《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》9話 星と凡人

「……この店はよく來るのか?」

味山が店を見渡しながら呟く。間接照明に照らされる店は晝なのにどこか時間の覚が曖昧になる。

広い店には上品な丸テーブルがいくつか並べられているがどれも空席だ。

「ええ、たまにソフィやアリーシャと來るかしら。會員制のレストランで、予約すればこんなふうに貸切にも出來るの」

「はー、すごい。……待って、アシュフィールド、貸切にしたのか?」

やべ、財布になんぼれてるっけ? 最悪端末の口座で決済も出來るが。

「あっあー、タダヒト。必要ないわよ。お代は昨日、ソフィが置いていったお金がまだ殘ってるもの」

「いいのか?」

「いーのよ、ほんとなら昨日使い切りたかったけど、あの子予想以上にたくさん置いていってるから…… お禮は今度ソフィに言いましょ?」

「あー、なるほど。それなら納得」

まあ、なら特段気にすることもないか。あんま気を使いすぎるのもよくないし。

「ん? どうした、アシュフィールド、ニヤニヤして」

「ふふ、なんでもないわ。昨日はよく眠れた?」

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「あー…… まあまあかな。なんか最近夢見が悪くてよ。寢たような寢てないようなじなんだ」

「夢? どんなの」

アレタが機に頬杖をつきながら瞳を開きこちらをみてくる。

「それがよく覚えてないんだ、目が覚めたら忘れるんだよなあ」

「ふーん、あまり続くようだったらメディカルチェックに行った方がいいかもね。探索者にとって睡眠は何より大事なものだし」

「わかった、そうする」

「ん、そうして」

アレタがにこりと笑う。何がそんなに面白いのだろうか。探索で見せる不敵な表とはまるで違う。

「ふふ」

アレタから笑みが溢れた。

「どした?」

「んーん、なんでも。タダヒトの顔って面白いなあって思ってた。探索ではいつも死にそうなほど必死なのに、今はとてもぬぼーってしてるのだもの」

「それまさか褒めてるつもりか?」

「もちろん」

満足げにアレタが笑う。

「ねえ、タダヒト。噴水広場の人たちのこと覚えてる?」

「ああ、アシュフィールドのファンのこと?」

「ええ、あの人たち。ねえ、どうしてタダヒトはあの人たちとは違うの?」

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「……言ってる意味がよくわかんねえ、人種とかの話じゃないのはわかるけど、違うって何が違うんだ?」

味山が

「その目よ。みんなあたしを何か眩しいものをみるような目で眺めるの。別にそれが嫌ってわけじゃないんだけれど」

「俺の目は眩しそうじゃないてことか?」

「うん、タダヒトの目は違う。ソフィやグレン、ほかの指定探索者があたしをみる目とも、アリーシャがあたしをみる目とも違う。なんか、こう…… フツーなじがするの」

素樸な疑問のつもりなのだろうか。味山はなんと答えればいいかとし考えゆっくりと言葉を紡ぐ。

1つの1つの返答に気を使う。しかしそれでいて普通の言葉ではだめだ。

アレタ・アシュフィールドが自分に何を求めているのか、それをよく考えてからーー

「えー、知らんけど。アシュフィールドがし自意識過剰なだけじゃね?」

「へ?」

アレタが目をまん丸に開く。

廚房の奧で、ガシャんと何かが落ちるような音がした。

あれ、何この反応。やべ、間違えた? ラフ過ぎた?

味山は心の焦りを気合いで表の裏に留めた。

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ポカンとした顔でアレタがこちらを見つめる。

やべえ、怒らせたか、どうする、なんかフォローを。

味山が腹に力を込めてーー

「ふん、ふん。そうか、なるほどね。自意識過剰…… たしかに、それはあるかもしれないわ」

「あ、アシュフィールド?」

もにょもにょとアレタが1人でに呟く。どっちだ、どっちなんだ、セーフか、セーフなのか?

