《【書籍化決定!】家で無能と言われ続けた俺ですが、世界的には超有能だったようです》第二十二話 銅貨一枚の奇蹟

「こちらが、娘の部屋です」

主人に案された先は、何とも立派な子ども部屋であった。

窓際に天蓋付きの大きなベッドが置かれ、隅にはぬいぐるみが山のように積まれている。

そして壁には、各地の風景を模寫した絵畫が一面に並べられていた。

部屋を出ることのできない娘のために、主人が特注で造らせたものだろう。

よく見れば、それらの絵畫には共通して白い服を著たが描き込まれている。

「へぇ……! の籠ったいいお部屋ですね!」

「ははは……。私が娘のためにしてやれることといったら、これぐらいのことでして」

主人がそう謙遜したところで、ベッドに橫たわっていたがゆっくりと起き上がった。

が、件のアナスタシアらしい。

年の頃はまだ十歳そこそこと言ったところであろうか。

黃金の巻きがふわりと揺れ、瞳は大きなアイスブルー。

鼻の作りは小さく、ぽってりとしたらしかった。

さながら、ビスクドールのような可らしいである。

Advertisement

「お父様、この方たちは?」

「えっと……」

「こんにちは、私はイリーナ。教會の方から參りました」

微笑みを浮かべながら、つらつらとそれらしいことを言うファム。

イリーナというのは旅立つ前に決めた偽名である。

今から二百年ほど前に活躍した聖の名前で、今では定番の名の一つだった。

「シスターさんなの?」

「ええ、そんなところですよ」

「ふぅん……。それなら、アナの病気を診に來たの?」

「その通り。なかなか賢いですね!」

そう言ってファムが笑うと、アナスタシアは布団をはだけて上著をいだ。

醫者や聖職者が來たらこうすると、行パターンがすでに決まっているようだ。

「このまだら模様は……」

「はい、ある時から背中に現れたものです。これがの魔力の循環をし、やがては全かなくなって死に至るのだと……」

「私も初めて見ますね。ですがこのじ、病というよりは呪いに近いかもしれません」

痛々しい痣をりながら、沈痛な面持ちをするファム。

Advertisement

薬が効いているおかげか、アナスタシアはいくらか元気そうに見えるが……。

そのはいつ意識を失ってもおかしくないほどに弱っていた。

ニーゼが言っていたこともあながち噓ではない。

早々に治療をしなければ、アナスタシアが死に至るのは確実だろう。

「今まで何人ものお醫者様や魔導士様に見ていただいたのですが……。皆、手に負えないとさじを投げてしまって」

「それで、最後に教會を頼ったと?」

「はい。そしたら、ニーゼ様が良い薬があるとおっしゃられて。藁にもすがる思いで、ろくに確かめもせず言われるがままに購したのですよ。今思えば、私としたことが商人失格です」

