「へえ……この地下にねえ」

迎えた比べ當日。

俺たちはライザ姉さんとの決闘でも使った地下闘技場のある酒場まで來ていた。

シエル姉さんはキョロキョロと周囲を見渡すと、漂ってきた安酒の匂いに顔をしかめる。

「にしても、あんまり上品な場所じゃないわね。ノア、もしかしてあんた変なお店に行ったりして――」

「そんなわけないよ。この辺に詳しいのはロウガさん」

「なるほど、そのおっさんがねえ……」

ふぅんっと納得したような顔をするシエル姉さん。

おっさんと言われたロウガさんは即座に抗議をするが、笑ってごまかされるだけであった。

まあ、そろそろお兄さんって言うのは無理な歳ではあるよな。

「私からしてみれば、あなたもまだまだ若者だけどねえ。ふふふ」

口元を押さえながら、らかに微笑むマリーンさん。

思わぬ言葉にロウガさんは困ったように笑うと、そのまま酒場の扉を押し開いた。

彼の背中に続いて、俺たちはカウンターの隣にある階段を通って地下に降りる。

やがて現れた闘技場の大きさに、シエル姉さんとマリーンさんは驚いた顔をした。

「こりゃ凄い。道理で、ノアとライザが戦えたわけだわ」

「ああ、私が本気で暴れまわっても平気だったぞ」

「大したものねえ。これだけ大きいと、お金もかかったでしょうに」

「ここのオーナーは大型魔獣と人間の対戦も考えてたらしいからな。ま、元が取れると踏んだんだろう」

「よし、これならいいものを見せてあげられそうだわ」

指をパチンと鳴らして、自信ありげに笑うシエル姉さん。

大陸にその名を知られる賢者の魔導とは、果たしていかなるものなのか。

張した俺は、とくんと唾を飲んだ。

「じゃあ、俺たちは客席で見守ってるからな」

「頑張って。期待してるからね！」

「私も、お姉さまと一緒に応援してますから」

「やってこい、お前なら大丈夫だ！」

客席へと移していくロウガさんたちとライザ姉さん。

それとれ替わるようにして、マリーンさんが俺たち二人の前へと出た。

さあ……いよいよだ。

俺とシエル姉さんが互いに向かい合うと、マリーンさんはらかに微笑む。

「じゃあ、比べを始めましょうか。最初はどちらから？」

「私からやらせてください。その方が盛り上がると思います」

不敵な笑みを浮かべながら、杖を高く掲げるシエル姉さん。

先端にあしらわれた紅玉が源を反して淡くる。

俺は軽くうなずくと、そっと壁際に移した。

安全な距離が保たれたところで、シエル姉さんはさっそく杖を振る。

「冬涸れの使者よ。天より注ぐ淡きよ……」

長ほどもある長い杖が、重さを忘れたように躍る。

指揮棒のように杖がくたび、の軌跡が描き出された。

折り重なったはやがて結実し、闘技場の中を鮮烈な冷気が走り抜ける。

「これは……氷？」

空気中の水分が凍り付き、小さな粒となって舞った。

が反し、星を散りばめたような幻想的な景が広がる。

やがて薄く降り積もった氷の下から、巨大な樹がびてきた。

煌めく氷で出來たそれは、瞬く間に枝をばし闘技場を覆いつくしていく。

その樹高は天井にまで達し、さながら數百の歳月を経た古木のようだ。

「な、なんだ？」

「うぅ……さむ……！」

「さすがシエルだな」

「すごい魔力だね……！　氷の錬魔法で、これだけの度と規模はなかなかないよ！」

興した様子で客席からを乗り出すクルタさん。

確かに、これだけの規模の錬魔法を繰り出すのは並大抵のことではない。

枝の一本一本までしく整形されていて、それはもう見事だ。

しかし……姉さんの魔法にしてはインパクトに欠けるな。

しい魔法だけれど、シエル姉さんはもっとド派手な魔法を――。

「咲き誇れ。ペリオグレシエス！！」

俺が考えていたところで、シエル姉さんは再び杖を天高く掲げた。

寶玉が強い輝きを放ち、瞬く間に周囲が紅のに飲み込まれていく。

それに呼応するように無數の氷の花が咲いた。

小さく可憐なそれは、いつか本で見た東洋の花に似ている。

ええっと、名前は……サクラだったかな？

「綺麗……！」

「これは、サクラですね……！」

「こりゃ驚いたな。まさか花まで咲くとは」

「むむ、これは……！」

咲きれる花にどよめくロウガさんたち。

ライザ姉さんも、勝利が遠のいたと思ったのか険しい顔をした。

そこへ追い打ちをかけるように、シエル姉さんはポンポンッとの球を打ち上げる。

薄く可憐な花弁が舞い落ちて、の中でさらりと溶けていく。

無數の淡い源に照らされた氷のサクラは、ため息がれるほどにしかった。

「どうです？　攻撃魔法は危ないから錬魔法にしてみました。綺麗でしょう？」

「相変わらずの素晴らしい式ね。花が咲くきまで計算にいれて、式を組んだのでしょう？　並大抵の者にはできることじゃないわ。それに、センス自もいいわね」

「そこはエレクシアに謝しないと。あの子にいろいろ鍛えられましたから」

の披を終えて、得意げに笑うシエル姉さん。

エレクシア姉さんと言えば、百年に一人とも稱される若手蕓家である。

なるほど、彼のけ売りってわけか。

見事に咲き誇る氷のサクラを見上げながら、俺は納得して頷く。

「さてと。次はノア、あんたの番よ」

こちらを挑発するように、軽く顎を上げるシエル姉さん。

そのまなざしは俺に降參を促しているかのようであった。

これだけの見事な魔法だ、超えるのは容易ではないだろう。

けど、俺だってきちんと作戦は練ってきている。

「……負けないよ、シエル姉さん」

魔法の黒剣を手に、俺は靜かに宣言するのだった。

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