《【書籍化決定!】家で無能と言われ続けた俺ですが、世界的には超有能だったようです》三十五話 思い出の花

「どうして……? どうして、ノアの勝利なんですか?」

マリーンさんの宣言に対して、シエル姉さんはすぐに不満をあらわにした。

目上の大魔導士が相手でなければ、摑みかかりそうな勢いである。

しかしマリーンさんは揺することなく、軽く咳ばらいをすると改めて言う。

「ジーク君の勝利です、それは間違いありません」

「なぜ? 理由をおっしゃってください」

「花ですよ」

そう言うと、マリーンさんは手にしていた杖でコツコツと地面を叩いた。

姉さんは「はて?」と不思議そうな顔をしながら視線を下げる。

「これが何か? 綺麗な模様ですけど、それほど大したものでは……」

「この花はね、私たちにとって特別なものなのよ。ジーク君は、それをわかってこれにしたんでしょう?」

俺の顔を見ながら、らかに微笑むマリーンさん。

その問いかけに、俺はゆっくりと頷いた。

魔法で地面に描き出したこの花は、事前に調べた結果選んだものである。

「ええ。マリーンさんと、そして息子さんにとって特別な花を選びました」

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「先生の息子?」

怪訝な顔をするシエル姉さん。

どうやら姉さんは、マリーンさんのことについてあまり深くは調べなかったらしい。

まあ無理もない、小細工なんかしなくても自分の実力なら勝てると踏んだのだろう。

「はい。このセキレイユリの花には『再會』という意味があります。マリーンさんと息子さんは、會うたびにこの花を互いに送り合っていたんですよね?」

「そうよ、よく調べたわね。息子は冒険者だから、いつもまた會えるようにって思いを込めて花を贈り合っているの。あの子ったら、前に長らく行方不明になっちゃったことがあってね」

「それも調べましたよ。息子のオーラムさんは、ダンジョンの崩落に巻き込まれて深層階へ迷い込んだんですよね。けどその時、たまたま持っていたセキレイユリの押し花が壊れた魔石燈の代わりになって帰還できた」

俺がそう言うと、マリーンさんはうんうんと満足げな顔をした。

セキレイユリの花は、暗いところで淡く質がある。

闇夜に輝く花を目印に、人々は再會を果たす……というわけだ。

とてもロマンチックなので、これをプレゼント代わりにする人たちもいるという。

「……なるほど、確かに気は利いてるわね。けど、これで勝ちにするには弱いわよ。これはあくまで魔法の勝負、おもてなし勝負じゃないわ!」

拳を握り締めながら、聲を大にするシエル姉さん。

確かに、姉さんの言うことにも一理ある。

魔法勝負ならば、さすがにこれだけでは足りないだろう。

俺はすぐに後ろを振り返ると、ロウガさんたちの方を見て聲をかける。

「すいませーん! 闘技場の明かりを、暗くしてもらえませんか?」

「ん? ああ、できるが……何をするつもりなんだ?」

「すぐわかりますから、とにかくお願いします!」

俺に促されて、ロウガさんはすぐさま客席の脇にあるレバーを下げた。

するとたちまち、天井や壁に設置されていた魔石燈のが落ちる。

周囲が薄闇に包まれたところで、地面に刻まれた花の文様が淡いを放ち始める。

そう、本のセキレイユリのように。

その水彩畫のような淡くしいのきらめきに、その場にいた誰もが息を呑んだ。

込められた魔力が微量であったことが、逆に消えりそうなの儚さをうまく演出している。

「これは……! もしかして、炎と水のほかに魔法も織り込んでいたの!?」

「ほんとにわずかだけどね。さすがに三種類を均等にってなると、安定させるのは無理だったから」

「ふふふ、やはりねえ。ジーク君の格的に、何かしていると思ってたわ」

「むむむ……!! 私としたことが、ノアを侮っていたわ……!」

ギリギリと歯ぎしりをし始めたシエル姉さん。

本當に悔しい時にだけする、昔からの癖である。

すっかり治ったと思っていたけれど、そうじゃなかったんだなぁ……。

これが出るということは、俺に負けてしまったことがよっぽど悔しかったのだろう。

「これで、シエルも納得してくれるわね?」

「んん……! ノ、ノーカンよ!」

「え?」

「勝負の勝ち負けなんて、もはや関係ないわ! 前言撤回、ノアには何が何でもうちに帰ってきてもらうわよ!」

ええええ!?

ここでさすがにそれは困るよ!

ここまでやっておいて、全部ひっくり返しちゃうなんて!

さすがの俺も堪忍袋の緒が切れて、強い口調で抗議する。

「そんな無茶苦茶な! シエル姉さんだって、納得したじゃないか!!」

「そりゃ、魔法勝負なら私が勝つに決まってたからよ!」

「何だよそれ! 最初から許可するつもりなんてなかったんじゃないか!」

「ええい、とにかく帰ってきなさい! こうなったら実力行使よ!」

杖を構え、瞬時に三重の魔法陣を展開するシエル姉さん。

まずい、本気の拘束魔法だ!

俺は即座に防魔法を展開しようとしたが、とても間に合わない。

やはり魔法の発速度では、姉さんに分があるな……!

「こら、やめなさい! 大人げないでしょう!」

「大人である前にお姉ちゃんなんです、マリーン先生!」

マリーンさんの非難も何のその、魔法を発しようとしたシエル姉さん。

だがここで、彼スレスレを何かが通り抜けた。

あの鋭く風のように速いものは……ライザ姉さんの飛撃だ!

「おい、やめろ」

「ライザ……!」

「実力でノアを連れ帰るというなら、この私を倒してからにしろ。倒せれば、だがな」

殺気すらじさせるほどの凄み。

ドラゴンでも逃げ出してしまいそうなそれに、シエル姉さんはたまらずを引いた。

単純な武力ならば、シエル姉さんはライザ姉さんには及ばない。

そもそも、相が最悪と言っていいほどに悪かった。

ライザ姉さんの圧倒的な攻撃速度は、魔法使いの及ぶところではない。

「どうする? 勝負するか」

「…………わかった、わかったわよ」

やがてライザ姉さんに距離を詰められたシエル姉さんは、蚊の鳴くような聲でそう言った。

そして俺の方を改めてみると、眼にうっすらと涙を浮かべながら言う。

「こ、この場はライザに免じて引くわ。しばらくこのラージャで暮らすことも許可してあげる」

「おお……!!」

「けど! きっとすぐにまた來るんだから!!」

俺をビシッと指さして、半泣きになりながらも宣言したシエル姉さん。

けどこれで、當面の危機は乗り切ったのだった――。

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