大店の主だけあって、本來は優秀な商人なのだろう。

もしこれが家族と関係のない話であったら、すぐにニーゼの噓を見抜いたに違いない。

しかし、さすがの彼も娘の命がかかわることとあっては目が曇ってしまったらしい。

真一文字に結ばれたからは、悔しさがあふれるかのようだった。

「やはり、難しいですか? 魔導士様の話では、何とかできるとすれば聖様ぐらいだとか」

「聖様なら、何とかできるんですか?」

「はい。ですがそのようなことを言われても、私どもではとてもとても……」

に治癒を依頼することなど、一介の商人にはおよそ不可能であった。

大陸最大の勢力を誇る聖十字教団。

その聖かすことは、どれほど金を積もうとそう簡単ではないのである。

だがしかし、この主人とアナスタシアは非常に運が良かった。

いまアナスタシアを診ているイリーナこそが、その聖なのだから。

「私なら何とかできる……。レジレクションを使えと言うことですかね……」

「はい?」

「いえ、こちらの話です。それより、しでいいので部屋を出てもらえますか? この子に治療を施したいのですが、あまり人に見られたくないので」

「へ!? 治療できるのですか!?」

驚きのあまり、口をパクパクとさせる主人。

これまで、數年に渡って懸命に娘の治療法を探してきたのである。

それがこうもあっさりとできると言われてしまえば、茫然とするのも無理はなかった。

しかし、驚く主人をよそにファムはあっさりとした口調で告げる。

「ええ。すぐに治出來ますよ。見たところ生命力が弱まっていく病ですが、複雑なでもないので」

「そ、そうなのですか……?」

「はい、任せてください!」

ドンッとを叩くファム。

その勢いに押されて、主人は半信半疑ながらも部屋を出て行った。

「では私も、失禮いたします」

「あなたは別に殘っていてもいいのですよ?」

「主人についていてやろうかと思いまして」

それだけ告げると、クメールは一禮して部屋を去っていった。

……そう言えば、彼はファムが神聖魔法を使う時は何かと理由をつけてその場から離れていたような。

ファムはふとそのようなことが気になったが、特に不自然な理由でもないので黙っておく。

「では始めますよ。ちょっと熱いかもしれませんが、我慢してくださいね!」

「うん、お願いします!」

ファムはの背中に自らの手を重ねた。

そしてゆっくりと深呼吸をして、の魔力を練り上げる。

自然と一化し、その生命力を汲み上げてに注ぎ込むようなイメージで。

魔力の流れを整え、と自の間で魔力を大きく循環させる。

やがてその手が金に輝き始めると、ファムは朗々と呪文を紡いだ。

「天より注ぎし、地より溢れる恵みの水。三界を巡る命の波よ、この手に集いて――」

は次第に強さを増し、明滅を始めた。

そのあまりの輝きに、周囲からが失われる。

そしてそれが最高に達した瞬間、発するようにが弾けた。

「ひゃっ!?」

を駆け抜けた熱に、は思わず聲を上げた。

だがその直後、を蝕んでいた痛みが溶けるようにして消えていく。

それはさながら、春を迎えて雪が解けるかのごとし。

痛みに代わってを満たした心地よい暖かさに、はうっとりと表を緩める。

「これで、もうすっかり良くなりましたよ」

「本當? もう、痛くはならないの?」

「ええ、もう大丈夫。今はが弱っているけれど、すぐに良くなるから」

そう言うと、ファムはアナスタシアの頭をゆっくりとでた。

そして彼をもう一度寢かせると、足音を立てないようにゆっくりと部屋を出る。

「娘は!? 娘はどうなりましたか!?」

扉から出ると、すぐに主人が聲をかけてきた。

娘のことをよほど心配していたのだろう、顔が涙にぬれてグシャグシャだ。

彼は制止するクメールを振り切り、ファムに縋り付く。

「大丈夫ですよ、すっかり良くなりましたから」

「おお、おお……!! 私も、娘の様子を見ていいですかな!?」

「ええ。治療を終えて休んでいるので、起こさないようにしてくださいね」

ファムがそう言い終わらないうちに、主人は扉を開けて中にっていった。

そして數分後。

無事に部屋から出てきた彼は、天を仰いで祈りを捧げた。

その晴れ晴れとした顔は、喜びと謝を全全霊で表しているかのようだ。

「神よ……! 今日ほど謝したことはございません……!」

「喜んでいただけたようで、何よりです」

「そうだ、お禮をせねば! おい、誰か!」

主人はパンパンと手を叩くと、近くにいた手代を呼びつけた。

そして大きな麻袋を取り出すと、それを押し付けるようにして手代に手渡す。

「急いで金庫に行って、これいっぱいに金貨を詰めて來てくれ!」

「この大袋にですか!?」

袋の大きさに、驚きを隠しきれない手代。

この袋に一杯の金貨となれば、恐らく五千萬にはなるだろう。

いくら大店の主人とは言え、そうそう簡単に出すような金額ではない。

「かまわん、急げ!」

「は、はい!」

「あ、あの! お金でしたらいりませんよ!」

「へ!? いや、そういうわけには參りませんよ! 商人として、何かをしていただいたからには相応の金を支払うのが當然です!」

主人の決意はなかなかに堅いようであった。

ファムがそれとなく斷ろうとするが、どうにも聞きれようとはしない。

だが、ここで金をけ取ってしまうと後が大変であった。

あくまでも今のファムは、忍びでいている。

表向きは、現在でも教団の本部にいることになっているのだ。

その狀態でこれほどの大金をけ取っては、何かと処理が面倒なのである。

「んー、どうしましょうか……」

「ではご主人、こういうことでいかがでしょう? 今まで払った薬代に、今日の治療費が含まれていたということで」

クメールがそれとなく割ってり、案を提示した。

主人はそれでは申し訳ないと渋い顔をするが、ファムはそれで押し切ろうとする。

「そうです。我々も一応、教會とはそれなりに関係のある人間ですしね」

「ですが……」

「だったら、銅貨を一枚だけ下さい」

「え?」

「お金を出さないと筋が通らないということであれば、銅貨一枚だけ出してください」

真剣な顔で、そう告げるファム。

その凜とした表とまっすぐな眼差しには、有無を言わせぬような迫力があった。

としての芯の強さが、そのまま滲み出ているかのようである。

それを見た主人は、その雰囲気に押されてを引く。

「……わかりました、では銅貨一枚だけ」

「ありがとうございます!」

満面の笑みを浮かべながら、銅貨をけ取るファム。

はそれを大切に懐にしまうと、優雅に禮をした。

そして、ゆっくりと店を後にする。

去り行く彼たちの背中を、主人は従業員総出で見送らせた。

その眼には涙が浮かび、ほろりほろりと零れ落ちる。

「私たちがいて良かったです。しかし……あの子の病はし気になりますね」

涙する主人を振り返りながら、ぽつりとつぶやくファム。

アナスタシアのを冒していた病は、穢れた魔力との接が原因である。

あれほどの穢れをもたらす存在となると、ファムは魔族ぐらいしか思い當たらなかった。

それも相當に上位の存在が、彼れたとしか考えられない。

「この地に魔族がやってきた……? とにかく、一刻も早くラージャに到著しなければ」

そう言って、歩を速めるファム。

こうして彼は、事件の真相が眠るであろうラージャに急ぐのであった。

    人が読んでいる<【書籍化決定!】家で無能と言われ続けた俺ですが、世界的には超有能だったようです>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください