《凡人探索者のたのしい現代ダンジョンライフ〜TIPS€ 俺だけダンジョン攻略のヒントが聞こえるのに難易度がハードモード過ぎる件について〜【書籍化決定 2023年】》21話 水は冷たく、星屑は試されていた。

みずは冷たく心地よい。

生まれた土地を離れるのは苦心したが、仕方ない。大陸はすでにヤツらが支配した。

しい一族を守るため、このを連ねるためにはこの冷たいふるさとを捨て、新天地に向かう必要がある。

東。

瑞穂の國がそこにある。

この冷たく、心地よい水を渡れば、すぐそこに。

我の名前はキュウセンボウ。

水を渡り、一族の命運を切り開く者なり。

……耳に屆くのは味山がそのに取り込んだ存在の記憶。

かつてまだ世界に神が満ちていた時代の名殘。

水は冷たく、心地よい。

息苦しさを微塵もじない。ゆっくりと目を開くと眼球を、水がなでた。

息の苦しさはない。水の冷たさが苦しみを止めているような。

ただ、味山はあのの瞳が気にらなかった。

その眼で俺を見ていいのは、あの星だけだ。

「ぼべぼ、ばべんばよ」

ぶくぶくと口の中から泡が。から出した音は聲にならない。

見せてやる。お前が、お前たちが信じていない人間の強さを。

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知らせてやる。どいつもこいつもがお前らの傲慢な思い込み通りじゃない事を。

特別だからって、調子に乗ってんじゃねえ。

特別だからって、人を決めつけるんじゃねえ。

その眼が嫌いだ。

他人の可能を諦めたようなその落膽のが。

その眼が嫌いだ。

どうせ今回も同じだろうという寂しそうなが。

誰も自分の期待に応えることはないと言わんばかりのその眼が嫌いだ。

舐めるな。勝手に世界が退屈でしかたないみたいな顔しやがって。

味山の思考がばらつく。

水の冷たさでも冷えぬ熱が、頭を熱くする。

そして。

ぱちぱちと首の後ろが叩かれた。

「タダ! タダ! もういいっす! 15分!! 15分経ったす! ウッソだろ! お前、ほんとにやりやがった」

「ま、まじかぁ、こいつ、バケモンかよ」

「けほっ、うるせー。河カレー舐めんなよ」

ばしゃり。味山が桶から顔を上げた。短い黒い髪から冷たい水が滴り落ちていた。

「あ、あららら。ほ、ほんとにあめっちのでたらめお題クリアする人が出ちゃった」

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「すごいわねえ、インチキなしだもの。さすがは鮫島さんのお友達だわあ」

朝日と朝霧の二人は目をまんまると開いて、座敷に立つ味山を見上げていた。

そして、己の出した難題を突破された雨霧は

「ああ、雨霧さん。あんたのその顔が見たかった」

「あ…… ああ……」

雨霧は聲をらす。ぺたりと力なく膝を砕き、その場に座り込む。

味山が機に置かれていた手ぬぐいで髪を拭きながら嗤った。

「どうだ、雨霧さん。人間そう捨てたもんじゃねーだろ。」

「ど、どうやって……」

「企業だ」

味山が雨霧を見下ろす。

「これに懲りたらよ、もうあんな目で人を見るのはやめてくれよな」

「……あなたにはわたくしの目がどのようにみえていたんですか?」

「どうせお前もできねーんだろ、あー退屈ってじの目だった。その目をしてる奴が近くにいるからな。すぐ気づいたよ、その目を変えたくなった。世の中全部があんたを退屈にさせるもんじゃねーって伝えたくなった」

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「なんでそんなことを、そんな理由で?」

「下らねー理由で命をかけるのがあんたのあこがれる探索者だ。安心しろよ、雨霧さん。こんな凡人ですらあんたのような人間の退屈を紛らわせてやることができる。安心しろ、世界はそんなつまんねーもんじゃねー」

「……それでも世界はたいくつにございます。怪が現れ、探索者が生まれたにも関わらず、わたしの世界は変わらない。同じことをくりかえす、かつてはおもしろいとかんじたこともあせ、退屈にしずむものです。期待しても、んでも、結局のところ、すべて退屈」

