ウィンスター王國の王都ベオグラン。

その中心、王城からもほど近い一角に姉妹の屋敷はある。

國の重役を擔う貴族たちが、互いに競い合うようにして建てた豪奢な建築の數々。

その中にあってなお大きく見える館に、今日は姉妹たちが集っていた。

ノアの行方について、報換をするためである。

しかし――。

「ライザが來ない？」

眉を顰め、怪訝な顔をするアエリア。

ライザは姉妹の中でも、ここ最近はもっともノアと接していた人である。

當然ながらノアへの思いも強く、この會合を欠席するとはあまり思えなかった。

「私も休むって聞いた時は驚いたんだけどね。何でも、ラージャの冒険者ギルドから依頼をされたらしいわ。それでしばらく向こうに滯在するって」

「ライザは冒険者ではないでしょう？　斷ることは簡単なはずですわ」

「結構重要な依頼だったみたいよ。何でも、魔族がらみだったとか。ライザ姉さんは人がいいから、泣きつかれたら斷れなかったんでしょ」

やれやれと両手を上げながらため息をつくシエル。

ライザは表向き、厳格な格の剣聖として通っている。

けれど実のところ、お人好しで強く頼まれたら斷れない格だった。

加えて、かなりの脳筋で騙されやすいところもある。

「そう言えば、私のところにもライザ姉さまから連絡が來てましたね。ラージャでヒュドラが出たって」

「む、それは聞いてないわね。ほんと？」

「ええ、もちろん。聞くところによれば、ラージャを城にしていた魔族が自らを犠牲に呼び出したのだとか。これは良からぬことが起きるという神からの啓示なのかもしれません」

「ふぅん。それだと、ここへ來られなくてもしょうがないか」

あっさりとした口調で言うシエル。

一方、アエリアとエクレシアは表をにわかに険しくした。

「……神様は置いておくとして。ヒュドラなんて大、魔族でも簡単に呼び出せるものじゃないですわね。普通でしたら、國が滅びてもおかしくありませんわよ？」

「ヒュドラは怖い。一大事」

青い顔をして、を小さくするエクレシア。

アエリアの方も、彼ほど骨ではなかったが張した面持ちだ。

他の三人と違って、エクレシアとアエリアの二人は目立った武力は持ち合わせていない。

襲われても自でどうにかできるシエルたちとは、恐怖のじ方が大きく違った。

「こうなってくると、ノアが心配ですわね……。フィオーレの報網を使って調べたのですが、どうやら國を出て西へ向かったようですし」

「まずいわね。私が教えた屬魔法じゃ、ヒュドラの相手は厳しいわ」

「私の魔法でも……恐らくは……」

言葉を詰まらせるファム。

ノアには聖である彼自ら、一通りの魔法を教えてある。

たとえ悪しき存在に襲われたとしても、よほどの相手以外は撃退できるはずだ。

しかし殘念なことに、ヒュドラはこの「よほどの相手」にばっちり含まれていた。

剣の腕やほかの屬魔法の腕を考慮しても、対処は相當に困難だろう。

「こうなれば、誰かが出かけてノアを探す必要がありそうですわね。何かが起きる前に」

「それなら、魔族に対応できるファムかシエルが良い」

「ええ。私やエクレシアでは、殘念ながらいざという時にノアを守れませんわ」

「……こうなったら、聖勅令を出して聖軍を招集いたしましょう。これで大陸西方を抑えれば、魔族が現れても萬全です！　それに、聖軍の數をもってすればノアもすぐに見つかることでしょう！」

「ファム、それはさすがに大げさすぎますわよ」

聖軍というのは、聖の名において招集される一大遠征軍である。

大陸各國から決まった數の兵力が捻出され、その総數は約二十萬にも及ぶ。

これだけの數がいれば、ノアもすぐに見つかるであろうし、魔族が出ても対処可能だ。

しかし、これはいくら何でもやりすぎである。

「だいたい、聖軍なんて編するのに一年はかかるじゃないの。そんなにのんびりしてる時間はないと思うわよ」

「……では、私が一人で參りましょう」

「それにしたって大変でしょ？　ファム姉さん、ここへ來るだけでも予定の調整ができないって言い続けてたじゃない」

もともとは週に一回ほどの頻度で開かれる予定だった報換會。

それが今に至るまで滯っていたのは、主としてファムの多忙が原因である。

同じ多忙でもアエリアが何とか週に半日は時間を捻出できたのに対して、ファムはそれすら困難であった。

それだけ、聖十字教団の聖という立場は重いのだ。

本來ならば、聖堂を離れてこの場にいることすらおかしいほどなのである。

「私が行くわ。戦う力もあるし、軽だしね」

「あら？　學院に出す論文が忙しいと言っていませんでしたか？」

「あんなの一週間で何とかなるわ」

「さすがですわね」

シエルの言葉に、素直に心するアエリア。

並みの魔法使いならば、書くのに數カ月から一年はかかる論文である。

それをわずか一週間で何とかなると言ってしまうあたり、シエルの魔法の才は非凡であった。

「エクレシアも、シエルが行くのに賛」

「私もそれがいいと思いますわ。ファムも能力は十分ですが、立場的に難しいでしょうし」

「……仕方ありません。シエル、あなたに神の加護があらんことを」

「じゃあ、準備をしてすぐに出発するわ。アエリア姉さん、商會の魔法球でこのことを向こうのライザ姉さんに知らせてもらえる？　ライザ姉さんはライザ姉さんで、ノアの行方について何か摑んでるかもしれないし」

「かまいませんわ。すぐに向こうの支店経由で連絡させます」

こうして、賢者シエルの旅立ちが決まったのであった――。

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