《【書籍化決定!】家で無能と言われ続けた俺ですが、世界的には超有能だったようです》第十六話 メイリンの事
「ここが、メイリンの家?」
黒雲を抜けて、山の斜面を全速力で降りること數十分。
俺たちはチーアンの街はずれに建つメイリンの家まで來ていた。
木と土で作られた素樸な邸宅で、軒下に飾りのついた赤い提燈が吊るされている。
「ええ、ここでお祖母ちゃんと二人で暮らしています」
「ご両親は居ないの?」
「ええ。父と母は五年前に流行り病で倒れてしまって……」
寂しげな表で告げるメイリン。
病気どころか、既に亡くなってしまっていたのか……。
俺は何とも言えない気分になる。
裏切りをしたのは事実だが、メイリンにはメイリンなりの事がありそうだ。
「お祖母ちゃん、開けてください! メイリンです!」
ドンドンと戸を叩くメイリン。
やがて奧からしわがれた聲が聞こえると、家にぼんやりと明かりが燈った。
そして中から、白髪の老婆が姿を現す。
年の頃は七十前後と言ったところであろうか。
腰が大きく曲がっていて、顔には年のような深い皺が刻まれている。
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しかしその聲には張りがあり、しゃべり方もハキハキとしていた。
「どうしたんだい? この方たちは一……」
「理由は後で教えるから! すぐに解毒薬を用意して!」
「解毒薬? ひょっとして、そこの子かい?」
そう言うと、老婆は俺が擔いでいたシエル姉さんの顔を覗き込んだ。
そして彼の顔に手をばすと、カッと大きく眼を開く。
「こりゃいけないね! 大王ムカデの毒じゃないか!」
「治せそうですか……?」
「任せなさい。すぐに治療するから、ってきておくれ!」
こうして家の中にった俺は、すぐさま姉さんを寢臺の上に橫たえた。
どうやらメイリンの祖母は、薬師か何かを生業としているらしい。
部屋には乾燥した植が吊るされていて、奧には引き出しのたくさんついた薬棚が置かれている。
「さ、これを。飲めるかい?」
棚から數種類の葉を取り出すと、老婆はそれらを手際よく薬研ですりつぶした。
そうして出來上がった末を、すぐさま姉さんの口にれて水で流し込む。
姉さんは苦しげな顔をしつつも、どうにかそれを呑み込んだ。
「これで一安心さねぇ。明日には熱も引いて表も収まるはずだよ」
一仕事終えたとばかりに、額に浮いた汗を拭う老婆。
橫にしたせいか、それとも薬が早くも効き始めたのか。
心なしか、シエル姉さんの呼吸も楽になっているように見える。
「こんなに手際よく処置するとは……大したもんだぜ」
「うむ、並の薬師ではないな……」
「あたしの腕じゃなくて、材料がいいのさ。この辺りは良質な薬草が多いからね、お山の恵みだよ」
そう言うと、老婆はスッとメイリンに眼を向けた。
その眼の鋭さに、たちまちメイリンの顔が強張る。
「さて、メイリン。どうしてこうなったのか、詳しいことを教えてもらおうか?」
「……はい」
靜かに頷きを返すメイリン。
彼はわずかにためらいながらも、ゆっくりとここに至るまでの経緯を語る。
病気の母の治療のためと言って、俺たちに道案を申し出たこと。
その途中で裏切りがバレて、シエル姉さんと言い爭いになったこと。
さらにそこでムカデの怪と遭遇し、戦いになったこと。
事の一部始終を聞いた老婆は、心底疲れたようにふうっとため息をつく。
「まったく……。ろくでもないことをしたもんだねぇ」
「ごめんなさい」
「謝るのは私じゃなくて、この人たちにだろう?」
「……申し訳ありませんでした」
こちらに向き直ると、深々と頭を下げるメイリン。
俺たちは互いに顔を見合わせ、し戸いながらもその謝罪をけれることとした。
むしろ、逆に良いのだろうか?
この老婆も、チーアンの住民である以上は竜を信仰しているはずだ。
彼からしてみれば、信仰対象であるゴールデンドラゴンを倒しに來た不屆き者なのである。
クルタさんたちも同じことを思ったのか、し戸ったように尋ねる。
「……あんたらからしたら、俺たちは敵なんじゃないのか?」
「そうだよ。ボクたち、ゴールデンドラゴンを討伐しに來たんだよ?」
「それとこれとは話が別さ! 裏切りなんて卑怯な真似、どんな理由でもしちゃいけないよ」
そう言うと、老婆は俺たちの不安を豪快に笑い飛ばしてしまった。
そして俺たちの顔を見回すと、ゆっくりと語り始める。
「それに、私らの家は他の家とはし違った教義が伝わっていてねえ。龍を恐れてはいても、敬っているわけではないのさ」
「お祖母ちゃん! そんなこと言ったらダメ!」
大慌てで、祖母の発言を撤回させようとするメイリン。
もしかして、信仰の違いが彼たち一家が街はずれで暮らしている理由なのだろうか?
危険を冒して俺たちをはめようとしたのも、ひょっとしてそこからなのか?
俺たちがあれこれと思案を巡らせていると、やがて観念したようにメイリンが語り出す。
「……ええ、お察しの通りです。我が家は他とは違う教義を引き継ぐ異端の家。そのせいで、これまでさまざまな差別をけてきたんです。だから、あなたたちの竜討伐を阻止して王の誕生を助ければ立場が良くなると思って……」
「なるほど。裏切りなどするようには見えなかったが、そういう理由だったのか」
「はい。本當に、ご迷をおかけしました」
改めて、深々と頭を下げるメイリン。
するとライザ姉さんが前に進み出て、剣の柄に手を掛けた。
そして――。
「そう簡単に許すわけにはいかんな。そなたのせいで、妹が死にかけたのだから」
「……わかっています」
「ならば、相応の罰をけて貰おう」
「ね、姉さん!?」
姉さんの言葉に俺たちが驚いた瞬間、剣が閃いた。
しく弧を描いた刃が、メイリンの頭を狙う。
ま、まさか……!?
予想外の行に、俺やクルタさんたちは思わず聲をらした。
が、次の瞬間――。
「髪の……?」
束ねられていたの髪が広がり、そして散ったのであった。
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