《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-42:創世
ルイシアは冷たい椅子に座り、前に手を差しべていた。
それはおそろしく広大で、平らかな水面。辺りに満ちる魔力のためか、それとも純粋に遠さのためか、向こう岸が霞んで見える。
周りは恐ろしく靜かだった。青空や、緑の大地、そびえる巨城は変わらず見えているのに、まるでルイシアだけが他の全てから切り離されてしまっているかのようだった。
手のひらから水鏡に魔力を注ぐ。
「……お兄ちゃん」
意味のない呟きを落として、ルイシアを目を閉じた。
もう決斷をしてしまったのだ。
魔力を水鏡に注ぎ、鍵となる力を起き上がらせる。
「能力『創造』……!」
どくん、と拍に似た音と共に、強いが瞼を圧した。
うっすらと目を開ける。
音もなく、水鏡の底から真っ白いが浮かび上がってきた。
はどうやら球のようで、朝日が昇っていくように、どんどんせり上がる。
言葉を失ってしまった。
そこにあるのは膨大な魔力。ルイシアの側にある、フレイヤが寫しに宿していた力など、この球の數割にも満たないだろう。
創造で形を得つつある今はもう不可能な話だが――これほどの魔力をもし攻撃に転用すれば、強大な魔もただではすむまい。
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にフレイヤの記憶が蘇る。
「これが、以前、創りかけになった世界――?」
オーディンはフレイヤに『創造の力』を與え、新しい世界を創ることを命じた。フレイヤは命じられたまま、朦朧とした意識でそれを行おうとする。
けれども最後のところで彼は我に返り、『創造の力』と魔力の一部を持って逃走した。
そうして、ルイシア達が知る歴史が始まったのだ。
オーディンが人間にスキルをばらまき続けたのも、王國の主神として君臨し続けたのも、フレイヤを探す時間を稼ぐため。
幾百萬という人間の、フレイヤを宿すのはたった一人。見つけ出すまで、主神でさえ800年近い時間を要した。
その間、じわじわと解けゆく封印を、冒険者に魔を狩らせることで維持せねばならない。
フレイヤは、オーディンが人間についてより深く知ることを期待した。
『創造の力』を探すに、人間の営みをきっと目にする。そして人間には悪さだけでなく、點もあると気づいてもらいたかった。
しかし、オーディンが考えを変えることはなかった。
ルイシアも、今は同じ結論に達している。
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――機は、ずっと個人的なものだけれど。
大切な人を守るため、別の世界を創世し、そこへ逃げる。
「……うん」
ルイシアは顎を引いた。
今なら、『創造の力』をより強く振るえる気がした。なぜなら、ユミールという恐ろしい魔を知ってしまったから。そして、どうしても生き抜いてほしい家族がいるから。
家族と、もう一度、平和に靜かに暮らす。
そんな願いが、想いに像をなさしめる。
想像のまま創造が起こり、800年前に中斷された創世が、再開された。
巨大な球に、ルイシアが放つ魔力が吸い込まれていく。球は緩やかに回転をしているようだった。手のひらから発せられる緑の魔力は、白く輝く巨大球に巻き取られて、その一部となっていく。
ルイシアは、小さい頃、兄と雪だるまを作ったことを思い出した。しずつ魔力を巻き付けて球を大きくしていく作業は、雪だるまを作っていくのに似ている。
ぽん、と肩を叩かれた気がした。
――頼んだぞ。
うっすらと後ろに見えたのは、フードを被った老人だ。槍を杖のようについて、ルイシアへ微笑みかける。
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それは幻影にすぎなかったのか。老人の――オーディンの姿はすぐに消える。
だが疲れ切った眼差しが印象に殘った。
ルイシアはふと思う。
もしかすると、主神はもう――何かを思い描けないのかもしれない。想像ができなくなっているから、創造ができないのではないか。だから、フレイヤかルイシア、誰かが必要なのではないか。
首を振った。
だってもう、気にしても仕方がない。
ルイシアは創世を継続する。二度と家族を失わないために。
「……お兄ちゃん、だめだよ?」
死んでほしくない。
危ない目に遭ってほしくない。
英雄じゃなくていいから、『ただいま』と帰ってきてほしい。
にじむ視界。
目を伏せると、散った涙がきらめいた。
どこかで氷が砕けるような音がする。覚えのある魔力と共に、誰かがこっちへ走ってくる。
◆
「ルゥ!」
僕は、水鏡に向かって手を差し出すルゥを抱きとめた。
妹は茫洋とした緑の瞳。視線はずっとの珠を追っていたけれど、ゆっくりと、僕の方へ目を移した。
