《【書籍化決定!】家で無能と言われ続けた俺ですが、世界的には超有能だったようです》第三十五話 絆の絵
「これは……人魚?」
俺が取り出した絵を見て、エクレシア姉さんはしばかり驚いた顔をした。
どうやら、人魚を題材にするとは思っていなかったらしい。
よくよく考えてみれば、人魚は湖の奧底に住む幻の種族。
昨日の騒で、初めてその姿を見たという人がほとんどだろう。
エクレシア姉さんにしても、題材に選ぼうにも選べなかったに違いない。
「本を見て描いたの?」
「ええ。たまたま、仲良くなった子がいて」
俺がそう答えると、ざわめきは一層広がった。
やがてギャラリーから次々と聲が上がる。
「すごい! 本の人魚の絵なんて、初めて見た!」
「言われてみれば、昨日見た人魚にそっくりだな……」
「こいつはいいや! これからのこの街にぴったりだ!」
昨日の一件のせいであろうか?
人魚を題材としたことが、思ったよりもはるかに街の人々に好評だった。
これは、ひょっとするといけるかも!
あともう一押し、何かがあれば勝てるかもしれない!
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「うーん、あとは……」
「おーーい!」
俺が考え始めたところで、人波の向こうから聲が響いて來た。
振り向けば、クルタさんたちが大きく手を振っていた。
彼たちは俺に走り寄ると、はぁはぁと荒く息をする。
「もう、いきなり走っていくんだから!」
「すいません、時間がなかったので」
「それで、今どんな狀況なんですか?」
周囲のギャラリーやエクレシア姉さんの顔を見ながら、ニノさんが尋ねてきた。
俺は彼たちに近づくと、そっと早口で今の狀況を説明する。
するとライザ姉さんが、何やら得意げに笑みを浮かべた。
「……ならば、最後にを追加したらどうだ?」
「え? そりゃ、パフォーマンスにはいいかもしれませんけど……」
俺は改めて、自分の描いた絵を見た。
流石にエクレシア姉さんの作品には及ばないが、時間をかけてキッチリ仕上げたものである。
追加と言っても、足りない部分などそうそう見つからない。
下手をすれば、蛇足になってしまう可能もある。
すると姉さんは、笑いながらとあるものを取り出した。
「あ、それは……!!」
うららかな日差しのもと、七に輝くしい鱗。
間違いない、前に姉さんが持ってきた人魚の鱗である。
そうか、確かにこれならば素晴らしい差しになるだろう。
俺はさっそく鱗をけ取ると、薄く削って蒼の絵と混ぜる。
そしてそれを絵の上に薄く塗ると……。
「おおおっ!!」
「なんと、なんと……!!」
「素晴らしい……!!」
虹に輝くの粒子が散らばり、に輝く。
それはさながら、生命の輝きを表すかのようであった。
それまでどこか靜かな印象であった人魚が、一変して躍を得る。
眠っていた人魚が、今まさに目覚めたかのようだ。
その劇的なまでの変化に、ギャラリーたちは思わず目を奪われる。
これにはエクレシア姉さんも驚いたようで、眉間にスッと皺が寄った。
「……なかなかやる」
それだけ言うと、エクレシア姉さんは改めてギャラリーたちの方に向き直った。
そして彼らに大きな聲で問いかける。
「そろそろ、勝敗を決したい。エクレシアの描いた風景畫とノアの描いた人魚の絵。どちらがいいか手を上げて」
まずは自分の絵からと、風景畫を手で示すエクレシア姉さん。
たちまちギャラリーのうち半數ほどが手を上げた。
続いて、姉さんは張した面持ちで俺の手を示す。
すると……さきほどより、ほんのわずかにだが多くの人が手を上げた。
それを見たライザ姉さんやクルタさんが、思わずぶ。
「……勝ちだ。ノアの勝ちだ!!」
「すごいよ! あのエクレシア畫伯に勝つなんて!!」
「流石だぜ! お前はやると思ってたけどよ!」
口々に俺のことを褒めたたえるライザ姉さんやクルタさんたち。
すっかり照れ臭くなってしまった俺は、顔を赤くして頬をかいた。
それもこれも、人魚さんたちのおかげだろう。
最後に鱗を畫材にするアイディアを思いついたライザ姉さんも冴えている。
一方で、負けたエクレシア姉さんはショックが大きかったのだろう。
頬を膨らませて、凄く不機嫌そうな顔だ。
「……あはは、畫材と題材が良かったんですよ。タイミングもバッチリでしたし」
「運に恵まれるのも、優れた蕓家の資質」
「じゃあ、認めて……」
「でも、それとこれとは別の問題!」
ええ、そんなのありなのか!?
エクレシア姉さんは急に話をひっくり返すと、俺の絵の前に移した。
そして、聞き取れないほどの早口でダメ出しをしていく。
「人は良いけれど、背景がダメ! 水が死んでしまっている!
もっと表をらかく、目に固さが殘ってる! の反が――」
怒濤のツッコミ。
その苛烈さに俺は気が遠くなるような思いがした。
するとここで、ライザ姉さんがエクレシア姉さんの後ろに回り込み、その肩に手を置く。
「……何を言おうと、負けたのは事実だ。大人になれ」
「むぅ……。ライザにだけは言われたくない」
「なっ! お前、私が子どもだとでも言いたいのか?」
「そう。ライザはエクレシアよりお子様」
本來の話題から外れて、言い爭いを始めたライザ姉さんとエクレシア姉さん。
二人はそのままドンドンとヒートアップしていってしまう。
「そういうエクレシアの方が子どもだろう! お前、割り算できるのか?」
「もちろん。エクレシアはさんすうマスター」
「くっ……!! ま、まあいい! ひとまずそういうことにしておいてやろう。さらばだ!」
「わっ!!」
いきなり、ライザ姉さんが俺の手を摑んだ。
形勢不利を悟るや否や、俺を連れて逃げてしまうつもりのようだ。
それを見たエクレシア姉さんが、一瞬、呆けたように目を見開く。
しかしすぐに気を取り直すと、周囲のギャラリーたちに呼び掛ける。
「みんな、ライザたちを止めて!」
「げっ! まずいぞ!」
「急いで逃げろ! 止まるな!」
俺たちを取り囲もうとする人々。
その間をどうにか潛り抜けて、俺たちはエルマールの街を抜け出すのだった――。
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