雨霧の聲音が低くなる。それはこの座敷に到著してからはじめて聞くこのの本音なのではないかと味山はじた。

「安心しろ」

だが、そんな本音など知ったことではない。

「雨霧、あんた俺が面白かったか? 言われた通りに水桶に頭突っ込む姿は面白かったか?」

「……はい、あなた様がその水桶に顔をれていた15分は本當に面白き時間でした。良きものを見させていただきました」

「じゃあ大丈夫だ。あんたが世界を退屈だというならまた今日みたいに面白いもんを見せてやる」

雨霧がまるで大きな音に耳を打たれたかのごとく顔を上げた。その目は大きく見開かれている。

味山を見つめていた。

「味山さまが? わたくしのために?」

「俺が、あんたのために」

「私が無理難題をまた申しあげても?」

「またほえ面かかせてやるよ」

「私が意地悪なことをお願いしても?」

格悪いって嗤ってやるよ」

「私が法に反するような面白きことを願っても?」

雨霧がすがるように、そして試すように味山に問う。

そのまなざしは男であれば、どんな願いも聞いてしまいそうな、魔があった。

「いや、それはダメでしょ。そこまでいったらもう知らんけど」

切り捨てる。味山はまったく取り合わない。眉をさげて首を振った。

いや、それはない。

一時のテンションで悪いことなんて絶対したらダメなやつだ。

味山は小だった。得のしれない河のミイラをカレーで食べたり、化けに挑むことはできても、それは出來ない。

「ぷっ…… ふふ、ふふふ、そこはうなづくところなのでは?」

「いやそういう逮捕とか前科つくこととかまではできないかな? よっぽどノリノリだったらわかんねーけど」

あくまで普通に味山が答える。それが異常なことだとは気づかないままに。

「……真優趣。ああ、面白い…… そうですか…… 味山さま、あなた様は面白きお方ですね、あの方が気にかけるのもわかる気がします」

言葉の最後は小さく、か細い。

味山の耳はその聲を拾わなかった。

「あ? 悪い、最後のほうが聞き取れなかった。なんて?」

雨霧は首を振る。二度言うつもりはないらしい。

「まあどっちみち、かぐや姫ゲームクリアだ」

味山が告げる。ピースサインを雨霧へと向けた。

ほう。

の熱い吐息がもれた。

雨霧が勢を整える。正座をくみ、三つ指をつき味山を見上げる。

「……味山さま。いいえ、探索者さま。あなたさまを試したこと、お詫び申し上げます。常人ではなしえないその業、まことお見事にございました。まさにあなた様こそ、私があこがれた現代の英雄、探索者様そのものかと存じます。私は、雨霧は味山さまのことがもっと知りとうございます。お約束通り、私にできることならば、なんでもお申し付けくださいませ」

深く、畳に首を垂れる。

しなやな髪が、細い陶磁のようなうなじがあらわになる。

寄せ付ける、男の支配をくすぐるその姿に、味山は――

「いや、いいや。別にいらねー」

「は?」「は?」「は?」「は?」

「え」

座敷にいるすべての人間が同時に呟いた。

味山はそんな反応を無視し、膝をついて雨霧と目線を合わせた。

そして

「ほら、面白いこともあるだろ? その顔が見たかったんだよ。あんたが本気で驚いているその顔がな」

嗤った。

星がへたくそだと評した笑顔で。

しん、と空気がとまり。

「最低……」

「最低ねえ」

朝日と、朝霧のあきれた呟き。

同時に

パン!