「……お兄ちゃん?」
「うん」
僕はルゥと目線を合わせる。
妹の目はうるんでいて、泣きそうで、が痛い。僕自が忘れていたこと、気づけなかったこと、それをまず吐き出さないといけなかった。
「ごめん、ルゥ」
まずは、それだけ言った。
「僕……ルゥに、また悲しい思いをさせるところだった」
オーディンに突きつけられて気づいた。
家族を失うって、とんでもなく辛い。
もう繰り返したくなくて、強くなれば、それこそ最強になれば、もう誰にも妹を傷つけられずに済むと思っていた。
でも、僕は――ルゥのことを忘れていた。
妹は緑の瞳で僕を見る。
「お兄ちゃん、ちょっとは――自分のこと、考えてよ……!」
泣きながら睨んでくる。涙と一緒に、妹の言葉が溢れてきていた。
「の合が悪かった時から、お兄ちゃんずっと無理して、ボロボロになってた……!」
初めて聞く妹の吐に、が締め付けられる。
「辛かった。ずっと、お兄ちゃんの足引っ張るダメな妹だって思ってた。なのに……!」
ルゥはきっと僕を見る。
「お兄ちゃん、ユミールの前でも、あんなに近くても、戦おうとしてた!」
「……うん」
あれ、あのまま『太の娘の剣』を行使していたら――ユミールに殺されていたのだろう。それくらい、必殺の間合い。
相打ちでいいと思ってた。
僕は妹を守るため、敵を倒すことに夢中になっていた。
でもそれじゃ、同じだ。僕が父さんにじた別離という苦しみを、またルゥに背負わせてしまう。
「私のために、無茶しないでよ……!」
そんなやり方は、きっと優しくない。
僕が目指した強さは、違うものだ。
「ごめん、ルゥ」
何度も謝る。それしかできないから。
ルゥはを離して、言った。
「……いいよ、お兄ちゃん」
緑の瞳で、ひっそりと笑う。
「もう終わったの。次の世界へ……私が創造する世界へ、お母さんと、ソラーナ様と、みんなと行けばいい」
「ルゥ……」
「ユミールは強い。お兄ちゃんや神様が思っているよりずっと、ずっと……!」
自分の弱さのせいで、大事な人が傷つく。
それ、僕がじていた悔いだ。
僕は妹に、それをそのまま背負わせていた。薬のために駆けまわったり、魔を倒したり、そんなことに夢中で、僕はルゥのことをちゃんと見ていただろうか。
もう誰も失いたくない。妹のそんな意思は、とびきりに強い。
後ろからオーディンの聲がした。
「そうだ!」
空中に飛び上がった、主神オーディン。槍を杖のように掲げて一振りする。
水面が輝いた。
「見ろ、今の地上を」
僕とルゥは同時に息を飲んだ。
「これ……!」
ポケットの金貨も微かに震える。神様だって怯えているんだ。
水鏡に地上の景が映る。魔に躙されるみんなが目に飛び込んだ。
――諦めるな!
ヘイムダルが巨人兵の群れに襲われながら、必死に剣を振るっている。
――くそ! やりやがる……!
トールが青白い顔で金鎚(ミョルニル)を振るっていた。世界蛇の毒が回ってきているのかもしれない。
――ミア!
――わかってるよ、フェリクス。まだ死んじゃいないさ。
ミアさんとフェリクスさんは背中合わせに戦う。サフィはもうゴーレム核が打ち止めみたいで、2人に守られながら、それでも金鎚や工を投げて生き延びていた。
そんな生存への努力をあざ笑うように、ユミールが吠える。
水面にさざ波が立って、巨大球が揺らいだ。
魔達の目に真っ赤なが燈る。
「わかるか。形勢が、魔に傾いてきた」
オーディンが上空から語り掛けた。
「ユミールが、戦いの最中にもスキルを喰らい、力を高めておる。王都の『霜の寶珠』は、地上最大。その魔力、あるいは有力な冒険者でも、ついに喰らったか?」
確かにさっきまで拮抗していた。でもそれは、敵の力が一定と言うのが前提だ。
「『霜の寶珠』が弱まっておる。封印がさらに緩み、王都側のダンジョンからより多くの魔が神殿に向かっている。君があの場にいようがいまいが……もはやユミールと魔の力は、結集した神と人間、そして小人の力を喰い破ろうとしているのう」
王都の守りだってすでにギリギリだったはず。さらなる魔が目覚めれば――それは余力となって、神殿を襲うのだろう。
僕らがユミールに勝つには、神殿に捨てで攻め込んできたあの瞬間しかなかった。だからそこでルゥを守り切れなかった僕らを――オーディンも、ルゥも、見限った。
ルゥが絶した。
「やだ……!」
ルゥが目を伏せる。
「見たくない! お兄ちゃん、私に、もう任せて!」
妹は僕を突き飛ばして、石の椅子に腰を落とす。頭を抱えていた。
「……神話の時代でも、ユミールは神様が倒したと思った後に、蘇ってる。それに今も、さらに多くの魔を王都中の迷宮から集めてる。土壇場で周りのスキルを食べて、力を増してきてる」
ごくりとがいた。
ユミールの力は底知れない。底知れないから、勝てるかどうかは、わからない。