味山の心配をよそにアレタが顔を上げて、それから。

「フっ、フフ。自意識、過剰かあー。タダヒト、やっぱり、貴方もそう思う? あたしもなんか最近、覚が麻痺してたのかも! 大統領とか偉い人とがみんなあたしを褒めてくれるんだもん」

「あ、はは、へえー、え、大統領?!」

「そうよ、ステイツの大統領。月2回は電話してくれるの。何か必要なものはないかーって。あまり大げさなものばかりくれそうになるからいつも斷ってるけどね」

アレタが満足げに笑う。

シャっ! オラっ! セエエエフ!

さすが俺、この絶妙な特別扱いはされたいけど、あまり大仰に扱ってしくないという面倒くさい心に対して完璧な一言だ!

いや、自意識過剰なわけないじゃん! だってキミ、あのアレタ・アシュフィールドだよ! 自意識正常ですよ!

味山は心の中でんだ。

「えー、やべえな、アシュフィールド、規模のヤバいパパ活みたい」

「ぱぱかつ? ごめんなさい、バベル語がうまく機能しないみたい。日本の言い回しかしら?」

「あ! なんでもない! そう! 日本だけの昔の言葉なんだ。悪い、もうつかわない!」

味山 只人は凡人だ。

アレタのように運命に選ばれた特別な存在ではない。の丈よりもし高い幸せをむ一般的な人間だ。

味山の生來の小さは、周りの人間の顔しい言葉を探す慎重さをもたらしていた。

アレタ・アシュフィールドが自分に何を求めているのか、それすらもぼんやりと理解して、無意識に彼しい言葉や態度を探すようになっていた。

ひとしきり笑った後、ふいにアレタが黙った。

「あ、アシュフィールド?」

味山が言葉に詰まる。

自分とは違うその顔の作り。

瞳はアーモンド型、切れ長の瞳に長いまつがかかる。誰も足を踏みれたことない蒼い海をそのまま閉じ込めたの瞳が、味山を見ていた。

やばい。飲まれる。

味山は瞬時に、アレタにわからないように口のを犬歯でほんのし噛み潰す。

鋭い痛みが、きつけになる。

「……えーと、何か俺の顔についてる?」

口から出るを唾でごまかす。

「ええ、目と鼻と口と、それから耳がついてるわ」

顔にれてしまうのではないかと言うほどアレタがそのしなやかなをぐいと乗り出して、味山の顔を覗く。

長い時間が経つ、不意にアレタがひょいと顔を離した。

「ふふ」

「……満足してもらえたか?」

「ええ、くるしくないわ。楽にしていいわよ」

「了解、將軍」

「誰が將軍よ」

2人が笑い合う。

もしこの店に他の客がいれば驚いたろう。

星の笑顔を一に向けられてなお、まるで普通の友人に接するごとく振る舞うその男の有様を。

のほど知らず、ヒモ、金魚のフン。そう嘲る者もいるだろう。

しかし嘲る者は知らない。凡人がどれだけ気をつけながら星と接している事など、誰に知る由はなかった。

「くく…… 歓談中、大変失禮致します。お待たせいたしました…… 完…! 當店が誇る珠玉の品々をご賞味ください」

「あら、早かったわね、タテガミ」

タテガミが音もなく、機に皿を構えてやってきた。

「くく…… アレタ・アシュフィールドの笑顔とは…… 良いものを拝見させて頂きました」

「あら、あたしふだんからみんなにむけて笑ってるつもりだけれど」

「ええ、そうでしょうとも。貴様の笑顔は、そう、例えるならば、夜闇の道を照らす星明かりのようなもの。我々、凡人の先の見えない道を輝かせる一筋の、けれど、先ほど貴様が、味山様に向けていたものは…… おっと、失禮。口が過ぎました」

