゃ、その方が客人にとってはを隠すのに都合がよいからの」
「同じように見えているということだな」
「この方が便利といえば便利じゃけどな、わしが甘いホイップクリームを舐めているつもりでも上様はゴキブリを舐めていると想像すると気持ち悪いじゃろ」
「そ、そうだね、分かりやすい例えだ」
エレベーターがあったとおぼしき場所には暗く深いが、重なり合った植の太いを何本も呑み込むようにして口を開けていた。
「おやおや、新たなモノがこのルートから既に侵してきていますね、隨分と早いきだこと」
セバスチャンは自分のあごに手を當てながら腕を組み、傍らに立つカエデを見上げていた。
「何が近付いて來ているのよ?」
「今までの奴らの出方を予想すると、カエデお嬢様があまり好まないモノの姿を借りて出現するはずです、何かおみの排除の手段はありますか?」
「何でもいい、わたしにそいつらが姿を見せる前に、全て消してちょうだい」
「では、こんなのではいかがでしょうか?」
セバスチャンは僕の前をスタスタと橫切り、自分の左腕の手首を抜き、そのまま竪に放り込んだ。
「それでは皆さま方、その辺の柱のにでもを隠してください、やけどされても責任はとれません」
「何が起こるんだ?」
「それはお楽しみに、さ、さ、あと十二秒です、あ、そちらの葉の下には近付かないでください、排気で使用しますから、目も乾燥するのでしっかりと閉じておいてくださいますようお願い申し上げます」
僕たちはセバスチャンに急かされるまま、フロアに突き出た壁のに避難した。
「それではカエデお嬢様にお贈りする歌曲『蜘蛛人間のコロラトゥーラ』をどうぞお聴きください」
がさこそとの方向から大量の何かが這い上がって來るような音が聞こえてきた。
(蟲?)
大きく突き上げる振の後に息が出來ないほどの熱気が僕たちの周囲に渦巻いた。
僕はがどうなったのか確かめようと壁から顔をし出すと、縦から熱気がまだ揺らめいているのが見えた。そのの上部に茂っていた葉は吹き飛ばされそこには薄暗い空が広がっていた。
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