學校から駅までは、し脇道にると閑靜な住宅街が続いている。

その道のりを由依と並んで歩く。

學案のポスターになるほどのである由依は、他の學年からも人気が高い。

浮いた噂のない彼が男と二人で歩いているというだけで、殆どの生徒が振り返る。

「一緒に帰ろうなんて、高校にってから初めてじゃないか？　何かあったのか？」

「ううん、何もないよ。たまには一緒に帰りたいなって思っただけ」

由依は満面の笑顔でそう答えた。

男問わず虜にする最高の笑顔。

だが、子供の頃の由依を知るオレからすると、どこか違和のある笑顔。

由依がこの笑顔をするようになった中學生あたりから、オレはなんとなく彼と距離をとるようになっていた。

子と一緒にいるときの思春期特有の気恥ずかしさがあったのもそうだが、なぜか本能的に彼を避けたのだ。

その理由は今の由依を『視』ればわかる。

「先に帰っちゃうかなって思ってた」

「まあな」

由依の勘は正しい。前の人生でのオレはそうだったからな。

「まあな、ってなによー」

由依はからかうように頬を膨らませた。

かつてはかわいいとしか思わなかったその表が、今はとても悲しいものに見えた。

「なにがあった？」

「だからたまには――」

「そうじゃない。この數年、何があった？」

ここで踏み込むのがよいことかはわからない。

異世界を救ったと言っても、戦いにあけくれる日々だったのだ。コミュ力が磨かれたわけじゃない。

それでも、ブラック企業で強制的に訓練されたオレの心と、當時何もできなかったという後悔が、オレに一歩を踏み出させた。

「……」

由依が真剣な目でじっとオレの顔を覗き込んでくる。

「カズこそ何かあった？」

「いや、何もないが？」

そう返したオレに由依は、「じゃあ私も」と笑顔に戻った。

じゃあ、ってなんだよ。

これ以上、由依は何も話さないだろう。

疎遠になりつつあったと言っても、この優しそうな馴染が実は頑固なことくらいは知っている。

「そんなことよりさ、ちょっと座ってこ」

由依が指したのは、小さな公園のベンチだ。

オレ達はしだけ間を空けて、ベンチに座った。

「ここ、覚えてる？」

「たしか稚園くらいの頃、オレと白鳥が初めて會った場所だな」

「うん。私が家から抜け出して迷子になった時、遊んでくれたんだよね」

まさか白鳥家のお嬢様だとは知らずにどろんこにさせちまったのはな……あとで親にめっちゃ怒られたんだよな。

世界有數の大企業の社長令嬢に何をしたと。

子供にそんなこと言われてもな……。

「あの時ね、すっごく嬉しかったんだ。一人で心細かったし、外で友達と遊ぶなんて初めてだったから」

由依は茜に染まり始めた空を見上げながら目を細めた。

それは、楽しく思い出を語るというより、もう戻らない過去を惜しむような表だ。

「白鳥……？」

「なんでもない。今日はありがとね」

「もういいのか？」

「うん。これ以上は、運転手に迷をかけちゃうから」

由依がそう言うのを待っていたかのように、曲がり角から黒塗りの車が現れた。

「それじゃあね」

立ち上がった由依はとびっきりの笑顔をオレに向けた後、車に向かって歩いて行った。

なんてことのない日常の風景。

だがオレは、あちらの世界で知ってしまった。

由依が見せたのは、死に逝く者の笑顔だと。

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