わからないから、僕らがどんなに戦っても――戦は無駄に終わるかもしれない。
敵は本當に規格外の、世界で最初の生きだ。
「ルゥは、それでいいの?」
僕は妹に問いかける。
目を見開いて僕を見るルゥに、笑いかけた。けなくて、泣き笑いみたいになったけれど。
「……ごめんよ、ルゥ」
「お兄ちゃん?」
「それでも、僕は地上へ行って、戦いたい」
妹の目をまっすぐに見た。
「父さんが守って、角笛をして、僕に繋いでくれた。多分――父さんの仲間とか、父さんの父さんとか、々な人から父さんも同じように何かを引き継いだのだと思う」
だから、と僕は続けた。
「僕は地上で戦いたい。僕とルゥや仲間だけで生き殘っても、その代わりに、父さんの気持ちが死んでしまう」
「でも……」
「うん。ルゥの気持ち、わかった。その代わりに僕が死んだら、ルゥが悲しむし……父さんのことの繰り返しだ」
頭を振って、妹を見つめる。
ポケットの金貨が熱を持って、僕を勵ましてくれた。
僕は犠牲になっちゃいけない。
僕を大好きな人だっているから。
「帰ってくるよ」
まっすぐに、大切な家族へ伝えた。
「『いってきます』したら、『ただいま』って帰ってくる。いつもの起こし屋みたいに、終わったらまたみんなでご飯を食べよう」
ルゥや母さんとずっと過ごした、あの家で。
今度は神様やフェリクスさん、ソラーナも一緒にしたっていい。ミアさんは、一回來たことがあったっけ。
「誓うよ。必ず帰ってくる。僕自も、末にしない」
敵を倒すだけの強さじゃない。
僕が目指す最強は、『優しい最強』は、誰かを守る強さだもの。自分も大切にできないのに、誰かを守れるはずがない。
「だから……」
微笑む。
「僕のわがままを許して、信じてほしい。ルゥを殘していったりは、しないから」
を張れ。
「僕は父さんと違う。父さんを超えて、君のところに帰ってくる」
ルゥの目に大粒の涙がにじんだ。肩が揺れる。聲を殺しながら、妹は僕に抱き著いて泣いた。
「……お兄ちゃんのばか」
「ごめん」
「そんな風に言われたら……! どこまで無茶するの……!」
「……ごめん」
大粒の涙を、僕の肩に押し付けて拭う。ルゥはぐしっと神服の袖で目元をこすると、僕を見た。
「言ったものね」
ふん、とため息。
「……私も強くなるって。お兄ちゃんが安心できるように」
泣きはらして赤くなった目元だけど、いつものちょっと押しが強くて、しっかり者の妹の顔だった。
「信じるよ」
けれど次に浮かべたのは、いつものルゥとは違う、大人びた微笑。
互いを心配しあうんじゃなくて、僕らも、信じあえるようになれたらいい。
「戻ってくるって、信じてる」
妹の目から、緑の魔力が消えていく。怖くて、無理して、フレイヤ様の魔力を振り絞る必要がなくなったからだろう。
どくん、どくん、と心臓に似た音が聞こえ、次第に弱まっていく。
『創造の力』が現れたり消えたりする時は、思えばいつも、この鼓のような音がした。
球はまだ緩やかに水面で回っている。
ただ、そこに巻き取られる魔力の流れは止んでいた。
僕は呟く。
「……創造が、終わった?」
「うん。不思議なんだけど……今、フレイヤ様の聲がはっきり聞こえて。神様も、安心してる。魔力も、能力も、私――今までより使えるようになった気がする」
よかった。
もう創世をしたり、神様の力に翻弄されたりすることもないだろう。ルゥも、今の狀態に慣れたみたいだから。
妹が言った。
「――いってらっしゃい」
僕は激戦を映す水鏡を見やる。
「いってくるよ」
地上は戦いを継続していた。
オーディンを見上げ、聲を張る。
「オーディン。僕は、地上へ行く!」
もうルゥは魔力を練りださない。
球の長は止まっている。
オーディンは深く目を伏せ、首を振った。一瞬でさらに何千年も年老いてしまったかのように、オーディンの目は暗かった。
「……ノルンよ。地上へ虹の橋(ビフレスト)を下ろせ」
オーディンは言い足す。
「もう、遅いがな……」
「え……」
瞬間、水鏡からユミールの咆哮が響いてきた。
映された景で、原初の巨人が空中に向かって齧りつく。ぎょろりとした巨大な目が、水鏡を通して僕とルゥを抜いた。
「ユミールは世界を食い破り、どこへでも移ができる。虹の橋(ビフレスト)で結ばれ、あやつにとっての心臓があるこの地は、すでに捕捉された」
僕らから數十メートル左の、巨大なトネリコ木の位置。
空間がひび割れる。吹き込む冷気に霜が走る。
原初の巨人ユミールが、神々の天界に踏み込んできた。
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次回更新は10月21日(金)の予定です。
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