タテガミが皿をゆっくりと機に置いていく。その腕のゴツさとは裏腹にとても繊細で靜かなき。

「おお」

「へえ、綺麗ね」

スープだ。

皿には靜かにスープが溜まっている。

「くく、コース料理というわけではないのですが、まずは胃を溫めて頂ければ…… 當店自慢、星空のスープです」

「すげ…… これどうなってんだ?」

スープを見て驚く日が來るとは思わなかった。

ったスープはまるで星空を閉じ込めたかのやうにキラキラと輝いている。

「くく…… まずはご賞味あれ。が黒いのはイカ墨を利用しているからです。安心安全……っ! 自然食品100% ……!」

「まじか」

「ん、味しい、タテガミ、腕はまったく落ちてないわね」

「恐悅至極……」

味山がためらっているうちにアレタが銀のスプーンを靜かに口に運ぶ。

口の中、切ってるから染みるだろうなあ……

味山もそれに倣って、おそるおそるスープを飲んだ。

「うっま」

え、うっま。うま。

「うっま」

「プフッ、なんで2回言ったの?」

「いやこれ、味い。なにこれ、味い」

語彙が地獄だ。

深いの味、しかしなんの臭みもない。驚くことに先程噛み切った口の中の傷がしも痛みはしなかった。

「ふふ、タダヒト、味しい?」

「あ、ああ、味い。これ、こんなもん初めて食べた。一なんのスープーー」

アレタとタテガミに味山が料理の由來を、聴(・)いた。

TIPS€フタクチミズウミガメのスープ。濃厚なの香りとあっさりとした後味が特徴。接種すれば10の経験點を得る

「あ? フタクチミズウミガメ?」

呟きがもれる。

アレタがし目を丸くし、フッと笑う。

タテガミが大きなをわずかに揺らした。

「あら」

「……ほう!」

ささやきが、スープの正を告げる。

これ、怪種のスープて事か?

「くく、……アレタ・アシュフィールド。彼にこの店のことを……事前に?」

「ふふ、いいえ。そんな面白くない事しないわ。全部食べ終わった後にネタバレしようと思ったのだけれど」

アレタが瞳を細く、あれはこちらを値踏みしている時の顔だ。味山はスプーンを置く。

「ほう……ほう! 素晴らしい…… 味山様、良い舌をお待ちで。貴方の言った通り、こちらは大湖畔に生息する怪種34號、フタクチミズウミガメのスープ…… 取れてから2日以のものはこのように澄んだ星空のようなになります」

