《【書籍化決定!】家で無能と言われ続けた俺ですが、世界的には超有能だったようです》三十話 報告と比べ
「まさか、この時期に嵐が訪れるとは……。完璧に想定外だったよ」
事件の翌日、冒険者ギルドの応接室にて。
俺たちから報告をけたマスターは、顎に手を押し當てながら大きなため息をついた。
それだけ、この地域でこの時期に嵐が來たというのは異常な出來事なのだろう。
クルタさんやロウガさんも、聞いたことないって言ってたしな。
「あれは明らかに人為的なものだったわ」
「ほう? ……ところで、君は誰かね?」
話を切り出したシエル姉さんに、マスターはすぐさま尋ねた。
姉さんは「そういえば」というと、軽く會釈をして自己紹介をする。
「名乗るのを忘れていたわ。私はシエル、これでも賢者號を持ってるわ」
「おお……これは失禮を! 私はアベルト、この支部のマスターをしております」
賢者と聞いて、すぐさま態度を改めるマスター。
彼は姿勢を正すと、額に浮いた冷や汗を拭う。
大陸に數人しかいない魔法職の頂點だからな、こうなってしまうのも無理はない。
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賢者がわざわざこんな辺境にくることなど、剣聖の來訪以上にありえないだろう。
「そんなにかしこまらなくてもいいわ。やりにくいから」
「承知しました」
「わかった、で結構」
「……わかった」
シエル姉さんは満足げな顔をすると、うんうんと頷いた。
そして懐から、焼け焦げた布切れを取り出す。
それにはわずかにではあるが、緑に濁ったのようなものが染みついていた。
「これはなんでしょう……いや、なんだ?」
「犯人が著ていた服の切れ端よ」
「犯人? まさか、見たのか?」
「一瞬だったけどね。空を飛んでたんだけど、ノアの火炎魔法に巻き込まれて逃げていったわ」
俺が超級魔法を放った直後のこと。
炎に巻き込まれながら逃げ出す人影を、シエル姉さんはこの目ではっきり見たのだという。
その額には、魔族の象徴というべき角が生えていたとか。
「この染み、おそらくは魔族のよ。ね、ケイナ?」
「研究所で詳しく調べんことには、斷言はできへんけど……恐らくはな。獨特の刺激臭がするから」
布を鼻に近づけると、スンスンと匂ってみるケイナさん。
魔研究所の彼が言うなら、ほぼ間違いはないだろう。
この前のこともあるし、魔族の活が活発化しているに違いない。
「ううむ……由々しき事態だな。まさかやつら、協約を破る気か……?」
「さすがにそれはないと思いたいな。もし戦が始まれば、何人死ぬかわからん」
ライザ姉さんが、険しい顔をしながら言う。
魔族と人類は、互いに不可侵條約を結んでいる。
古の勇者と魔王によって結ばれた協定で、その歴史は五百年に及ぶ。
これのおかげで、魔族と人類との間で大規模な戦爭が起こることは避けられてきた。
もしそれを魔族側が破棄し、攻め込んでくるとしたら……。
想像するだけでも恐ろしい事態だ。
ラージャが火の海になることはもちろんだが、大陸の半分が戦場になるだろう。
「……これは一度、使者を派遣せねばなるまいな。上層部と相談して、國とも調整せねば」
「よろしくお願いします」
「もしかすると、君たちのパーティにも何か頼むことになるかもしれん。今のうちに、心構えだけはしておいてくれ」
「はい!」
「ライザ殿とシエル殿も、よろしく頼む」
深々と頭を下げたマスター。
ライザ姉さんとシエル姉さんは、余裕のある笑みを浮かべながらうなずいた。
何が起きても何とかしてくれそうで、実に頼もしい。
「……では、スライムの件はギルドから報奨金を出そう。ただ、死骸が跡形もなく焼失してしまったとなると討伐の証明が厄介だな」
「それなら、うちが必要な書類を書くわ。魔研究所の研究員が証言すれば、大丈夫やろ。魔の種類自ははっきりしとるし」
「それはありがたい。ケイナ殿が書類を書いてくださるなら、問題はないだろう」
任せといてな、と言ってケイナさんは親指をぐっと持ち上げる。
これなら報酬もひとまずは安心だろう。
クルタさんたちは、揃ってほっとしたような顔をした。
そしてロウガさんが、やけにいい顔で語りかけてくる。
「よかったなぁ! これで安心して遊びに行けるってもんよ!」
「ロウガはほんと、そのことしか頭にないのかい?」
「……呆れますね。戦いが終わったばかりなのに」
「戦いの後だからいいんだよ。なぁ?」
「あはは……。そろそろ、出ましょうか」
報告も済んだところで、俺たちはマスターの執務室を後にした。
さて、問題はここから。
早速シエル姉さんが、俺の方を見てくる。
「さーてと。用も済んだことだし……いつやるのか決めましょうか、比べ」
目元を怪しくゆがめ、ニヤっと微笑むシエル姉さん。
シエル姉さんとライザ姉さんがもめた時、とっさに仲裁にったクルタさん。
彼の言った妙案とは、俺とシエル姉さんが比べをして決めるというものであった。
ライザ姉さんと俺が決闘したように、シエル姉さんとも勝負で決著をつけようというわけだ。
それもただ単に力比べをするのではなく、より優れた魔法を使った方が勝ちという勝負で。
はっきり言って、シエル姉さんに勝つのはかなり厳しいけれど……。
だからこそ、その條件ですんなりとけれてもらえた。
あの場を切り抜けるには、し無茶でもそう言うより他はなかっただろう。
俺に有利な條件では、絶対に飲まなかったに違いない。
それに、クルタさんには何か作戦があるようでもあった。
任せておいてと言われて、詳細についてはまだ教えてもらっていないけれど。
「それはいいが、比べといっても誰に判定を頼むのだ? 並の魔法使いでは厳しいだろう」
「心當たりがあります。マリーンさんというかなり凄腕の人がいるんです」
「マリーン?」
はて、と首を傾げるシエル姉さん。
どうやら聞き覚えのある名前のようである。
マリーンさんも相當な腕の魔法使いだし、姉さんと知り合いでも不思議はないか。
「とりあえず、マリーンさんのところへ行こうか。彼にも話を通さないといけないしね」
「そうね。向こうにだって都合があるだろうし」
「ええ。私の知っているマリーンかどうかも気になるし」
こうして俺たちは、シエル姉さんとともにマリーンさんの家へと向かうのだった。
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