「べぶっ!」

「あっ、毆られた」

きれいなフォームで雨霧のびんたが、味山の顔を吹き飛ばした。

「……またのお越しをお待ちしております。味山さま。ああ、これから先、あめりやにおいては味山さまはすべて私がおもてなしさせていただきますので。よろしいですね」

びんたのフォロースルーを崩さず、雨霧が笑った。

有無を言わさぬ口調、何人たりとも文句は言えなかった。

「は、はい。よろしくお願いします……」

びんた、いたい。

調子に乗りすぎました、はい。

頬をおさえながら味山がどこまでもけなく、何度かうなずき、がくりと力を抜いた。

………

「それにしても今日のお客さんは面白かったねー。グレンさん、次も來てくれたらあたし指名しちゃおうかなー」

あめりやの座敷、すでに探索者たちが去ったのち彼たちは談笑していた。

朝日はピンクいろの浴をはだけさせごろごろと畳に転がる。

「いいんじゃないの? グレンさんは上級探索者らしいし、実りもいいお方だと思うわ」

「朝霧さんがそういうならそうなんだろなー。でも意外だったなー、朝霧さんがお客さんにいっさいお酒や食べのおねだりしないなんて」

「なによお、いいじゃない。わたしだってお気にりのお客さんにあまりがめついと思われたくないって思うことはあるのよ」

「あっははー、あめりやのナンバー2がまたまたー。一夜で300萬以上使わせるなんて當たり前なのにー。これはあの鮫島さんという人に、割と本気だなー、朝霧姉さんは」

にまにまと朝日が朝霧をいじる。

「もう、バカ朝日。くだらないこと言ってるんじゃないの。意外だといえば私なんかよりもあの子でしょうが」

「あははー、歴史的瞬間っ! てやつだよねー。まさか、あのあめっちがその日に來たお客さんの指名宣言するんだもの。あれ、あめっちは?」

「ああ、雨霧なら今日は所用があるみたいでさっきので早上がりよ。……鮫島さん、次はいつ來るのかな」

「おっほっほー、姉さんも乙だねー、ねねねね、どの辺が良かったの? あの悪そうな眼? 鮫みたいな八重歯?」

「もー、朝日うるさい。知らない」

しくの子たちは笑い合う。

あめりやの夜は続く。

今日も明日も、明後日も。

探索者、奴らがいる限り、それを癒す彼らもまたずっと、ここにいるのだ。

………

……

「あー、疲れたアルねー。品出し作業は老骨に応えるアル。さってとー、こんなもんでいいかなー。もう寢るアルか」

怪しい駄菓子屋のような店、時刻は深夜、オレンジのぼんやりとした燈りのもと、インチキ臭い風貌の壯年の男が腰を叩いた。

へらへらと笑う好々爺といった風貌。

突如、ふっと、その顔から笑みが消えた。

「……雨桐か。今日は遅かったな」

「……申し訳ありません、王大…… 王氏。し変わったことが起きまして」

立ち止まった王の背後、空間が揺らめく。

夏の日、熱せられたアスファルトに炎が揺れるように。

揺らめく空間からの聲が屆いた。

「ふむ、味山只人があめりやに訪れたか?」

王が、その聲に向けて返事をする。

「……見ておいでだったのですか?」

「くく、怒るな。見てなどないさ。お前の聲が、そうさな。いつもよりし上ずっていた。昔からの癖だ。お前は想定外のことが起きるとすぐに聲に出る」

進いたします。今、おっしゃられた通りです。……その何をご報告すればいいのか、すこし混しているのですが……」

「いいさ、大方、お前、試したろう? そうさな、座敷遊びの延長で彼を試せると言えば…… ああ、水の中にでも沈めたか? 彼は平気だったろう? すでに九千坊は彼のに取り込まれている」

「……知っておいででしたか。ですが、どうやって…… カレー…… いや、まさか……」

「なんだ、雨桐。知っていたのか? その通り。味山只人はこともあろうに、アレをカレーにして食べたぞ」

「……は? あの、我が國が日本の忍びと死闘を繰り広げ獲得した、アレを…… カレーで?」

の聲が驚愕に染まる。

「そうだ。カレーだ。盜聴記録によると割と味かったらしいぞ。あの伝承種は」

王が笑いを噛み殺しながら言葉をらす。

そして、それに釣られるように。

「ふ、ふふふっ。それは、なんともらしいですね」

「……どうした、雨桐。お前も彼の面白さに気づいたか?」

「ふふふふ、ええ、ええ。王氏。貴方のおっしゃる通りでした。彼は面白い。ええ、わかりましたとも。貴方や、あの"星"が彼を気にかけるのもわかります」

「くく、惚れたか?」

「……今の発言は記録して、軍部のモラルセンターに問い合わせさせて頂いても?」

「よせ、俺が悪かった。くく、それにしても、雨(・)桐(・)」

「はい?なにか?」

「貴様、面白そうだな。彼と何かあったのか?」

王の問いに、明な聲はすぐに返事を返さなかった。

秋の夜風が、ボロい扉をすこし揺らす。

足元のストーブの燃焼がうまくいかずに、ぼぼぼと炎が揺らめいた。

王はその返答に、誰にもわからない程度に顔へ驚きを浮かべた。

優秀な諜報員、刃であり、國の道として育てられたその娘の聲が華やいだようにじたからだ。

「ええ、すこし面白くなってきました。なんでも、退屈させないようにしてくれるみたいなので」

目に見えなくとも、その娘の顔にはきっと笑みが浮かんでいるだろうことが容易に想像出來た。

涼しい夜風がまた、扉を叩いた。

九千坊語〜

いまは昔、支那大陸の最奧にかの一族あり。

水ととに生き、水とともに死す一族に選択の時來れり。

生まれた地とともに滅ぶか、生まれた地を捨て活くるかあり。

一族には2人の長あり。名を九千坊、名を貘斉坊。

一族二手に分かれ、生存の道を探す、いつか再會の約束を立て活くる道を選びたり。

九千坊、ついに新天地へと辿り著く。

瑞穂の國、球磨川の地を新たなる住処として定める。

そこで活くる、いつか分かたれた友との再會を夢見つつ。

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