「おお…… まじか」

「それにしても驚きました。怪種由來の料理と見抜くばかりか、まさか名前までぴったりと當てられるとは…… 怪種の料理は初めてではないのですか?」

タテガミの目はらかい、しかししっかりと味山を見つめる。

「えーと、はい。組合の酒場に置いてあるメニューとか、以前摘んだことが」

「なるほど…… まだまだ怪種の料理というのは萬人にけられるものではありません…… 貴方は実に探索者らしい方だ…… くく、次の料理をご用意して參ります」

「あ、どうも」

綺麗に一禮をれて廚房へと去っていくタテガミへ味山が頭を下げる。

それにしても味い。音をたてず気をつけながら味山がスープを啜る。

味しい?」

「うん、うまい」

「そ、なら良かったわ」

にししとアレタが笑う。

食べるところをじっと見つめれるのは気恥ずかしいが、スープの味さに比べればどうってことはなかった。

「ねえ、タダヒト。食べながらでいいから1つ聞いてもいい?」

「おん、大丈夫。それにしたって味い」

フタクチミズウミガメのの香りをイカ墨がまろやかに包む。これでスープパスタなんて作られたら神の食べになってしまうだろう。

「12回」

「うん? なに?」

アレタがぽつりと

「あたしたちがパーティチームを組むようになって一緒にごはんや飲みに行った回數よ」

「お、覚えてんの?」

「ええ、しっかりとね。知らなかったわ、タダヒトが怪種の料理を組合の酒場で食べた事あるなんてね」

ぶるり。

あれ、空調弱くなった? 寒気が味山の背筋をでた。

「あたし、タダヒトと怪種の料理なんて食べたことないわ。誰と行ったの?」

あ、あー、そっちかー。

味山はスープのあまりの味しさに自分が地雷を踏んだ事に今、ようやく気付いた。

事ここに至っては下手に誤魔化しても意味がねえ。

味山はスープを何度か飲み、ナプキンで口を拭いてからアレタを見つめた。

「前のパーティチームの打ち上げで食べました」

「しっかりスープ飲んでから返事するのがタダヒトらしいわね。……ふーん、リン・キサキと?」

「はい。貴崎もいました」

「ふーん…… どっちが味しかった?」

「こっちです。これはマジで」

すすす。

無意識に味山はまたスープをすする。やべと気付いてすぐにスプーンを機に置いた。

「ふ、ふふふ、だからしっかりスープは飲むのね。まあ、いいわ。ごめんなさい、変な事でムッとしちゃった」

アレタが表を和らげる。背筋にじていた寒気が消えた。

「いや、別に。こっちの方がマジで味いし、それに2人で食べるのは始めてだ」

「……ああ、そうなんだ。フーン。リン・キサキとは2人でごはん食べに行ったりしなかったの?」

「おん、絶対坂田もついてきてたしな。ああ、坂田っていうのは貴崎のなじみの奴な」

「……ええ、知ってるわ。報告書でみたもの」

「あ? 報告書?」

妙な言葉を味山が聞き返す。アレタが小さく首を振り、スープを飲んだ。

「ううん、なんでもないわ。そうだ、タダヒト、明日はどうするの?」

「明日か? 次のチームでの探索に備えてアイテム揃えるために自由探索に行ってこようかなっつーじ」

「あら、ソロでいくの? うーん…… まあタダヒトなら死ぬことはないだろうけど。あまり危険なことはしちゃだめよ?」

「大丈夫、ソロの時はなるべく怪種とはかち合わないようにするよ。心配ありがとう、母さん」

「誰が母さんよ、バカ」

そう言いながらもアレタは笑っていた。心なしか聲も高い。

なんか急に機嫌が良くなったような…

まあ、いいか! 機嫌が良くなって悪りぃことはないし!

味山は考えるのが面倒くさいとばかりにそのままスープに舌鼓を打つ。

「アシュフィールドはどうすんだ? なんか予定あるのか?」

「ええ、明日はソフィと一緒にし出掛けてくるわ。野暮用ってやつね」

「ほーん、アシュフィールドも気をつけてな」

「ええ、ありがとう、タダヒト」

味山を見て微笑みながらアレタが洗練された所作で食事を進める。

「くく、お待たせ致しました、本日のメイン! ハイイロヘビのステーキです……! 冷えないうちにどうぞ」

「おお、すげえ」

熱せられた鉄板の上、ジュウジュウと音を鳴らしながら現れた

匂いで分かる、これは味いやつだ。

「當店自慢のメニュー、ご賞味…… 実食!」

「いただきましょう、タダヒト」

探索者の食事が進む。

星のに焼かれることも、奪われることも、見上げることもない凡人は食べる。

食べて、喰べて、強くなる。いつか來るその日の為に。

熱々のにナイフをれると、が溢れた。

TIPS€ ハイイロヘビの腹の、良く仕込まれており臭みはない。摂取すれば、筋力の向上、20點の経験點を得る

ささやき、そして、気付き。

経験點ってなんだ?

沸いた疑問、を一口れると、そんなものは一瞬で消えてしまった。

味山はしばらくアレタとともに怪種の料理に舌鼓を打つ。

タテガミと再來店の約束をして店を出た後はアレタにわれ、アメリカ街の出店を冷やかしひとしきり遊んだ後に、自宅へ戻る。

積んでいた國家シュミレーションゲームや、アクションRPGをひとしきりやり終えた後、普通にシャワーを浴びて、普通に寢た。

部屋の片隅に置かれた紙袋にれたオカルトグッズ、それは次の日に解かれることになる。

味山は手段を選ばない。集めて、集めて、強くなる。

味山只人の現代ダンジョンライフ、その1日がまた終わる。

明日は、ソロ探索だ。

読んで頂きありがとうございます!

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